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10話 これが唯一の友達だ

 俺の膝の上に白崎さんが座っている。

 その場に、愛海が現れた。


「何してるの?」

 

 そして満面の笑顔で愛海がこちらを見ていた。


 どうしよう。

 まずは誤解を解こうかと思ったが、それはなんの誤解だ?

 元幼馴染とはいえ、ただの友達だし、何かを誤解されようとも弁明するような関係ではない気もする。


 かといって白崎さんと仲良いわけでもないので、実は仲良いと思われても後々面倒な気がする。というか仲良くても膝の上に異性を座らせるってことあるのか?

 俺の常識では、たぶんない気がする。


 となると、膝の上にいる白崎さんをどかそうかと考えたが、勝手に女子の身体に触るのはマズいと思ったので、何もできずに白崎さんと愛海を交互に見るしかできなかった。


 その間も愛海のニコニコ笑顔が突き刺さる。


「映画を見ようと思ってただけ、一緒に」


 しかし、あたふたしている俺とは対照的に白崎さんは動じることなく答える。

 そして俺の膝の上から猫のようにするりと降りると、白崎さんは愛海に貸していたというDVDを受け取った。


「ふ、ふーん、そーなんだー、へー、でもそんな体勢で見るなんて、仲いいんだねー」


 愛海も一見動じていないように答えるが、どこか棒読みだ。


「これは事故、たまたま高橋の膝上に座っちゃっただけ」


 白崎さんが堂々と宣言する。


「ないよ、特別な意味」


 どうしたら、たまたまそういう状況になるのか俺ですら不明だったが、愛海はまっすぐな白崎さんの表情を見ると、ふぅとため息をついて、スマイルをやめた。


「もう、びっくりしたよ」


「ごめん、私もびっくりした」


「お、俺も……」


 すっと会話に混ざろうとする。すると愛海がジト目で俺を見る。それからぷいっと視線を外してきた。

 あ、あれ!? 白崎さんの場合と、対応が違わないか?


「せっかくだし愛海も映画、見る? 一緒に」


 俺から視線をそらした愛海を見て、苦笑するようなトーンで白崎さんが誘う。


「……見てく」


 愛海はいじけた子供がなだめられるようなトーンで頷いた。


 そして俺達はソファに腰かけ、映画を鑑賞することになった。

 順番は俺、愛海、白崎さんである。


 愛海はソファの真ん中を陣取り、頬をむっとふくらまして俺のほうを見ないままつぶやく。


「澪じゃなくてあたしが隣です、残念でしたっ!」


 そしてべー、と舌を突き出した。

 可愛すぎてスマホに永久保存したいが、そんなことできない。さらにずっと愛海の顔を見ていられないので俺はうつむく。


 いや待て、こんなに可愛かったっけ?

 久しぶりに再会したときよりも、遥かに可愛く見える。なんだか愛海の周りだけキラキラしたオーラすら感じてしまう。

 おかしい。愛海を見ていると胸が苦しい。


 くっ、これが童貞ということなのだろうか。


 それに、愛海の態度は、怒っているというよりは……。

 俺が、俺の、自惚れでなければ……。

 もしかして、愛海は俺と白崎さんがふたりでいたことにヤキモチでも妬いてるのではないだろうか?


「ほら、澪!」


 そんな俺の推理中、愛海は白崎さんの両脇に腕を差し込む。そして子供を座らせるように、自分の膝の上に置いた。そのままぬいぐるみのように抱きしめる。そして勝ち誇ったように俺のほうに顔を向ける。


「ここまではできまい」

 いや、勝負してないし。てか、何の勝負だよ。


 はい、また勘違いしてしまった。

 愛海は白崎さんを取られたと思ったようだ。


 危ない。勘違いするところだった。

 と俺が胸をなでおろしていると、愛海がはて? と小首をかしげる。


「でもふたりっていつの間に友達になったの?」


「なってないよ、さっき話したばっかり」

 白崎さんが愛海の膝の上でDVDをセットしながら答える。


「じゃあなんで一緒に映画見ようとしてたの?」


 それは俺も聞きたいところだ。

 話したこともないのに、どうして白崎さんは俺をここに誘ったのだろうか。


 白崎さんは愛海の質問に対して、俺のことをちらと見てから、しばらく黙り込む。


「映画を見るから、お静かに」


 質問には答えずそう言うと、白崎さんは愛海の膝の上から脱出する。そしてリモコンを操作して、ミュージックビデオを停止して、映画を再生した。


 プラチナブロンドの前髪とマスクに隠れて表情は見えないが、真剣そうだった。もう何も答えてくれそうにない。


「澪は映像研究部なんだよ」


 映画の世界に没入している白崎さんの代わりに愛海が、俺の耳元にひそひそと囁く。


「月曜は部活休みだから、独り占めできるんだって」


 なるほど、と納得する。

 ここは映像研究部の部室ということか。


「ま、まな……咲花もよく来るのか、ここ」

 愛海がぴたりと一瞬固まる。それから笑顔で返事をする。


「うん、澪が映画好きで、いろいろ教えてくれるからね。高橋・・くんより、あたしのっほうが澪と仲良いしね」


 やっぱり愛海は怒っているかもしれない。

 俺がどう返事しようかあたふたしていると、白崎さんが咳払いする。


「上映中はイチャイチャしないように」


「「イチャイチャしてない!!」」


 白崎さんの言葉に俺と愛海が間髪入れずに反応する。

 やめてくれ。万が一にも、俺が本当に愛海のことが好きだとバレたらどうしてくれるのだ。今、バレて愛海にそういう気が一切なかったら、今後気まずくなってしまう。


 というか愛海も必死に否定するのか。

 それはなんだか……ちょっとショックである。


 と思っていると、俺と愛海の反応をフッと鼻で笑い、白崎さんは再び映画鑑賞に没頭し始めた。


 それ以上追及しようもなかったので、おとなしく映画に集中する。


 映画は面白かった。

 内容は、殺し屋のレオンが、隣に住む少女マチルダの家族が殺されたことで、彼女とともに生活しながら、彼女の復讐に手を貸す話だった。

 怖い映画かと思ったが、子供なのに妙に大人びたセリフを発するマチルダと、大人なのにどこか子供みたいな態度のレオンの掛け合いが面白くて、俺は最後まで熱中して見てしまった。


 エンドロールが流れる。

 横に座る愛海を見る。


 愛海はポロポロと涙を流していた。

 ああ、こういうところだよな、と思う。

 愛海は泣きたいところで泣けるし、笑いたいところで笑える。

 俺は小学生のころから自分の本心を口にするのが苦手だった。だけど何にでも素直な愛海と一緒にいると、なんだか俺も素直に感情を出せるような気がしてしまうのだ。

 その感覚が、妙に心地いいのだ。


 白崎さんが立ち上がる。そしてプロジェクターを停止して、暗幕を上げる。

 外は夕日が落ちそうになっていた。放課後から丸々映画を一本見たので、窓から見える野球部も帰る準備を始めていた。


「愛海は、相変わらずいい反応」


 白崎さんは満足そうにうなずき、親指を立てる。それからこちらを見た。


「教えて、映画の感想」


「面白かったよ」


 俺はそう言ってから、それじゃ映画の感想として味気ないかなと思って、主人公の殺し屋レオンが大事に育てていた観葉植物について思い出した。そして映画を見ながら感じたことをそのまま口にする。


「俺も観葉植物を育ててみようかな」


「……なにそれ」

 白崎さんはその返答にどう感じたのかは不明だが、かすかに笑ったような気がした。


「あ! あたしもそれ思ったんだ! 観葉植物育ててみようかな……」

 愛海は目尻の涙を拭いながら腕を組んで、うーむと悩む。


 冗談なのか本気なのか判断がつかない風に見えるが、こういう時、愛海は本気で言っていることを俺は知っている。

 悩んだ結果、愛海が部室の隅っこを指差す。


「ここの窓辺とか、どうかな?」


「ここでは迷惑だろ」


「じゃあ教室にする」


「なんでみんなを巻き込むんだよ」


 だってみんなでお世話したほうがいいでしょ、とか毎日水あげるの面倒なだけだろ、と俺と愛海がぶつぶつ言い合う。

 その様子を後ろで見ていた白崎さんがスマホを操作しながら、俺と愛海に向けてスマホを掲げる。


「水はあげなくても大丈夫、それとアグラオネマ」


 スマホの画面には白崎さんの部屋の窓辺らしきところに、レオンが育てていたものと同じ観葉植物が置かれていた。

 

 愛海がいいなぁ、と感嘆の声をもらす。俺も声は出さないが、いいなぁ、と思う。

 そんな俺と愛海を見比べて、白崎さんはぽつりと口にする。


「二人は小学校が一緒だったんだっけ?」


「そうだよ! 友達だったよね!」


 愛海が「仲良しだったもんね!」と同意を求めてくる。その友達宣言が恥ずかしくて、俺は頬をかいて「ぁぁ……」と蚊の鳴くような声を出しておいた。


「……今も友達?」

 白崎さんが問う。


 すると愛海は少しおろおろして、それからチラチラと俺を見て問いかけてくる。

「……友達だよね?」


 俺はどう答えるべきか、迷う。

 たしかに友達だ。でも、小学校のころと同じ関係かと言われるとそんなことないし、今後も友達のままなのか、というと自信がもてなかった。なぜなら俺は、愛海のことが好きだと自覚している。

 せっかく築き上げられそうな、友人の関係が壊れるのは恐ろしいが、俺はたぶん、愛海のことが好きだという気持ちを抱えたまま、小学生のときのように何も伝えないまま終わるという後悔をしたくない。


 そんなことを考えていたせいで、俺は自分の思ったままを返答してしまう。


「……い、今は友達だ。今はな」


「…………」

「…………」


 愛海と白崎さんが沈黙する。

 ふたりとも俺を見ている。


 白崎さんは予期せぬ返答に一杯食わされたような顔をしている。

 愛海は目を何度もパチパチと瞬かせて、まばたきするたびに耳が赤くなっていく。


 ……あれ? 俺、今、なんて言ったんだ?


 妙な空気が流れる。

 時計の針の音が聞こえる。

 数秒後、俺は無意識に自分が何を言ったのか思い出して、叫び出しそうになった。


「……高橋。体育委員のジンクスを知ってて、愛海を体育委員に誘ったの?」


 さっきのはナシで!! と叫びそうになった俺に対して、白崎さんがぽつりと、その場の空気を変えてくれる質問を投げてきた。

 俺はその救いの船にしがみつく。


「いや、知らないけど……何かあるのか、体育委員って?」

 

 体育委員のジンクス?

 俺はそれを知らない。愛海のほうを見る。

 愛海も「知らないよ」と首を横にふった。


「ふたりとも知らないんだ……」

 白崎さんはため息をつく。


「とりあえず帰ろう、駅まで同じでしょ、みんな」


 ※※※


 そして俺は愛海と白崎さんの二人と一緒に下校する。

 愛海と白崎さんはクラスTのデザインが楽しみだとか、さっき見た映画の感想と分析を語り、俺はそれを聞いているというていで後ろからついていく。

 

 俺は愛海と仲よさげに談笑する白崎さんの後ろ姿を見る。


 結局、彼女がどんな目的で俺を呼び出して、何がしたかったのかは不明だった。

 しかし、愛海と楽しそうに喋る彼女は悪い人間ではなさそうだ。


「私、バスだから」


 駅前まで来ると、白崎さんはバス停を指差す。

 俺は電車なので、もう少し奥にあるJR東海道線の改札へと向かわねばならない。


「じゃあまた明日ね、澪」


「また明日ね、愛海。ついでに高橋」

 ついでかよ。


 バスに乗り込む白崎さんを愛海と一緒に見送り、俺は愛海と駅に向かって歩き出す。

 白崎さんがいなくなり、俺は愛海と隣を歩くが、先週の休日、駅前を歩いた距離感より、どこかぎこちなく感じた。

 たぶんそれは、俺が愛海の存在を意識し過ぎているからかもしれない。


「……晴人は電車だよね」


 愛海が正面を見たまま、質問してくる。


「うん。……そっちは、電車なのか?」


 同じ方向だったらいいな、と思うのと同時に、気づく。

 そういえば今、どこに住んでいるか知らないな。


「あたしは、徒歩なんだ」


「徒歩なのか、いいな」

 

 腐っても静岡の県庁所在地だ。

 駅前で徒歩圏内とはなかなかいい場所に住んでいるなと思う。昔は隣同士の家だったのに出世したものだ。


「ふふ、そのうちに遊びに来なよ」


 無邪気に愛海が言う。

 ここらへんは小学生のときのノリだな、と思う。なぜなら俺のようなぱっとしない男子高校生が、そう簡単に女子の家に遊びに行けるわけないことを、愛海は忘れているようだ。


「それからさ……」


 愛海が立ち止まる。

 少し照れくさそうに頬をかき、ぽつりと呟く。

 

「……今日、電話してもいい?」


「え、な、なんで?」


「だって澪と二人で映画見ようとしたし……罰だよ、罰」


 それって罰なのか? わからない。どういうことだ?

 混乱したままの俺は、「……だめかな?」と聞かれてノーと言えるはずもないので「いいけど、べつに」と返事をする。

 すると愛海は「やった!」と言って、小走りに去っていく。


「じゃあまた後でね! ()()くん!」


 へへへ、と小学生男子みたいな笑顔を浮かべて、べーと舌を突き出して、愛海は走り去っていく。

 俺は小さくなっていく愛海の背中を見つめたまま、呆然と立ち尽くすのだった。


今週は後2話ほど更新する予定です!

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