31、この感情は欲求不満か愛か
まだ九時台だったが、翌朝が早いため、俺たちは寝ることにした。
フェリーの揺れはあるものの、知らない道の長距離運転をしたからか、疲れているのでぐっすり眠れそうだ。
「お兄ちゃん、パジャマに着替えたいから、あっち向いてて」
成海に言われ、一瞬、戸惑ったが、俺はすぐに体ごと壁の方向へ向いた。
しばらく壁を向いたままスマホをいじっていたが、一向に「もういいよ」の声が掛からない。
「……成海、まだ?」
痺れを切らした俺が、壁に向かって聞いてみると、
「……お兄ちゃん……」
と、か細い声で、なにやら助けを求める声がした。
「どうした?」
「……ブラジャーのホックに髪の毛が絡まったから……ほどいてほしいんだけど……」
「えっ?」
思わず声が出た。
一瞬、何を言われたのか分からなかった。しかし、状況を把握した途端、頭はかなりパニック状態に陥った。
なんとか平常心に戻り、言われた情景を想像して、俺は、
「……ブラジャーって、服を脱ぐみたいに上から脱いだら自分でとれるんじゃないか?」
と、提案してみた。
「やってみたんだけど、顔の前まで届かなくて……ホックが見えなくて……」
「……もしかして、ブラジャー脱いでんの?」
「うん……」
「……分かった。向こう、向いてて」
「うん……」
「振り向くぞ」
「うん……」
そっと振り返ると、成海は正座をして、壁を向いたまま、ちょこんとベッドに座っていた。両腕はきちんと胸元を抱きしめるように覆って隠してくれていた。
確かに薄ピンクのブラジャーが髪に絡まり、成海の背中で垂れ下がっている。
見た瞬間、あまりにも大人の女性の体型に、俺は驚いて反射的に後ずさった。
どう考えても、出会った頃の子ども体型じゃない。
華奢な肩が見え、背中でさらりと長い髪が揺れていた。胸から腰にかけての身体のラインは絞まっているのに、そのくせ、正座をしているためか、豊満なお尻の形がくっきりと分かる。
あまりにも信じ難い現実に、俺は困惑を通り越して、今すぐにでも窓をぶち破って海へダイブしたい気持ちになった。
マジで勘弁してくれ――!ってなった。
「……そっちに行くぞ」
「うん……」
成海の後ろ頭が、微かにこくんと頷いた。
緊張しながら成海のベッドに乗ると、成海の肩は僅かにビクッとなった。俺と同じように、成海も緊張しているようだった。成海の緊張が伝わってきて、俺の心臓は更に急激に速くなり始めた。
近くで見ても、傷一つない。あまりにも透明感のある陶器のような透ける肌は光って見て、なんかもう、この世のものとは思えず神々しかった。
成海の肌に触れないよう気遣いながらブラジャーを手に取ると、また成海の肩が僅かに上がった。
ホックを見ると、かなり複雑に絡まっている。何があったらこうなるのかと思いながら、俺はほどくことに集中することにした。
こうでもしないと心臓に負荷がかかりすぎて、俺は心臓発作で死にそうだった。
成海の髪からは、微かに優しい花の香りがした。
「……結構、絡まってるから、ちょっと時間かかるかも」
「うん……」
そのまま、しーんと室内は静まり返った。しかし、沈黙に耐えきれなくなったらしく、
「あ、あのさっ」
と、成海が緊張からか吃った声を上げた。
「……なに?」
「エッチなことしちゃダメだからね!」
「するか」
「で、でもねっ」
「……なに?」
「成海のこと、妹と思ってないならしてもいいよっ」
ドンッ!と心臓に強烈な衝撃が来た。
一瞬、固まった。
だが、すぐに無理やり気を取り直して俺は作業を続けた。
「妹と思ってるからしないよ」
「えへへ、一瞬、考えてくれた〜」
「そんなんじゃない。驚いただけだ」
「でも成海、お兄ちゃんの妹も嬉しいからねっ」
「分かってるよ」
「えへへ」
「成海……俺以外の男にはこの作業はさせないほうがいい」
「こんなこと、お兄ちゃんにしか頼まないよ」
「……そうか」
「どう? 無理そう?」
振り返ろうとした成海に、驚いた俺は思わず、
「こっちを向くな」
と釘を差すと、成海は慌てて壁に向き直った。
「あ、あのさっ、無理ならハサミで切っちゃっていいから。成海のポーチに携帯用の裁縫セットがあって――」
「できた」
喋る成海を遮るように伝えると、
「ありがとう、お兄ちゃん」
と、振り返ろうとした成海を置いて、俺はそのまま一目散に洗面所へダッシュした。
鼻の奥に違和感があり、右手の中指で触ると血が付いていた。反射的に洗面所の鏡に目をやると、鼻から血が見えていた。
(――マジか!)
慌てて、そばのティッシュで鼻を抑えた。冷静にティッシュで拭いながらも、頭は完全にパニック状態だった。
俺、どうした? 女性の裸を見たのは初めてじゃないのに。
しかも、背中だけでこんなにも狼狽えたことなんて今まで一度もなかった。正直、めちゃくちゃなセックスもしたことあったのに、自分で自分が分からない。俺、マジでどうした?
俺の慌てようなど知る由もない成海は、
「お兄ちゃん、ありがとーっ」
と、さっきのか細い声とは打って変わっていつもの元気な声で返してきた。
「おお」
なんでもないよう装って返事を返し、俺は慌てて水道水で鼻を拭った。
ヤバイ――
俺は今、かなりの欲求不満らしい。
これは決して妹をそういう目で見ているからではない。ただの欲求不満だ。そうに違いない。
困惑しながら、俺はとりあえず、そう思うことにした。
読んでくださって、ありがとうございました。
遅くなって、すいませんでした。
次回に続きます。




