30、大橋兄妹、フェリーを堪能するの巻
俺と成海は着替えやバスタオルを持つと、部屋の鍵をかけて、展望大浴場へ向かった。
家では、リビングにいても風呂場から成海の歌声が聞こえていたので、
「大浴場では歌うなよ」
と言うと、
「我慢するしっ」
と、成海は漫画みたいに頬を膨らませて、ぷんすかぷんぷんと真剣に怒ってきた。
(本当は歌いたいんだ……)
俺は笑いそうになったが、嫌われたくないので、どうにか苦労しながらもこらえた。
二人だけで並んで歩いていると、ふと錯覚してしまう。まるで、二人で旅行に来ているような気分になった。
エントランスを抜けた先には、男湯と女湯ののれんが垂れ下がっていた。フェリーに乗っているのに、まるで温泉旅館に泊まっているような感覚になり不思議だった。
俺は、「じゃあ、また後でな」と言って成海とそこで分かれた。
脱衣所には人がまばらにいた。
素っ裸になり、大浴場の扉を開けると、一気に熱気と湯気が迫ってきたが瞬時に消えた。
眼の前に広がるそこは、だだっ広い横長の大空間だった。全面の大きな窓ガラスには、青空と港町と海が映し出されている。窓際に沿って備え付けられた横長の湯船には、すでにまばらに人が浸かっていた。
俺は全身を洗ってスッキリすると、湯船に入って、早速、窓際に寄ってみた。
下を覗いてみると、眼下には港に停泊している何曹かのフェリー船が穏やかな波の上で揺らいでいる。まだ日は沈んでおらず、白い太陽が水面をキラキラと輝かせていた。
と思ったら、いきなり地響きがして、
(なんだなんだっ?)
と、戸惑っていると、ゆっくりと港が遠ざかっていくではないか。どうやらフェリーが動き始めたらしい。
あっという間に、窓の向こう側は、空とキラキラ光る水面と水平線だけになった。
(すげー……。船の旅って楽しいもんだなぁ……)
遠くまで広がる水平線をのんびりと眺めながら、俺はにんまりとした。
(お父さん、家族旅行、楽しいよ。マジでありがとう)
俺は心から感謝した。
大浴場からあがって部屋に戻ると、まもなく明石海峡大橋を通過するという放送が流れた。
「俺、見てくる!」
「成海も行く!」
俺たち二人は甲板に出ると、頭上に架かる明石海峡大橋を見上げた。迫りくる巨大な橋の下をフェリーが一定の速度で通り過ぎていく。
「「おお〜~~っ!!」」
二人で感嘆の声を上げながら、俺たちは大迫力のくぐる瞬間を堪能した。
のんびりと夜の海も堪能したいところだったが、如何せん、甲板は潮風を感じられないほどの強風が吹き荒れていた。
そのこともあって、俺たちは、めちゃくちゃテンションが上がってしまい、一緒に笑い合った。風に押される成海が心配で、俺は思わず手を繋いで引き寄せた。間近でお互いの乱れる髪を見て、また一緒に笑い合った。
先程まで白かった眩しい太陽は、いつの間にか日も暮れて辺りは陰り、海は群青色になっていた。
六時半になったのでレストランに行くと、すでに多くの客で混んでいた。お父さんとお母さんが手を振って、俺と成海を手招きしてくれている。
大橋家は席を確保すると、早速、料理を取りにいくことにした。
ブュッフェには目移りするようなメニューが所狭しと並べられていた。
ローストビーフやお寿司、藁焼き鰹のたたきや季節の料理や郷土料理が盛りだくさんで、大橋家の四人はまたもや、わーいわーいとなって、何度もおかわりをした。
成海は、いちごと抹茶とバニラのアイスを制覇したくせに、また同じものをおかわりして食べている。満足そうにスプーンですくって食べる成海に、
(よくお腹を壊さないなぁ〜)
と、俺は感心した。
食事を終えてレストランを出ると、エントランスに売店があったので四人で立ち寄った。フェリーの形の箱に入ったクッキーを買うと、大橋家は部屋へ戻ることにした。
「明日の朝五時半に港に着くから、それまでにトランクに荷物を積めて準備をしておくんだぞ。くれぐれも寝坊しないようにな。では、また解散!」
お父さんの号令で、大橋家は二つの部屋の前でまた二手に分かれたのだった。
部屋に戻り、お互いのベッドに座ると、
「なんのカードゲームをするんだ?」
と、俺は成海に声をかけた。
「じゃじゃ〜ん! 《UNOフリップ》〜!」
ドラえもんみたいに言いながら、成海は大きな巾着袋からUNOフリップを取り出しては配り始めた。
俺は成海のベットに移動すると、向かいあって胡座を組み、配られたカードを手にした。嬉しそうに笑う成海に、俺もつられて笑ってしまった。
しかし、始めたもののお互いになかなか終わらず、何度もひいてはひっくり返しの繰り返しで、だんだん事務作業みたいになってきた。やっと成海が先にあがり、
「UNOフリップはもういいや……」
「そうだな……」
となった。大人数なら楽しそうだが、二人でやるにはやや盛り上がりに欠けるカードゲームのようだ。
「次は?」
「《音速飯店》!」
やってみたら、こいつはなかなか楽しかった。負けてしまったので、
「成海、もう一回しよう」
「うん、いいよっ」
と返ってきたので、結局、十回も楽しんでしまった。このカードゲームは結構、気に入ったぞ。
「次は……《SET》をしよう!」
「ええ〜……」
巾着袋を覗いて《SET》を取り出した俺に、成海は嫌そうな顔をした。成海はこれが苦手なのだ。俺は人差し指を立てて、
「一回だけ付き合って」
とお願いすると、
「分かった〜……」
と、成海は唇を尖らせ、不承不承ながら準備をしてくれた。
そして、案の定、俺がボロ勝ちしたのでニヤリとすると、
「ハイハイ、片付けますよ〜」
と、成海が唇を尖らせながら、さっさと片付けるので、
「勝ったのに、なんでこんな気持ちにならなきゃいけないんだよ〜」
と、俺も唇を尖らせてみた。
「次は何するんだ?」
「トランプで大富豪をしよう!」
「反対反対。二人でやって何が楽しいんだ? 相手の手の内が見えて楽しくないだろ」
「お兄ちゃんはダメだねぇ。四つに分けて、二回、戦えばいいんだよ」
俺は思わず目を見開いた。
「成海は天才だな! 大発明だ! お兄ちゃん、世界中にこのやり方を広めて世界を救ってあげたいよ!」
俺たちは大富豪をエンジョイした。
「最後は……じゃじゃ〜ん! 《はぁって言うゲーム2》だよ!」
言いながら、成海は意気揚々と準備を始めた。どうやら、これが一番楽しみだったらしい。
カードをめくると、お題は『にゃー』だった。『大暴れの猫』や『可愛い猫』など様々な種類の猫の中から、俺は成海が何を演じているのかを当てなければならない。
成海は演じる種類のカードをひくと、少し考えて俺を見た。
「じゃあ、お兄ちゃん、いくよ〜」
「うん」
「にゃー!」
成海は両手の指先を曲げ、上目遣いで俺を見てきた。
(可愛い……!)
どう考えても可愛かった。
俺の妹、マジで世界で一番可愛い。なんという尊さであろうか。
いやいや、そんなことはどうでもいい。どうでもいいというわけでもないけど、そんなことより俺は当てなければならない。
「大暴れの猫?」
「違うよ。それは、にゃ━━ッ!でしょ」
「なるほど。……もう一回やって」
「にゃー!」
「かわいい猫?」
「違うよ。それは、にゃ〜!でしょ」
「なるほど。……結構、ムズいな。もう一回やって」
「にゃー!」
「さびしい猫ではないな」
「それは、にゃ……でしょ」
「甘えた猫は?」
「にゃ〜〜っ」
「震えてる猫」
「にゃ〜〜……」
なんでも期待に応えてやってくれる成海に、俺は思わず、ふはっと笑ってしまった。
「分かった。残ったやつの、元気な猫」
「正解!」
「次は俺か」
カードをめくると、俺のお題はロックシンガーの『愛してるよ』になった。
「成海、いくぞ」
「うん!」
「愛してるよー!」
成海は、ボウッと真っ赤になった。
違う違う、俺はロックシンガーだから、と思った。
読んでくださって、ありがとうございました。
遅くなって、すいませんでした。
次回に続きます。
ちなみに、私の時は明石海峡大橋をくぐる船内放送はなかったです。乗るご予定の方はお気をつけください。




