33、殺意
※※性暴力はありませんが、性暴力を想起させるシーンが出ます。苦手な方はご注意下さい。
同居生活を始めて五年目の春。
俺は大学四年生になり、成海は高校二年生になった。
近所の天満宮の桜が咲いては散り、大橋家の庭のつつじが開いては閉じた。
寒々しい季節だったのが嘘のように、温かい日差しが庭に降り注ぐようになった。
色とりどりの薔薇が咲き、隣のマーガレットが時折、優しい風に撫でられて揺れていた。
「ねぇねぇお母さん、今年はきゅうり、たくさんできたらいいね」
「あ、そうだった。去年は初夏にちょっとしかできなかったのよね。暑すぎると出来が悪いから困るわぁ」
「朝と夕方の二回、水やりした方がいいのかもね」
「面倒だわぁ。水やりは男性陣に任せちゃおうかな」
「そうしようそうしようっ。きゅうりとかナスとかお父さんとお兄ちゃんが一番食べてるんだし、ちょっとは協力してほしいもん。そうしようそうしよう、やらせちゃおうっ」
「聞こえてますよー」
「「わわっ!」」
和気藹々と語り合いながら庭いじりをしている二人に、俺がリビングの網戸からツッコんだら、二人はけらけら笑い出した。
季節は流れ、いつの間にか長袖から半袖になり、夏を感じる六月に入った頃だった。
休講で帰ってくるのが早かったため、鍵を差し込んで回したら、手応えがなかった。珍しく玄関の鍵が開いたままだった。
不審に思いながら入ると、揃えて脱がれた成海のローファー以外に、無造作に脱ぎ捨てられた男物のグレーのスニーカーがあった。なぜか、どこかで見覚えがあるものだった。
誰か来ているのかと思ったその時、二階から成海の悲鳴が聞こえた。
考えるよりも先に階段を駆け上がっていた。
立て続けに二度目も聞こえた。
成海の部屋に走ると、ベッドの上で成海に馬乗りになっているそいつは、成海の口を手で塞いでいた。
見覚えがある奴だ。うちに来た奴だ。俺に牽制してきた奴だ。
自分がどういう行動を取ったのか、正確には覚えていない。
気付いたら、俺はそいつの顔面を拳で殴っていた。
体が勝手に動いていた。
倒れたそいつの胸ぐらを掴んで、もう一度、殴った。
更に、もう一度、殴った。
本気で殺してやろうと思った。
完全に殺意があった。
もう一度、殴ろうとしたら、
「お兄ちゃん……!」
成海の震える泣き声で我に返った。
そいつの顔は血まみれになっていた。
俺の拳も血が付いていた。
成海の泣き声がなかったら、俺はそのまま殺していた。
ふらつきながら立ち上がると、そいつは黙って部屋から出ていった。
階下から玄関ドアが開いて出ていく音が聞こえてきた。
部屋が静まり返った。
俺が駆け寄るよりも早く、成海は泣きながら俺にしがみついてきた。俺も思わず抱きしめ返した。成海の無事を確かめるように、俺は強く抱きしめた。
混乱したまま俺は聞いた。
「……何があった?」
「漫画……っ、貸してって言われて……外で待っててって言ってっ……漫画、探してたら……っ、勝っ手に入ってきててっ……それでそれで……っ」
「分かった分かった」
「こ、怖かった……怖かった……っ!」
「大丈夫」
「うう~……」
「もう大丈夫」
泣きながら震えている成海を、俺はきつく抱き締めた。
驚くほど、俺の心臓は暴れ狂っていた。成海の心臓も同じように激しく鳴っていた。
お互いの息遣いと心臓の鼓動だけが耳に響いた。
出逢った頃に比べて成長したとはいえ、抱き締めたら、俺の腕の中にすっぽりとおさまった。
まだ、こんなにも細くて小さい。
こんなにも、妹はまだ小さい。
お兄ちゃんの俺が守らないといけない――
読んでくださって、ありがとうございました。
次回に続きます。




