13話 仲良いよ? あたしたち
「映画、めっちゃよかったな!」
「……たしかに」
優馬先輩とマッチョチキンの劇場版を見た俺は、そのあまりの完成度の高さに衝撃を受けていた。見事な作画とアクションシーン。子供向けだが侮れないテーマ性。すべていい意味で予想を裏切られたのだ。
「……カラス団との決戦は鳥肌ものでしたね」
俺がぼそっと呟く。
晴人先輩はきらきらした目で、マッチョチキンの決め台詞「小さな翼をひろげよ、ピーッ!」というセリフを呟いていてから、吹き出す。
「あそこから、あんなに感動するとは思わなかったわ」
そうして俺は先輩と談笑しながら、セノバを出る。
時刻は一九時過ぎ。
金曜の夜なだけあり、駅前の人通りは多く、街灯も昼のように明るい。
映画を見て遅くなることは家族に伝えてはいるので、余韻に浸りながら帰ろうと俺は改札に向かおうと、優馬先輩に映画に付き合ってくれたお礼を伝える。
優馬先輩は「楽しかったし、こちらこそありがとう」とやはり爽やかに言って、それから思いついたように「あ!」と声を上げる。
それから先輩はなぜかにやりと笑う。
なんだ、その何か企んでいるような表情は。
「腹減ったし、飯食べていかない?」
「え、まぁいいですけど……」
初対面の人ご飯など、普段の俺では絶対に無理なのだが、愛海の従兄弟でありつつ
、つい心を許してしまう人柄に、俺は思わず了承してしまった。
……してしまった。と思うのは、なんだかんだ先輩とご飯はハードル高いという心がないわけではないからだ。
先輩は「こっちこっち!」と俺を先導するので、その後をついていく。
向かうのは北街道と呼ばれる駿府城をぐるっと囲う道のほうだった。アーケードになっていて、昔ながらの商店や飲食店がずらりと並んでいる。
てっきりチェーン店にでも入るかと思ったのだが、こっちのほうは個人のお店がたくさんある。
高校一年生なのに、ファミレス以外のお店で飲食をしていいのだろうか? と謎の心配をしつつ、俺は先輩のあとに続く。
「あの……どこ行くんですか?」
「晴人はカレーとか大丈夫?」
嫌いでもないが、好きでもない。それを伝える。
優馬先輩はおっけ、ついて来て! と言ってアーケードを歩いていく。
そして商店の並びにある『蕎麦屋 咲花』の前で立ち止まった。そのお店は歴史を感じさせる昔ながらの蕎麦屋だった。
ん、咲花?
「あの、ここって」
「へへ、俺の家」
そう言うと、ただいまー、と先輩が暖簾をくぐってお店の中に入っていく。俺は戸惑いつつもその後に続く。
「おかえり!」蕎麦屋の店主と女将さんらしき人が人が反応する。店主はいぶし銀の映画俳優みたいで、女将さんはモデルみたいだった。
すぐにわかる。先輩のご両親だろう。
さらに数名のお客さんが「おお、優ちゃん!」と先輩に反応していた。常連さんだろう。先輩も「どもっす」と頭を下げている。
俺の知らない世界が展開されている。どこだここは。
「あれ、お友達?」
女将さんが俺の存在に気づく。
「一緒に映画見てたんだよ、飯、いい?」
「おう。そこ使え」
店主が顎でさして、店の一番奥にあるカウンター席へと促した。
俺は先輩に促されるまま座り、店主と女将さんに挨拶して、高校の後輩であることを伝える。そして俺の分もまとめて先輩がカレーを頼むと、俺の眼の前にカレーライスが登場した。
今更だけど、蕎麦屋なのにカレーなのか。
「蕎麦屋だけど、カレーが一番美味いんだよ、ま、食べてみて」
先輩に促されて口に運ぶ。程よい辛さとスパイス。
レトルトとは違う、食べたことのない味がする。
俺は黙々と口にカレーを運ぶ。「美味いだろ」という先輩の言葉にこくこくと頷いた。
「愛海も好きなんだよな、このカレー」
ぽつりと先輩が言う。
ぴたりと俺の挙動も止まる。
「愛海さんも、よく食べるんですか?」
「そうだね、週の半分はカレー食べてるんじゃない?」
週の半分て……愛海はどれだけ先輩の家に通ってるんだよ。
お兄ちゃんみたいな従兄弟と言っていたが、それは通いすぎて迷惑かけてたりするんじゃなかろうか? なんて要らぬ心配をしてしまう。
「昔から引っ込み思案だから、久しぶりに店に来たときも、おろおろしてたんだよな」
「……引っ込み思案?」
先輩はカレーを頬張りながら「そうだよ」と肯定した。
引っ込み思案? 愛海が? 小学生のころも、今も、そんなイメージはあまりない。
愛海はいつでもグイグイと前へ行くし、クラスでも堂々としている。
たしかに自分から主張するタイプではないが、前へ出ることを恐れない。
「でも、体育委員とかクラスTの作成も率先してやってましたよ」
俺はぽつりと「おろおろしてませんでした」と付け加える。
「成長したんだなぁ」
うんうん、と先輩はしみじみ語る。
なぜだろう。
従姉妹思いのいい人なんだろうに、俺はどうしてもモヤモヤとしてしまう。
自分でも正体不明の感情で、その感情に突き動かされて口走る。
「ち、ちなみに愛海は和菓子と洋菓子なら、和菓子が好きですよ」
何がちなみになんだ。
というか何言ってんだ、俺は。
「へぇ……じゃあ、これは知ってる? あいつ、ハリーポッターにドハマリしてたの。呪文とか全部言えたんだよ」
先輩が面白そうに語る。
俺はそれにドヤ顔で返事をする。
「呪文、一緒に練習してたので、愛海と」
小学校帰りにいつも練習していたからな。そしてハリーポッターを愛海に教えたのは俺だ。
先輩は目をぱちくりさせる。そしてにやりと笑う。
「ああ、じゃあやっぱり、小学生のとき仲良かった子も晴人なんだ」
「へ、やっぱり?」
「てか、愛海って呼んでるんだな。咲花さんとかじゃなくて」
先輩が楽しそうに笑う。
「名前を呼び捨てにされたら、あいつ嫌がりそうだけど、晴人ならOKみたいな?」
やっぱりモヤモヤする。その正体はわからないが、俺はムキになって返事をする。
「はい、仲良いので、俺」
「誰と?」
「愛海と、です」
そう言うと、先輩は「だってさ」と後ろを振り返る。
後ろ?
俺も振り返る。
なんとそこには愛海が立っていた。
ふるふると震えて顔が真っ赤である。それから愛海は俺のことをじっと見て、それから視線を先輩にスライドさせて、いじけたように呟く。
「仲良いよ? あたしたち」
先輩はおかしそうに笑う。
愛海はトレーにカレーライスを乗せて、俺の隣に腰掛ける。
「……なんで晴人がいるの?」
おそらく頬が熱くなっているのを意識しながら、今日の経緯を愛海に説明する。
「え!? そうだったの、だったら誘ってくれればよかったのに、映画!」
「やっぱり見たかったか?」
「もう三回は見たけど……」
じゃあ誘わなくてよかっただろ、と伝えると「でも見たかったし……」とカレーを頬張る。
美味しそうにカレーを食べる愛海を見ながら、俺は質問する。
「というか、なんで愛海がここにいるんだ?」
「あはひ、ほほにふんへるんは」
「なんて?」
愛海はカレーを飲み込み、コップに注がれた水を一気に飲み干し、口にする。
「あたし、ここに住んでるんだ」
そうなのか!?
俺は驚いて、冗談なのか確認しようと先輩のほうに目を向ける。
微笑ましそうに俺と愛海を眺めていた先輩が親指を立てる。
「晴人はカレー食べたら、帰るの?」
「あ、ああ。まぁ、そのつもりだけど……」
もちろん、食べたら帰るつもりだった。ただ、それは先輩とふたりだけなら、という話だ。そこに愛海が来て、しかもここに住んでるとなると、気になることが多すぎて、できればもう少し経緯とか聞いてみたくなってしまう。
でもカレー食べきってしまったし、いつまでもここにいるのは変だよな……。
「せっかくだし、三人でゲームでもしてく? スイッチあるよ」
そこに先輩がふと思いついたように提案してくる。
「しよ! するよね! していこう!」
愛海ががっと俺の腕を掴み、謎の三段活用で聞いてくる。
これは渡りに船だ。
「する、してく!」
そして俺は、先輩の家でゲームをしていくことになるのだった。




