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11話 痛くしてるから

 俺は正座してベッドに座り、正面に置いた自分のスマホを睨んでいた。

 家に帰ってきたら、すぐに着替えて風呂に入った。そして夕飯も済ませて、それからこうして部屋にこもっているのだ。

 

『二〇時くらいに電話するから』

 「よろしく!」と相変わらずのマッチョな男がひよこの被り物をしているという謎のスタンプが送信されてきて、現在は一九時五〇分。


 心臓がバクバクする。

 まだ一〇分もある。時間が流れるのはこうも遅いものだっただろうか?

 放課後、愛海と別れてから現在に至るまでずっと、時間を気にしていてそわそわが止まらない。


 状況は異なるが、高校の受験前日を思い出す。


 俺は正座しているのがもどかしくなり、ベッドから立ち上がり、部屋をぐるぐるする。

 愛海はどうしていきなり、電話するなんて言い出したのだろうか?


 俺は部屋中央のシーリングライトから垂れ下がるひもを見る。

 やったこともないボクシングの真似事をして、ひもに向かってジャブを繰り出す。


 わからない。愛海が何を考えているかわからない。


 電話なんて、何を喋ればいいんだ?

 間が保つものなのか? 途中で無言になったらどうしよう、とか。

 盛り上がらなかったらヤバいかもしれない、とか。


 俺はおちつきなく、紐にむかって、ジャブを繰り出し続ける。

 瞬間、スマホが鳴り出した。


「うわぁ!!」


 時刻を見る。二〇時きっかりである。

 いけない、考え事をしていたらあっという間に時間になってしまったみたいだった。


 俺はビーチフラッグのような勢いでスマホを手に取る。着信は愛海からだ。

 ごくりと息を飲み、深呼吸。

 震えてる手で、通話ボタンを押す。


『おーい、もしもーし』


『お、おう……』


 自分の部屋の中だが、俺は声が部屋の外に漏れないか気をつけながら返事をする。両親には愛海と電話することなんて伝えていないし、女子と電話してるとバレるのは恥ずかしかった。


『……さっきぶりだね』


『……さっきぶりだな』


 会話なんていつもしているのに、電話というだけで、変な感じだ。

 その変な感じが新鮮で、対面しているときよりも言葉が思い浮かばない。でも無言になるのは嫌で、俺はとにかく声をかける。


『あのさ』『あのね』


 そして被った。

 当然だよな! 電話してきたのは愛海のほうで、きっと用事があるから電話してきたのだ。それを遮るというおこがましい行為をしてしまった。

 謝るしかない!


『あ、悪い』『あ、ごめん!』


 再び被る。そしてふたりで一呼吸置いて、お先にどうぞ、となどと電話越しに譲り合いをした結果、俺から喋ることになった。

 そして俺は譲られたことがもったいないくらいどうでもいいことを口にする。


『愛海がよく送ってくる、スタンプ……、あれ、何なんだ?』


『ピーちゃんだよ。マッチョチキンっていうアニメのキャラなの。えへへ、気に入った?』


『いや、ぜんぜん』


『え~? すごく可愛くない? 推しなんだけどなぁ』


『あれの何がいいのか、逆に聞いてみたい』


 という感じで、俺は愛海からマッチョチキンが何たるかについて軽くレクチャーを受ける。

 アニメキャラで、正義のヒーロー。でもときどきシュールな感じで、そこがいい、らしい。聞いてもやっぱりわからないな、という感じの明日には忘れそうな話をする。


『映画、面白かったね』 

 

 マッチョチキンについて一区切りついたところで、愛海が言った。それは今日見た映画のことだろう。


『晴人が澪と一緒にいたのは、すこし驚いたけど』


『そ、それは俺も驚いた!』


 そう言えば、なぜ映像研究部の部室にいたのか、俺はちゃんと愛海に説明していなかった。なので、放課後、白崎さんに呼び出しされてあの場所に向かい、なぜか映画を見ることになったことを説明する。


『うーん、澪らしいなぁ』


 すべてを聞いた愛海は納得したような調子でうんうん、とうなずく。


『え、そうなのか?』


『あの子ね、映画のチョイスとか、鑑賞するときの態度とかで友達を選ぶんだよ』


『え、そうなのか?!』

 

 だとしたら、あれは友達テストだったのか。

 いや、でもなんで急に俺がそのテストを受けることになったんだ? そんな疑問を愛海に問いかけてみる。


『あたしとよく話すからだよ、たぶん。澪とあたしは友達でしょ、でも晴人と澪はそこまで面識なかったし。だから晴人と友達になれば、あたしを取り合うことならないって思ったんじゃないかな』


『べ、べつに取り合ってないけどな』


『ふふ、モテる女はツライぜ』

 ふふ、とからかう声音が聞こえてくる。


 その軽いノリの影響なのか、俺は普段だったら躊躇して聞かないような質問を、さらりと口にしていた。


『やっぱり、モテるのか?』


 愛海は同じ高校一年生に見えないくらいスタイル抜群だし、顔も贔屓目なしに、街中でも見かけないくらいに整っている。そりゃ当然モテるだろうな、と思うが、本人の感覚的にはどうなのか、知りたくなってしまった。


 俺の問いに対して、少しの間。

 それから、呼吸の音が聞こえて、愛海が探るようなトーンで返してきた。


『……どうだと思う?』


 確信犯なのか、たまたまなのか。

 その質問は卑怯だ。モテると答えれば俺が愛海のことを可愛いと認めてしまう形になるし、でもモテないだろ、とは答えられない。それは俺が小心者なので、モテないという返しを真剣に受け取られてしまったらどうしようと、不安になってしまうからだ。


 俺はなんとか話題をそらそうと、部屋の中を見回す。

 ふと思いつき、電話を持ったまま、カーテンを開け、窓を開ける。

 四月の爽やかな夜風が頬を撫でた。


 家はお茶畑の小山の(ふもと)にある。ギリギリ村ではない住宅街、だと思っている。そこの平凡な建売の二階建て一軒家だ。外壁はクリーム色で、屋根は茶色だ。そして隣にある家も、俺が小学生のころは、外壁がクリーム色で、屋根は茶色の同じような一軒家だった。


『愛海の住んでいた家、緑色になったぞ』


 俺は愛海と俺の家が隣同士で、いつもよく遊ぶ幼馴染だったころのころを思い出しながら、言った。

 予想通りに『え、そうなの!?』と愛海が食いつき、『ちょっと見せてよ! ねぇねぇ!』と要求してきた。


『ちょっとだけだぞ、もう別の人が住んでるし……』


 俺はそう言いながら、スマホの通話をビデオ通話に切り替えて、お隣の家のグリーンになった外壁だけ映す。ただ申し訳ないには申し訳ないことなので、愛海が『わー、本当だ……』と感慨深げなリアクションをしたところで、ビデオ通話をオフにした。


『今の、晴人の部屋からの景色だよね! 懐かしいなぁ、見覚えあるもん!』


 愛海は俺の部屋にも何度も遊びに来ている。一緒にゲームしたり、漫画読んだりしていたな。


『読んでる途中の漫画あったなぁ! なんだっけ? あの必殺技叫ぶ少年漫画って』

 ざっくりすぎるだろ……。


『もっとヒントは?』


『覚醒するの! ピンチのときに!』


『何も覚えてないに等しいな、それは』


『へへ、だよね……』

 にへらって感じに笑う声が聞こえて、それから一拍。


 愛海はそれから再び探るように、たぶん俺の気の所為だが、少し震えた声で。


『またさ……遊びに行っていーい?』


 電話でよかった。

 今、自分がどんな顔をしているのか、鏡すら見たくないな……。


『……今からはダメだ』


 愛海の吹き出す声が聞こえる。『今から行くわけないじゃん、今度だよ』と愛海がきゃっきゃとはしゃぐ声が聞こえた。その楽しそうなトーンのまま、愛海は続ける。


『じゃあいつにする? いつなら、いいかな?』

 

『いつでもいいって』


『え~? 決めないと行かないやつだよ。おばさんとおじさんにも会ってみたいし』


 愛海はそう言って、宿題を忘れてしまったと申告するようなトーンで『いきなり転校しちゃったし……』と続けた。


 そうだった。愛海は転校する日も教えてくれないまま、いなくなってしまったのだ。俺が愛海がもう学校に来ないことを知ったのは、休日のバレンタインデーが終わった後の月曜日だった。

 当時の担任から、愛海の希望で転校後の報告という形で教えられたのだ。


『なんで……』

 言いかけて、俺は口を閉じた。なんで教えてくれなかったんだよ、なんて言葉を口にはできなかった。

 その転校直前のバレンタインデーに、俺は愛海に呼び出されていた。

 ふたりでよく言ったひぐち商店のベンチで待ってるって。


 俺は行かなかった。

 理由はクソみたいなものだ。その日、急遽ばあちゃんの家に行くことになった。遠くに住む親戚がいきなり遊びに来たらしく、家族で出かけることになったのだ。


 俺は愛海と約束しているから行けない、と両親に言えなかった。

 その日がバレンタインだったからだ。


 バレンタインの日に、女の子の友達と待ち合わせしていることを知られるのが、恥ずかしかった。


 そんなくだらない理由なのだ。


 以来、俺は初恋を引きずっていたし、何もよりも、人の目を気にする自分が、嫌いになった。

 俺は自分が嫌いだ。情けない。それは今も継続している。


『どうしたの、おーい』


 愛海の声ではっとする。


『な、なんでも、ない……それよりさ……』


 俺は核心をつく話題を避けるように、必死で頭を働かせて、どうでもいい、別の話題をとにかく放り投げた

 本当にどうでもいい話だ。


 一番話さなくてはいけないことから逃げる、情けない抵抗だ。

 愛海は俺が引いたラインに気づいてしまっただろうか、気づいていないでくれ、と俺は心の中で祈る。


 そんな調子だから、その後も電話口から聞こえる愛海の声も寂しそうなものに聞こえてしまった。


 通話を終えた後は、あまりの自分の情けなさによる自己嫌悪で眠れないまま、朝を迎えるのだった。


※※※


 その週の俺は、愛海とどんな顔で話せばいいかわからなくなってしまい、最低限の会話しかできなかった。

 避けるとまではいかなくても、俺が休み時間や放課後にそくささと家に帰ってしまえば、愛海と会話する時間などほとんどないのだ。


 なぜなら彼女はたくさんの友人に囲まれており、俺はそうじゃないからだ。

 たぶん、元幼馴染でなければ接点など欠片もないほどに。


 そしてその週の金曜日。放課後。


 俺は折れた心でうつむき、いつものように教室を出ていく。

 教室の中で愛海が俺のほうを見て、声をかけようか、かけまいかしているような気がしたが、たぶん、自意識過剰になっているせいだ。

 

「おい、高橋」


 そんな俺の背中に声がかかる。

 黒マスクにプラチナブロンドの髪をしたギャル、白崎さんだ。

 白崎さんはつかつかと俺のそばに歩み寄ると、いきなりスネを蹴ってきた。


「え、ちょっと、痛いです……」


「痛くしてるから」

 声も顔も、まるでゲームのガチャでいくら回してもレアが出ないような形相だ。


 ひとしきり俺のスネを蹴った白崎さんは何かのチケットをぐいと押し付けてきた。

 マッチョチキンという愛海の好きなアニメの映画、その招待券だ。


「ペアの招待券、映研で配られたけど誰も使わないから」


「……え? 俺と?」


 再びスネを蹴られる。さきほどよりも強い。


「バカか。あげたんだよ。私は行かない。誰か誘って行きなよ」

 

 そう言って白崎さんは、押し付けてきたチケットを指差す。


「その映画、今日で終わりだから」


 その目は分かってんだろうな? と無言の圧力を放っていた。


お読みいただきありがとうございますmm

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