34、この感情は家族愛か恋愛感情か
成海はリビングのソファに俺を座らせると、急いで救急箱を手に戻ってきた。
ラグマットに両膝をついて俺に向かい合うと、真っ青になりながら消毒液をかけてくれたが、ティッシュで拭き取ると大した怪我ではないことに気付き、
「あれ?」
と、不思議がっている。
「あいつの鼻血だよ」
俺が教えると、
「良かった〜……」
と、ようやく安心して笑ってくれた。俺も同じように安心して小さく笑った。
「指は動く?」
「動く動く」
拳を握って見せると、
「良かったぁ〜。でも、少しだけ腫れてるみたい。念のため、冷やしておくね」
そう言って、氷水の入ったビニール袋を用意してあてがってくれた。そんなに痛くないので、脱臼や骨折もなさそうだ。かなり上手く殴れたらしい。
「大丈夫? 後で病院に行こうね」
「平気。そんなに痛くないよ。今日は様子を見て、腫れがひどくなったら明日行くことにするわ」
心配そうにしていた成海の表情が安心したように柔らかくなり、俺もようやく落ち着くことができた。
警察に通報して、事の経緯を話した。
仕事で帰りが遅くなったお父さんとお母さんにも俺から話した。
事情を知ったお母さんは成海をひしっと抱きしめ、そのまま二人はお互いにひしっと抱きしめ合っていた。
そんな二人を見て、お父さんは目を潤ませながら俺の頭をなでなでとさりげなく撫でてくれた。どうやら褒めているつもりらしかった。
バタバタした夕食を終え、バタバタとお風呂を済ませ、いつもより遅い時間に部屋に上がると、しばらくしてノックの音がした。この叩き方のリズムは成海だった。
俺の返事と同時に、成海はひょっこりと顔を出して入ってくると、椅子に座っている俺におずおずと遠慮がちに申し出てきた。胸には、パン太郎と自分の枕を両手でぎゅっと抱きしめていた。
「お兄ちゃん、あのさ……今日からベッド、交換してもいい……?」
言われて、気付いた。
確かに……あんなことがあって、あのベッドは成海にとっては怖いかもしれない。
「いいけど……俺のベッド、汗臭くないか?」
「お兄ちゃんの匂いは好き!」
ニコニコ笑って言った成海の台詞に、俺は思わず笑ってしまった。
「変態だな」
「えへへっ」
「嫌じゃないならいいけど……」
俺の返事に、にひっと笑ってみせた成海は、早速、嬉しそうに俺のベッドへいそいそと横になった。平気な顔をしているが、きっとかなり疲れているに違いない。
「じゃあ、俺、もう出るわ。部屋の電気、消すぞ?」
寝かせてあげようと部屋を出ようとしたら、
「待って待って〜、なんか消されるの怖いかも〜」
と、慌てた声に呼び止められた。恐怖心からか、部屋を真っ暗にされるのが、なんとなく怖くなってしまったらしい。
(やっぱ、あいつ殺しておけば良かった)
と、俺は改めて思った。
「分かった。部屋の電気はつけたままにしておくよ」
「うん! あとね、成海が寝るまで、手、つないでて」
掛け布団の袖から差し出された手に、俺の心臓は微かに跳ねた。
だが、悟られないよう、なんでもない顔を装うとすぐに返した。
「うん、分かった」
ベッドの脇で胡座を組んで座ると、差し出された右手に少し腫れ上がった俺の右手を優しく重ねる。
相変わらず、成海の手はふわふわしていて、とても温かかった。俺の胸はわずかに、ほんわかした。
二人の手を繋いだまま、成海の顔のすぐそばに横たえた。
「ありがとう!」
「成海が寝るまでこうしてるから」
「うん!」
えへへ〜といつものようにゆるゆるの甘えた顔で笑うと、改めて俺の目を見てきた。
「……お兄ちゃん」
「どうした?」
「ありがとう」
「うん」
「お兄ちゃん、大好き!」
「うん、ありがとう」
「えへへっ、手を繋いで寝るなんて、照れちゃうなぁ〜」
「早く寝ろ」
「うんっ、おやすみなさ〜い」
成海は満足したのか目を瞑ると、そのまま、あっという間に静かに寝息を立て始めた。やはり、かなり疲れていたらしい。
成海の寝顔を眺めながら、俺は思った。
愛しいと思った。
これって……この感情は――家族愛で片付くものなのか。もしかしたら、恋愛感情なんだろうか?
いや、おそらく保護欲だろう。兄が妹を守りたいと感じる、当たり前の家族愛。
血が繋がっていたら、こんなことは考えない。血が繋がっていないから、余計な情報が入って混乱するんだろう。
絶対、そうだ。
きっと、そうだ。
おそらく、多分――
成海のパジャマの胸に描かれたイラストが一定のリズムで上下に動いていた。いつかのような平らな胸ではなかった。豊満な胸があった。目のやり場に困り、思わず視線を逸らした。
すると、次の瞬間、成海は俺の手を離し、寝返りを打った。
さらりと揺れた流れる髪から白いうなじが見えた。
150cmしかなかった成海の身長は、162cmになっていた。28cmあった身長差は、20cmになっていた。
この日からベッドを交換して寝ることにした。俺のベッドで成海が、成海のベッドで俺は寝た。
成海の匂いは安心した。泣いていた俺を小さな体で抱き締めてくれたことを不意に思い出した。
中一の成海と暮らし始めた頃、高三の俺は言っていた。
――なんか……恋愛とかじゃないんだよ。
そんなことを言っていた時期が、懐かしく思えた――
読んでくださって、ありがとうございました。遅くなってしまい、本当にすいませんでした。
また連載を再開します。よかったら、読んでくださると嬉しいです。よろしくお願いします。
ちなみに、話の進行上、端折りましたが、人の顔を殴って出血や痛みがある場合は、直ちに整形外科を受診してください。




