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12話 俺と行こうぜ!

 俺の手には白崎さんから渡された映画のチケットが握られている。

 期日は今日。

 

 今は放課後。金曜日。そしてスネが痛い。

 

「あ、ありがとう。白崎さん」


みおでいい。あんたが、愛海の友達ならね」


 そう言って、白崎さんはくるりと反転して教室のほうへと戻っていった。

 俺はその背中を見送る。

 怖いので澪なんてとても呼べない……。


 俺は映画のペアチケットを見下ろす。

 正直、乗り気ではない。

 自分のちっぽけさに自信を粉砕されているので、愛海と話すだけでも申し訳ない気持ちが湧いてきてしまうのだ。

 

 我ながらなんと面倒くさい男なのか、と思う。だがチケットがあることで、愛海と話す口実ができる。


 そう考えると、この映画のチケットは光り輝く魔法のチケットのように見えてきた。


 その魔法のチケットを、白崎さんがなぜ俺に譲ってくれたのか、意味はわかる。


 たぶん、これは愛海の見たい映画だ。そして、恐らく愛海は映画を見ていない。白崎さんは友達思いなので、それを愛海に見せてあげたいのだ。しかし、自分は興味がないので、俺が代わりに連れて行け、ということだろう。


 その役割、担ってやろうじゃないか。


 俺は教室をのぞく。

 徐々にみんな下校していくなか、愛海はクラスの女友達と楽しそうに喋っていた。

 

 あの女子の輪の中に割り込んで愛海に「映画見に行こうぜ」と言う勇気はない。

 そもそも、教室では愛海とほとんど会話していない。


 コミュニケーション手段はラインがメインだし、会話するのは放課後の帰り道がメインである。おまけに教室では愛海も俺のことを「高橋くん」と呼ぶのが基本だし、俺も「咲花」と呼んでいる。


 だからクラスでも俺と愛海が昔小学校が一緒だった顔見知り程度にしか思われていないだろう。

 急に話しかければ愛海の迷惑になるかもしれない。


 とにかく、そういうことなので俺は愛海が教室から出てくるのを待つ。


「高橋、なんで自分の教室を覗いてんだよ」


 俺がタイミングを伺っていると、数少ない友人である凛太が声をかけてきた。


「ちょっと、さき……」

 咲花を待ってて……と口にしようとして、踏みとどまる。


「……さき延ばしにしてるんだよ、教室に入るの」

 何言ってるんだ、俺は。


 案の定「はぁ?」というリアクションで凛太が笑う。


「変なもん食ったのか? 大丈夫だよ、放課後だから。誰も怒らねえよ、お前のこと。……な?」

 な? じゃねえよ! 余計なお世話だ。


「いいんだよ。俺のタイミングで入るから邪魔するなよ!」


「邪魔しねえよ! 見届けてやるから、さっさと教室入れよ」

 

 凛太がゲラゲラ笑う。いいから帰れ! いや、帰るけどさ、みたいな押し問答をする。


「楽しそうじゃん。なにしてんの?」


 そんなくだらないことをしていると、ひょこっと愛海が顔を出していた。

 いつの間に!?


 愛海は帰ろうとしているところで、一緒に談笑していた女子のグループとともに教室を出てきたところだった。

 白崎さんもいる。


 凛太は「さ、咲花さん!」と話しかけられたことでトーンがあがり、他の女子もいるのでお笑い芸人のように今の出来事をいかに面白く語ろうかと、ばたつき始めた。


「か、帰るところか?」


「うん!」

 当たり前の質問なのに、愛海はニコニコ大きくうなずく。


 このままさり気なく会話の中で誘えれば完璧だが、女子グループと凛太がいる。とてもこのタイミングだと誘えない。

 どうしよう、と悩んでいると愛海が頭の上に両手を持っていって猫耳みたいなポーズをする。

 

「にゃんにゃん!」


 なんだそれ、すごい。意味わからんけど、えげつないくらい可愛い!

 隣で凛太も口をぽかーんとして、愛海に見惚れている。


 おい見るな。というか、俺もこんな表情になっていそうだと気付き、顔の筋肉を引き締めて、無表情になるように心がける。


「な、なんだよ」


「実はこれからさ、みんなと猫カフェ行くんだ」

 愛海はうきうきと「最近できたんだって、楽しみ~」と口にする。


「い、今からか?」


「そだよ、みんなと!」


 俺は白崎さんを見る。

 白崎さんは何度かまばたきしてから、口を開いた。


「私たちはより良いものを探しに行く。希望を探しに行く」


 何言ってんだ、この人。


 俺の代わりに愛海が「澪、どうしたの?」と尋ねる。

 白崎さんは「フュリオサがそう言ってたんだ、怒りのデスロードでね」とやはり意味不明なことを口走り「今日の予定を把握してる人間なんて、いないってこと」ともっともらしく続けた。


 白崎さんは何も考えずにチケット渡してきたんだろうな……と俺は察した。


 愛海は「じゃあ、またね」と言って、数名の女子グループと教室を出ていく。


 俺はチケットをポケットに隠して、愛海を見送る。


 そのすれ違いざま、愛海が一瞬だけ俺の耳元に顔を近づけてきた。


(今度、一緒に行こうね、猫カフェ)


 返事をする暇もなく、誰も気づかないほどわずかな出来事。

 愛海はいたずらっぽい笑顔を浮かべて、小さくじゃあね、と手を振って廊下を歩いていった。


 一緒に猫カフェか……めちゃくちゃ行きたいな……。

 そんなことを考えながら、愛海を見送る。


「ぁあ……! 俺も女子たちと猫カフェ行きてえよぉ!!」


 隣で凛太が悶えているので、俺は我にかえる。

 思考がだいたい同じなのが嫌だったので同意しないでおく。


 俺はポケットに隠したチケットに手を触れる。

 愛海と行けないとすると、今日が期限の映画のチケットをどうするべきか、考えないといけない。


「高橋! 俺と猫カフェ、行っちゃう!?」


「ひとりで行け」


 ※※※


 さて、どうしたものか。

 俺は中庭にあるベンチに腰をおろしていた。

 中庭は下駄箱を出た先にあり、新校舎と旧校舎に囲まれてる形になっている。駿河東高校の中央にあるスポットだ。

 自動販売機や水道も設置されているので、昼はお弁当を食べる生徒で賑わい、放課後は部活動を行う生徒が利用する。


 俺は下校していく生徒、部活に向かう生徒を眺めながら、手元に残った映画のチケットを眺める。

 一応、凛太を誘ったが「もう見たんだよな……」と申し訳なさそうに断られた。


「どうしたものか……」


 今日中に鑑賞しないと、チケットをくれた白崎さんに申し訳ない。

 ひとりで見に行けばいいのだが、少しもったいない。

 とはいえ、愛海も凛太もNGとなると、俺にはもうこの高校で映画に誘えるような知り合いはいない。

 

 ひとりで行くしかないか、と俺は切り替える。


 映画までどうやって時間を潰そうかと考える。この高校自体が街中にあり、映画館は高校の目の前にある新静岡セノバのシネコンに行くだけだ。

 一〇分もあれば到着できる。


 セノバの中にはジュンク堂も入っていたので、そこで寄り道していこう……。

 方針を決めて立ち上がると、俺は隣の自販機で飲み物を購入している人物と目が合う。


 高身長。黒髪ショート。整った顔立ち。爽やかな瞳。恋愛リアリティショーとか、青春ドラマの主役とか、もしくはアイドルみたいな立ち姿。

 俺が愛海の彼氏だと勘違いしていた、イケメンの愛海の従兄弟である。


「あ、ど、ども」

 俺は頭を下げる。


 するとイケメンの従兄弟さんはニコっと笑い、「おー、愛海の友達!」と言ってから、自販機に視線を戻す。


「なんか飲む?」


 俺は急な提案に、申し訳ないと辞退しようとしたが「後輩なんだから気にすんな、俺、三年だし!」とやっぱりニコニコ笑う。

 笑顔が眩しい。そして屈託なさすぎる。笑っているのをみるとこっちまで気分がよくなる笑顔だ。


 なんだ、このイケメンさんは。無敵過ぎる。

 同じ生物なのかと疑うが、愛海の従兄弟なら当然かもしれない。


 俺は「じゃあ、ココアで……」と言うと「おっけ!」と言ってココアを買ってくれて、自分が買ったスポーツドリンク片手に俺の腰掛けていたベンチに腰を下ろしながら、紙パックのココアをくれた。


 俺はすごすごとベンチに腰をおろす。

 紙パックのココアを凝視する。

 高校の自販機で飲み物買うのって、少し憧れてたので普通に嬉しい……。


「名前、何ていうの?」

 キラキラというか、好奇心で輝く目でイケメン従兄弟さんが尋ねてくる。


「あ、高橋と申します。高橋晴人です」


「よろ。俺は咲花優馬さきはなゆうま


 またしても爽やかスマイル。先輩を感じさせない人懐こさが現れている。

 この距離感というか、人見知りの壁が気づいたら乗り越えられていく感覚は、愛海と似ている気がする。


 そして思い出した。

 そうだ、優馬だ。遭遇したタイミングでなんとなく名前を聞いた気もしたが、改めてフルネームを聞くと、愛海の従兄弟なのだと実感した。

 名字、同じだし。


 と、思っていたら優馬先輩は俺のことをニコニコとニヤニヤの中間の笑顔を浮かべて観察していた。くすぐったい視線に俺は「な、何か……?」と聞く。


「いやぁ、愛海が高校入学してから、毎日話に出てくる男子がいたから、俺も気になってんだよな。たしかに子犬みたいだな、晴人は」


 あはは、と優馬先輩が笑う。

 いったいどんな話をしてるんだよ、愛海のやつと俺は気が気じゃない。

 というか、いきなり名前呼び捨てなのか。


「仲、良いんですね」


「うーん、妹みたいなもんだし。人見知りだろ、愛海。ちゃんと高校生やっていけるか心配になるんだよな」


 人見知り? 愛海が? 俺にはあまりその印象がなかった。

 愛海はたしかに奥手なところがあるが、人懐っこい奴だし、何にでも好奇心旺盛で、一緒にいると振り回されるところなんかは、大型犬のような奴だと思う。


「……咲花さんは、大丈夫だと思いますよ、クラスでも人気あるし」


「そっか。ならいいんだけどさ……これからもあいつと仲良くしてくれると、俺も嬉しいかな」


 照れたような笑顔。

 やはりイケメン。……なのだが、俺はなんだか納得いかないような気分が、心の中に芽生えていた。

 変なモヤモヤした感じである。「言われなくたって、愛海は大丈夫だし、俺は友達だし!」とでも反論したくなるような感覚だ。


 なんなんだろう、と思いながら俺はココアを飲む。

 甘くて美味しいのだが、少しだけ、苦みを感じる。


「てか晴人は帰宅部なんだろ、何してるの、こんなところで?」


 俺は映画のチケットが余っていて期限が今日までであることと、ペアチケットなので友人を誘ったが、予定が合わなかったことを伝える。


「何時からなの?」


「一七時過ぎくらいです……」


 優馬先輩は中庭にある時計で時刻を確認する。それから「よし!」と言って立ち上がる。


「今日は流すだけだったし、用事あるって言って早めに抜けるわ、部活」


「は、はぁ……」


 俺はぽかんと優馬先輩を見上げる。

 優馬先輩は見てるこっちが楽しくなるような笑顔を浮かべて、言った。


「俺と行こうぜ! 晴人!」


 俺は愛海の従兄弟であるイケメン、咲花優馬先輩と映画鑑賞することが決定したのだった。



挿絵(By みてみん)

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