32、本当に大切なものほど目に見えず、感じることでしか気付けない
常備灯だけにした薄暗がりの部屋で、俺と成海はそれぞれのベッドに横になった。
部屋が静まり返ったことで、先ほどよりも波の音がはっきりと聞こえてくる。時折、大きめの波に乗り上げるのか、揺れや振動がベッドを伝って全身に直に感じた。
「めちゃくちゃ揺れてるね、お兄ちゃん」
「うん、思ってるより凄いな」
ベッドに横になりながら、俺たちは天井に向かって喋った。
雨が降り始めたため、窓に打ち付ける雨音は激しく鳴り、風もあって波が高くなるのか、フェリーはかなり揺らいでいた。
しかも困ったことに、甲板に溜まった雨水が、ちょうど俺たちの部屋の窓下の足場に激しく叩きつけられ、飛沫となって散っていった。
フェリーが傾くごとに、雨音のバシャ〜ンっ!と弾ける音がめちゃくちゃうるさい。
成海と二人きりだから意識して眠れないというよりも、眠りたいのにうるさくて眠れなかった。ドラマと違って、現実ってそんなんだよなって実感した。
「心配だなぁ〜、沈まないかなぁ~」
「縁起でもないことを言うな」
「死んじゃったらどうしよう……。天国、分かるかな?」
「その時は俺も死んでるから、俺が案内するわ」
「えっ、お兄ちゃん、天国の行き方、知ってるの?」
「誰でも分かるようにうまいことなってるだろ。そうじゃなかったら迷子だらけで回っていかんだろ」
「そっか〜。そう言えばそうだね。凄い! お兄ちゃんと一緒なら死ぬのが全然怖くなくなった!」
内容と違って意気揚々と楽しそうに喋る成海に、俺は思わず笑ってしまった。
「安心してもらえて良かったわ。おやすみ〜」
「えへへ、おやすみなさ〜い」
ここまで話していたら、いつの間にか、フェリーの揺れはおさまり始めた。安定するように上手く調整してくれたらしい。
途端、一気に眠気に襲われた。隣を見ると、成海はすやすやと穏やかな寝息を立てていた。なんという純粋無垢な可愛らしい天使の寝顔だろうか。エロいこととは程遠いイメージだった。
二人っきりなのに、緊張するどころか俺は成海の寝顔に安心してしまった。成海がそばにいると、どうやら俺は心が安らぐらしい。
俺も同じように、いつの間にか深い眠りに落ちていった。
翌朝。フェリーが港に着くと、係りの誘導に従って、俺は車をスタートさせた。前方の車に従ってフェリーを出ると、そのまま朝ごはんを食べに『資さんうどん』に向かった。
大きな窓から覗く朝もやの景色を眺めながら、名物の肉ごぼ天うどんを四人で笑いながらすすった。
次に、国宝に指定されている宇佐神宮へ参拝をしにいった。本宮へ向かう参道の途中、俺は宇佐ライオンズクラブのタイムカプセルが埋まってる場所を見つけた。
「掘るの大変だろうし、代わりに掘っといてあげよう」
俺がボケると、
「世界で一番余計なお世話だよ」
と、成海に鬱陶しそうにツッコまれた。
「成海、面倒臭そうにしない。ちゃんとしよう。こっちはちゃんとしてるんだから」
「なんでお兄ちゃんは、ボケとツッコミがふざけてることじゃなくて、ちゃんとしてるって認識なのさ? どう考えても間違ってると思うんだけど」
「誰が何と言おうと俺が正しい」
「ただでさえ参道が長くて疲れてるのに、この人、面倒臭いよ〜」
鬱陶しがる成海に、仕方なく、俺は成海の手を繋いで引っ張ってあげた。すると、打って変わって今度はニコニコとご機嫌になった。あまりの変わりように、俺は笑ってしまった。
手を引いて参道を歩きながら、ふとクリスマスに二人で出かけたことを思い出した。あの時と同じように、俺はテンションが上がっているようだ。不思議なことに、俺は成海がいると、安心したり、テンションが上がったりするらしい。
家族愛なのか、違う感情なのか、恋愛経験の少ない俺には、それはまだ判別できないものだった。
お昼に、隠れ家のピザ専門店で『マルゲリータ』と『釜揚げしらすとかぼす』のピザを四人で頬張った。
腕時計を見るとまだチェックインまで時間があったので、更に移動して、海沿いの施設にある砂蒸し風呂も堪能することにした。
温かな砂の上で、四人は横一列になって寝そべり、バサバサと係りの人にシャベルのような道具で砂を全身にくまなく覆い被せられていく。あっという間に、体は身動き一つできなくなった。
「お兄ちゃん、本当に動けないね……」
右隣の成海に言われ、
「そうだな……。お兄ちゃん、『戦場のメリークリスマス』のデヴィッド・ボウイを思い出したよ」
と、呟いた。
温かな砂に全身を包まれていると、じわじわと体の芯からゆっくりと熱が生まれ、体外へと放出されている感覚があった。サウナとはまた違ったデトックス効果に、俺は大いに満足した。
ホテルに着いてチェックインを済ませると、まだ時間があったので、『血の池地獄』を見学にいった。
広大な池一面が赤く染まった赤湯泉をバックに、四人で写真を撮った。そして、すぐそばにあるショップエリアに入った。
「見て見て〜! いいお土産を見つけたよ〜!」
血の池地獄を再現できる赤い入浴剤は、別府温泉の効能もあるという優れモノらしい。
「「「センスある!」」」
三人に称賛され、成海はいつものように「えへへっ」とご満悦に笑っていた。
そのショップエリアで、お父さんはクランキーチョコを買っていた。これは旅行をすると必ず買って帰る定番のお土産だ。亡くなった俺のお母さんはクランキーチョコが大好きだったらしく、旅行に行くと必ず買っていたらしい。だから、お母さんが亡くなってからはお父さんが買って家のお仏壇に供えていた。
お母さんも、亡くなったお父さんが好きだった小ぶりのご当地の日本酒を必ず買って供えていた。
だから、大橋家の旅行のお土産には、必ずクランキーチョコと小ぶりの日本酒が混じっていた。
これを見ると、いつも錯覚する。
亡くなっているのに、まるでいるかのように思えてくる。大橋家の家族旅行に用事で参加できなかったから、お土産を代わりに買ってあげてるだけのように思えてくる。
世の中、本当に大切なものほど目に見えず、感じることでしか気付けないことが多い。
だから、俺は思う。大橋家は、本当の本当は六人の家族のような気がするんだ。
ホテルに戻り、俺たち四人は別府温泉を楽しんだ。美味しいお夜食に舌鼓を打ち、ロビーに戻るまでの中途にあった卓球台で、俺と成海VSお父さんとお母さんで対戦をした。
部屋に戻って、しばらくしたら眠り、朝風呂に入って、朝食を食べた。
ホテルの前で四人が映った写真を撮り、俺とお父さんで運転を交代しながら帰路に着いた。
いつも通りの大橋家だった。いつも通りの楽しい家族旅行だった。
なんとなくだが――あの時の感情は深く考えない方がいいように思えた。あれこれと考えず、埃が被るのを防ぐように、そっと薄い布で覆って、優しく触れないようにしようと俺は思った。
このまま、大橋家が幸せだったらそれでいいやと、それだけを考えることにした。
読んでくださって、ありがとうございました。
遅くなってしまい、すいませんでした。
次回に続きます。




