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8/19

8話 缶ジュース、ひとつだけ

 先生と遭遇しかけた俺達は、ファッションビルを脱出することにした。

 目的もなく歩く。店も人通りも多く、気持ち的に落ち着きたかったので、自然と駅と反対方向に向かっている。


「今日はもうあのフロアに戻れないね」


「Tシャツのサンプル写真も一応集めたし、目的は達成しただろ」


「……そだね」


「……うん」


 俺と愛海はぽつぽつと会話はする。が、そのあとが続かない。

 試着室でのできごと。その罪悪感のせいで頭が回らなかった。

 愛海はそんな俺に気づいているのか、いないのか、徐々に距離を詰めてくる。その距離を詰めることに集中しているのか、口数が減っている気がした。


「……むぅ」


「な、なんだよ」


 俺が距離をあける。

 愛海が距離を詰める。

 という歩き方をしているせいで、やや斜め方向に進む。


「もー、なんだよー」


「な、なにが?」


 なぜか愛海は楽しくなってきたようで、「えい!」とか言いながら、あからさまに肩をぶつけてきたり、肘で小突いてきたりする。そのたびに俺はくねくねしながらなんとか愛海の攻撃をよけて、半歩遠い距離を維持するのに尽力する。


 くそ、ヤンキーにおちょくられている気分だ。


「ふふ、なんて遊びなの?」


「あ、遊びじゃない!」


「じゃあ仕事なの?」


「し、仕事じゃない!」


 愛海は「ふーん?」と俺のほうを観察するように見てきて、その視線に心の中を見透かされているような気がして、俺はうつむく。


 そのまま歩いていると、目の前にお堀が見えてきた。それから一軒家サイズのお城のようなデザインをしたやぐらも見える。

 あれは駿府城公園の入口だ。


 駿府城公園は昔、徳川家康が築いた城の跡地にできた公園である。中はけっこう広く、高校が4つくらい収まる規模をしている。駅から徒歩圏内というアクセスの良さと規模から、グルメフェスなどの屋外型野外イベントの会場になることもある場所だ。


「おお、時代劇のセットみたい」愛海はそう言ってから、俺の顔を覗き見る。「入ってみよーよ」


 高校からも近いし、いつかは入ってみたいと思っていた。俺たちは近づいては離れの斜め歩きを継続したまま、駿府公園の中に入る。


 公園の中に入ると高校のグラウンドみたいな広場を植栽した木々が囲む一画が現れた。そこを突っ切ると、奥には大きなイチョウの木がぽつぽつとある遊歩道がつづいていた。


「駿府城公園って名前なのに、海外みたい」


 広い敷地に大きな木。草むらの中を自由に伸びる遊歩道。

 テレビでしか見たことないが、ニューヨークにある公園に似ているような気もしなくもない。


 愛海はスマホを取り出して、風景の写真をパシャリと撮影する。俺も撮影してみたかったが、なぜか謎の反抗心が発動して、スマホは出さずにポケットに手を突っ込んだまま歩く。


 そのうち、遊歩道沿いにポツポツとベンチが設置してあるエリアに出た。


 愛海が「よっと」と言いながら、吸い込まれるようにベンチに座る。そして隣をポンポンと叩いて「おーい」と呼ぶので、とぼとぼと近づいて隣に座った。


「いいね」


「うん」


 俺は愛海と座ったまま、ぼーっとイチョウの木を眺める。秋に来たら、ついている葉は鮮やかな黄色になるのだろう。そしたらものすごくキレイそうだな、とか考えてみる。


「黄色くなったら、めっちゃ映えそう」


 隣を見ると、愛海も木を見上げていた。


「あ、俺も」


「どした?」


「……同じこと、思った」

 そう言うと愛海は「……だよね!」と言って、それから「でも銀杏ってたしか臭いんだよねぇ」と肩をすくめてみせた。


 それからふたりで、ベンチに並んで座ったまましばらく木を見上げる。


「ねぇ、覚えてる? 昔さ、よくこうしてたよね」

 ここに来たこともないし、木を見上げたこともないぞ、と思ったが、すぐに思い出す。

 ひぐち商店。

 小学校の近くの駄菓子や文房具を売っている店だった。その商店の入口にはベンチが置いてあって、小学生がそのベンチに座り、駄菓子を食べていたのだ。


 俺と愛海はパピコみたいな容器に入った謎のジュースを飲んだり、現金のあたりくじがついたチューインガムなんかをよく買っていた。


「なつかしいな」


「ね! 駄菓子の大人買いしたいな」


「……まだ子どもだろ」


「小学生から見れば大人だよ」


 たしかに小学生のころと、今の俺たちはぜんぜん違う。背の高さも違うし、見た目も違う。同じではない。あのときはいっしょにベンチに座って本当にどうでもいい話ばかりしていた。スマホも持っていなかったから、話すのは登下校のあの時間がメインだった。だからあのときと同じところはなにもない、はずだ。

 でも同じじゃないのに、なんだか昔に戻ったような妙な感じがする。


「…………」


「…………」


 愛海は昔のこと、そして今を、どう思っているのだろうか。

 たとえばあのバレンタインの日、俺があのベンチに行かなかったことをどう思っているだろうか。

 なんて、いきなり聞くわけにもいかないよな。

 じゃあ、何を話そう。

 わからなくなって、黙ってしまう。

 愛海も喋らないので沈黙が降りる。


「ちょっと飲み物買ってくる」


 小心者の塊である俺はひとまず脱出することにした。

 愛海がなにか言いかけた気がするが「お前のぶんも買ってくるから」と言って、「うん」とうなずく愛海を見てから、俺はベンチから立ち上がった。


 そしてさきほど歩いてきた道を戻って、入口付近にあった自動販売機の前まで来る。


「あ」


 自販機のよくあるラインナップを眺めていると、懐かしいドリンクをみつけた。『さらっとしぼったオレンジ』と書かれたソレは、ひぐち商店に設置されていた自販機にも置いてあって、俺と愛海はそのジュースが好きでよく飲んでいたのだ。ただし駄菓子と比べて高いので、駄菓子を数日我慢して、小銭を出し合って半分ずつ飲んだのだ。


 なつかしくなって、俺はそのジュースを買う。

 ガコン、と出てくる。


 愛海はコレのこと、覚えているだろうか?

 俺は缶ジュースを取り出すと足早にベンチへ戻る。

 買ってしまった。


 歩きながら気づく。二本買うつもりだったのに、一本だけしか買わなかった。


 今さら買い直しに戻るのも、待たせ過ぎて悪い気がしたので、俺は急ぎ足で愛海の待っているベンチへと戻る。

 すると戻る途中で、話し声が聞こえてきた。

 ちょうど俺たちが座っていたベンチのほうからである。

 愛海が座ったままで、その愛海の正面に三人くらい男が立っていた。全員ジャージ姿である。土日の街中でジャージ姿の若者は、少しガラが悪そうに見えた。


 愛海の表情は見えない。ちょうど男たちの背に隠れている。

 もしかしてナンパか?

 こういうとき、どうすればいいんだ?


 俺は一瞬怯んで、後ろ足に体重をかけた。しかしそもそも愛海を置いて逃げ出すというのは選択肢にない。なので、ぐっと歯を食いしばって前進する。べつに目の前の男に威勢よく啖呵を切って、かっこよく愛海を助けられるとは思っていないし、想像もできない。ただ、逃げるという考えがないだけだ。ヤバいと思いながら俺は足を交互に動かして、愛海と男たちのいるベンチの前まで移動しているだけだ。


 近づく。

 声が鮮明になる。

 男たちの背中が大きくなっていく。

 手を伸ばせば触れられる距離までやってきた。


「あ、戻ってきた! この子が晴人だよ!」

 男たちのあいだから愛海がひょこっと顔を出した。


 その表情は想像よりもずっと、明るく、楽しそうだった。

 男たちが振り向く。全員、俺より身長が大きい。見下されているみたいだ。視線がこわくて、俺は下を向きかける。

 だが、三人の中で一番背が大きな人物で視線が止まった。

 その男には見覚えがあった。


 ドラマに出てきそうな整った顔立ち。視線を合わせてみれば、なんの嫌味もない爽やかな眼差し。ジャージ姿もよく見てみれば、うちの高校のやつで、肩から背負っているリュックには何かしらの運動靴とセットだった。

 おそらく部活帰りだ。

 なにより重要なのは、この男は愛海とスタバの前で親しげに話していた人物である。


 愛海の、彼氏だ。


「あ! この子が愛海がいつも話してる子か!」

 愛海の彼氏さんが俺を見て、大きな声を出す。


「そうそう! ていうか優馬、いつも話してるとか言わないで!」

 愛海が慌てて遮る。


 いつも話してる? 俺のことを彼氏と? なんで?

 というか名前、ゆうまっていうのか、かっこいいなとか。

 愛海のこと、名前呼びなのか、とか。


 俺の頭はぐるぐるする。

 情報量が多すぎて思考がとまる。どんな表情や返事をすればいいかわからなくて、年末に会う親戚のおじさんおばさんに対してするみたいな愛想笑いをしてその場に固まる。そのあいだも愛海と彼氏さんは「今日晴人といっしょにクラスTの~~」「あ~、あれめっちゃ楽しいよな~~」とかワイワイ喋っている。


 そうだ、愛海には彼氏がいる。そして一緒に出かけても、それをなんとも思われていなくて、まるで男とは認識されていない。そういう事実を目の前で突きつけられる。

 それが事実なのだ。


 俺はいろいろと舞い上がっていたが、事実、本当に舞い上がっていただけなのだ。


 うわ……。

 この世界で一番価値がない人間になったような気がする。


「ね! 急に先生がいてさ、びっくりしたよね!」


 愛海がニコニコと笑って同意を求めてくる。

 俺は「ああ、うん」と乾いた笑いとかすれた声で同意をした。


 この場にいたくない。

 もう俺は、逃げ出すことしか考えていなかった。


 愛海との昔の思い出とか、今日出かけて面白かったこととか、もはや急速に色褪せて、俺は逃げ出すことだけ考えて、それはそのまま口をついて出る。


「あ、ぉ、俺!!」

 どもっている。本当に気色悪いな、俺。


「ちょっと、用事あって、か、帰るわ!」


「え?」


 愛海が驚いた顔をする。なぜ驚いた顔をするのかわからなかったが、俺はなんとか言い切って、くるりと回れ右すると、その場を立ち去ろうとした。


 なのに神様は残酷である。

 無様な俺に、追い打ちをかけてきた。


 俺は方向転換したときに自分のくつひもを踏んで、盛大にコケる。

 持っていた缶ジュースも取り落とす。


「おい、大丈夫か?」


 そして愛海の彼氏が慌てて駆け寄ってきてくれて、俺に手を差し伸べてくれた。彼氏の友達も心配して駆け寄ってきて「ケガしてねえか?」とか「絆創膏持ってるぜ」とか言ってくれていた。


 その優しさはダメージがでかすぎた。


 俺はもう地面しか見れなくて「晴人! 平気!?」と駆け寄ってくる愛海の声が背後から聞こえたが、その声に追いつかれる前に一刻も早くこの場を離れることしか考えられなくなった。


「だ、だいじょうぶです! じゃあ、急ぐので、失礼します!!」

 俺は地面だけを見て、慌ててその場を離れる。


 地面を見たまま、走る。

 そして、愛海から、逃げた。


 公園の入口のほうまでやって来る。

 マジで終わった。

 明日からどうしようか?

 そんなことを考えながら、俺は茜色になった空を見上げる。


 公園が広いので、景色を遮るものはなにもない。きっとキレイなんだろうと思うが、今の俺にはスカスカの虚しい景色に見える。

 ……帰ろう。

 今日のことはとりあえず、考えるのをやめよう。

 俺は駅のほうに向けて歩き出す。


 すると、後ろから足音が聞こえた。

 なんだか妙な胸騒ぎがして、俺は歩くペースを上げる。すると、後ろの足音のペースもあがった。


 歩いてたら追いつかれそうなので、俺は小走りになる。

 後ろの足音も小走りになった。

 走った。

 足音も走り始めた。


「晴人!!」

 愛海の声がした。


 その声がこわくて、俺は全力で逃げる。

 呼び止められて、どうするんだ。

 彼氏でも紹介されるのか?

 あの場に戻されるのなんて、ごめんだ。


 俺は死ぬ気で走る。

 なのに足音は近づいてくる。

 そしてガシッと肩を掴まれた。


「なんで逃げるの?」


 はぁはぁと息をした愛海が、困惑した表情で俺を見ていた。


「に、逃げてない。用事があるんだよ」


「嘘。それくらい、わかるよ」


 愛海のきつい声がした。目を見ることができない。

 俺はこの場を逃げるために、思った本心を口にする。


「それは……悪いと、思って……」


「なにが?」


「彼氏来たし……、邪魔かなって」


「え、彼氏? 誰の?」


 愛海が混乱した声を出す。

 顔は見れない。見れないので足元を見ていると、愛海の手が視界に入る。その手には、俺がさきほど買って、転んで落とした缶ジュースがあった。


「誰のって……さっきの……優馬って呼んでた……」


 数秒の間。

 愛海は俺の言葉の意味を理解して、ピシャっと言った。


「彼氏じゃないよっ! 彼氏じゃ、ないよっ!」


 絶対乗らなきゃいけない電車を呼び止めるような勢いで愛海が言った。

 俺は顔を上げる。

 愛海は俺の顔をじっと見て、もう一度「ちがうよっ!」と付け足す。


「優馬は、従兄弟なの! お兄ちゃん! お兄ちゃんみたいな感じ!」


 そう言った愛海の目には少し涙がたまっていた。なんで愛海が泣きそうになっているのかわからなかったが、俺は反射的に「ごめん」と謝っていた。


「……そうだよ、急に逃げるんだから」


 そう言ってから、愛海は手にしていたその缶ジュースを開ける。

 そしてごくりと喉を鳴らしながら、一気にジュースを飲み始めた。

 愛海がぷはっと口を離す。


「さらっとしぼったオレンジ、懐かしいね」


「……覚えてたのか」


「だから買ったんじゃないの?」


 愛海が缶ジュースを俺に差し出してくる。


「はんぶんこ、でしょ」


 受け取る。

 でもそれは、愛海が口をつけたものだ。

 飲んでいいのだろうか?

 昔は気にしないで飲んだけど……今は、気にする。でもきっと愛海が昔のまま気にしないで手渡してくれているのだから、俺も気にしないフリをして、くれたジュースを口にする。


「……うまいな、やっぱり」


「ふふ、だよね」


 昔と同じなんだな。

 それがなんだか嬉しかった。

 ……間接キスだなんだと考えるのは野暮なことだ。そうだ。野暮なことなのだ。


 俺は残りも一気に飲み干す。


「……ぁ」


 俺が飲んだ姿を見た後、愛海がすこし遅れて顔を真っ赤にする。


「ど、どうした?」


「なんでも、ない……」


 なのに飲み終わったあと、なぜか愛海が慌てて缶ジュースを見て、それから俺の顔を見てと交互にきょろきょろして、それからうつむいてしまった。


「間接キスになってしまった……」

 消えそうな声で愛海がつぶやく。


 いや、気づいてなかっただけかよ。


 俺は苦笑いする。あのベンチから逃亡してきた気分が嘘みたいだった。妙な気分である。嬉しいとか、楽しいとは違う。自分の気持ちを表現するのは難しかった。


 缶ジュースを見る。『さらっとしぼったオレンジ』。例えるなら、たぶんこれの味と同じ感じだろう。


 でもなにより、はっきりと分かった。

 どうしようもなく、理解した。

 俺の初恋はやっぱり、現在進行系で、続いている。


 俺はこの咲花愛海という幼馴染のことが、好きなのだ。


次話は再び書き溜めてから、水曜or土曜の朝に更新します。


Xにヒロイン画像を作成してみました!

https://x.com/tatsutora_ito/status/1801831775083368510


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