35、お兄ちゃん、おはよう!
「浩平、成海ちゃん、来てくれ〜!」
「二人とも手伝って〜!」
庭から聞こえたお父さんとお母さんの声に、俺と成海はリビングの掃き出し窓から外を覗いてみた。
庭でできた蕪が大きくなりすぎたため、引っこ抜くのを手伝ってほしいと二人が助けを求めている。巨大な蕪の葉が、庭の地面を這うように茂って伸びていた。
蕪の葉を掴むお母さんの腰にお父さんが、お父さんの腰に俺が、俺の腰に成海が掴まり、四人で「うんとこしょ、どっこいしょ」と引っ張り、ようやく蕪は抜けたのだった。
「みんな、ありがとう〜!」
「こんな立派な蕪ができるなんて、紫織さんの家庭菜園は凄いなぁ〜」
嬉しそうに笑うお父さんとお母さんに、俺と成海も「ほんとほんと〜」と笑い合う。
ほのぼのとしたいつもの大橋家で、それはそれで別に良かったのだが、成海はいつまでも俺の腰にしがみついたままだった。
「成海、蕪は抜けたから、もう離れていいよ」
そう言ったが、成海は「えへへ〜」と笑ったまま、いつまでもしがみついている。
「成海、離して〜」
「もうちょっとだけ〜」
「いやいや、もう離して〜」
「お願い、あとちょっとだけ〜」
「頼むからマジで離して〜っ」
言いながら、俺は腰にしがみつく成海の腕をほどこうとしたが、ふと、あまりにも現実味のある感触に思わず目が覚めた。
まだ重い瞼をこじ開けながら腰を見ると、成海の腕が本当にしがみついている。
(え……?)
思考が止まった。
辺りを見渡したら―――ここは成海のベッドだった。
「ごめんっ、間違えたっ」
謝ったものの、
(ん?)
と、我に返る。
(確か、ベッドを交換したから、俺はあってるよな?)
疑問に思いながら首だけ後ろを振り返ると、成海はすやすやと幸せそうな顔で俺にしがみついたまま寝ていた。
(マジか……)
思考が追いつかない。なぜこんなことになったのか。
身体を動かそうとしたら、成海はほっぺたを俺の背中にすりすりと擦り寄せてきた。
(やば……! めちゃくちゃ可愛いことをしてくる……! どうしよう……!)
一つの布団でこんなことをされたら、めちゃくちゃヤバイと思った。
成海の体温と匂いを間近で感じる。しかも困ったことに、あまりの密着具合に、俺の背中には成海の胸の感触があった。
ヤバイ――! このままでは、今日はしてなかったのに朝勃ちをしてしまう――!
俺は絶体絶命の危機に陥った。
瞬時に無理やり身体の向きを変えて成海と向かい合わせになった。
「成海っ、なんでここにいるんだよ」
「……あれ? おはよう……」
「おはよう」
「お兄ちゃんだ〜……おはよう……」
「おはよう。なんでここにいるんだよ」
「なんでだろ〜……?」
「うん、なんで?」
「なんでだろ〜……? なんでだろ〜……? ななな……おはよう……」
「おはようはもういいから、最後のなんでだろうをちゃんと言うて」
困った。寝起きだから、全然、話が進まない。
成海は、ぽやぽやした顔でのんびりと視線を辺りに彷徨わせた後、ようやくぽつりと呟いた。
「あ、間違えた……」
そうして、起きるのかと思ったら、もう一度、目を閉じると、何事もなかったかのように、すやすやと眠り始めた。
美少女の天使の寝顔だが、楽しい夢を見始めたのか、突然、にんまりと微笑んだので笑ってしまった。
見た目は成長しているが、やっぱりパン太郎みたいだな、と思う。寝顔も出会った頃とそのままだ。
もう高校二年生で子供というより女性に近い年齢になったが、まだまだおぼこい姿におかしくて笑ってしまう。
その時、
「成海ー、起きなさーい」
と、階下からお母さんの声が聞こえてきた。階段をスリッパで上がってくる、パタパタという足音も聞こえてくる。
俺は、(ヒィ━━━!)となった。
(ヤバイ! ちょっと待て! ベッドを交換してることお母さんたち知らないし)
慌ててベッドから出ようとしたが、成海は俺にぴったりと抱きついてきた。
「成海っ、成海っ」
揺すって起こしたが、全く起きようとしない。
焦る俺をものともせず、重そうに瞼をこすりながら、
「なに~~……?」
と、生返事をして、のんきに欠伸なんかしている。
その時、あっさり成海の部屋のドアが開いてしまった。
「キャー!( 〃▽〃) 浩平くん、成海に夜這いしてたのー!?(*ノ▽ノ)」
「違う違うっ! 誤解誤解っ!」
全くの事実無根だと、俺は慌てて説明する羽目になった。
あれから、宮島という名のあいつは逮捕され、当然ながら、学校には一度も来なかった。
成海が言うには、最初の頃は風邪だと思っていたクラスメイトも、あまりに長い休みに不思議がっていたようだ。ある日、担任が、「宮島は親の転勤で別の県へ引っ越した」と説明をしたらしい。
しかし、どこの世界にも情報屋は存在するようで、「宮島はどうやら逮捕され、学校は退学になって家族は引っ越したらしい」という説明だけが小鳥のさえずりのように方々に流れ始めた。
最初は噂も続いていたが、確かな情報もないためか、さほど長続きもしなかったらしい。
やってくる期末に意識がいき、あっという間に宮島の存在は消えてなくなっていったようだ。
期末が始まり、慌ただしく終わると、そのまま俺と成海は長い長い夏休みに入っていった――
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次回に続きます。




