第1話 商業都市ルガンナ
商都ルガンナ。主要な街道が交差する交易の要衝として栄えるこの街は、帝国屈指の大都市であるとともに、どこの領邦にも属さない皇帝直轄であることでも有名だ。長大な城壁に囲まれた、南北に細長い市街地は、とても一日では回りきれないほどの広大さを誇っているという。
そして商都としての機能を果たすべく、市街一面に商店や中継ぎ、卸問屋に荷馬車業者が軒を連ね、行商人相手の宿屋も数知れないと聞く。
盗賊のキャンプを出てからちょうど十日後の昼過ぎに、この街の東大門に到着した僕たちは、大勢の行商人で混雑するなか、城門の外側に張り出した甕城での手続きの後、無事に市街へ入ることができた。さすがに『死神』の捕縛手配が公告されていれば、入城は認められなかっただろうが、どうやらそのようなもの自体がまだ出されてはいないようで、海兵隊の格好をしているにもかかわらず、誰も気にする様子がない。
考えてみれば、それは至極当然の話だ。帝国全土に向けた捕縛手配は皇帝の名のもとに公告されるが、それには領邦の領主名による公告申請手続きが必要となる。つまり、公告が発出されるまでには、かなりの時間を要するわけだ。そのうえ、申請内容は厳しく審査されるらしく、場合によっては申請から発出まで一年以上かかることも珍しくないらしい。
まあこの話は、僕らの逃避行の経緯を知ったモルノンから教えてもらって初めて分かったことだ。それを聞いて、緊張が張り詰めていた今までの旅路が馬鹿らしくなってくる。無知は罪なりとはよく言ったものだ。まあ僕は、自分の無知は自覚しているから、罪とまでは言えないだろうが。
それにしても、モルノンという女性は博識だった。帝国や領邦の最新情報や公的機関の事務手続きに加え、刑法をはじめとした各種法典についてもよく知っている。驚く僕やカリーニャに、「盗賊の奴らは官憲の裏をかくために、その手の情報を仕入れていたからね」と言って、照れたような表情をしていた。性奴としての役目を求められる時間以外は何をしてもよかったようで、退屈しのぎに首領部屋の資料を読み漁っていたらしい。
僕も見習うべきなんだろうな。そう思いながら、たぶんこの先も勉強することはないだろうと、一人苦笑する。
城門を潜ってから近くの番所を訪れ、出てきた巡邏官に乗合馬車の乗客名簿を渡し、盗賊団を殲滅したと報告するが、そんなことが出来るわけがないと全く相手にされなかった。
モルノンとカリーニャも抗弁するが、場違いなドレスを着た女と妙な風体の奴隷が言う言葉など、巡邏官は聞こうともしない。頭に巻いた血の滲む布の下に現れた、瞼の塞がる両目から赤い血の跡を伸ばす幼女を見たときだけは、一瞬言葉に詰まったようだったが、「まあ、次の巡邏の時に確認しておくから」とだけ言って、巡邏官は僕たちを番所から追い出した。
「ちょっと、お巡りさん! 本当に乗合馬車が襲われたんですって!! そしてこの子以外、全員殺されたんだ! そして、その盗賊は僕がやっつけた。僕一人でそんなことは出来ないって言うけど、僕の姿に何か気付きませんか?」
「ああ、あの『雷閃の死神』だろ? 全く、少し名が売れると、みんなこぞって同じような格好をしやがる。『大剣士ニューマス』然り、『魔道士ゾルデン』然り。ほれ見てみろ。あそこにも、アンタと同じ『死神』がいやがるぜ。ホントにそっくりで、俺はもうションベンちびりそうだ」
確かに彼が指した方向には、砂色の妙な服を身に纏う男が丸い釜を頭に被り、くねくねと曲がった木の杖を担いで歩く姿があった。
どうやら大都会には、『死神』の格好を真似するバカな奴がいるようだ。なんと平和な時代なんだろう。しかし、その男の姿はどう見ても海兵隊員の格好ではなく、ただの珍奇な道化者でしかなかった。
いや、そもそも『死神』が海兵隊だとは限らない。それはソニアが勝手に思い込んでいるだけのこと。むしろ、あの間抜けそうな真似者が正しいのかもしれない。
「あんた、どこの田舎もんか知らんがな、『雷閃の死神』は、あいつみたいに砂色の服を着てるって話だ。あんたみたいな赤黒く汚れた服じゃあ、到底似てるとは言えねえな。もう少し、勉強した方がいいんじゃねえか? まあとにかく、この名簿は預かっておくから、それで十分だろ? 分かったらもう行きな。二度と来るんじゃねえぞ」
浴びた返り血に汚れた僕を嘲るようにそう言うと、巡邏官は番所に引っ込んだ。
官憲の不誠実な対応に腹を立てながらも、これ以上はどうしようもない僕らは、次の巡回の時に見ておくという言葉を信じるほかになかった。
僕たちはぶつくさ文句を言いながらも、この場にずっと留まるわけにもいかないので、気持ちを切り替え、街の中心部に向かって進むことにした。
石造りの大きな建物が居並ぶ街並み。乾く土が踏み固められた、舗装されていない通りが四方に伸びている。今まであまり目にしたことのない大都会の光景は、僕の心を鷲掴みにする。
大きな辻をいくつか過ぎたところで、ふいに後ろを歩くモルノンから声が掛かった。
「悪いけど、アンタ達とはここでお別れだよ」
「え、モルノン、どういうことなの? 一緒にこのまま旅をしないの?」
「いや、そもそもそんな話はしていないじゃないか。いやさ、アタイの知り合いがこの街にいるんだ。そいつ、結構頼りになる男でさ、この子との今後の生活の相談をしようと思うんだ」
「それじゃ、そこまで送るよ」
しかしモルノンは、知り合いは人見知りで、見知らぬ人物が尋ねると絶対扉を開かないから、と、僕の申し出を断った。
「モルノンさん。二度と死ぬなんて考えないでくれよ」
「大丈夫だって、兄ちゃん。ホント、親切にしてくれてありがとうな、二人とも。アタイらも二人仲良く生きていくからさ、アンタらも元気で旅を続けるんだよ」
「クリムちゃんも元気でね。モルノンに可愛がって貰うんだよ」
カリーニャがクリムにそう話しかけるが、幼女の小さな手はカリーニャの袖を手探りで掴んで放そうとしない。
「あれま。この子はアンタと別れたくないみたいだね。そりゃそうだね、一緒に捕まっていた仲間なんだもんね。でも、クリムちゃん。この人達には自分たちの目的があるんだよ。それの邪魔をしちゃいけない。おばちゃんだって、二人と別れるのは辛いさ。でもね、この前おばちゃんとしたお約束、覚えてるだろ。よく思い出してみな」
モルノンが優しく語りかける言葉を耳にした途端、クリムはその手を放し、モルノンに向けて手を伸ばす。そしてモルノンはその手を優しく掴んでやった。
「すごいね、モルノンって。小さな子の相手が得意なんだ。でも“おばちゃん”ってなんだか似合わないなー」
「うちの娘も、この子くらいの歳だったからさ、気持ちがよく分かるんだよ。それとアタイ、もうすぐ三十路を迎えるし、おばちゃんに間違いないよ」
「ううん、すっごく若く見えるよ、スタイルもいいしさー」
「エルフに言われると、なんだか複雑な気分だね」
短い別れの挨拶のあと、モルノンはクリムの手を引いて、南に向かう路地を去って行った。知らない者が見たら、本当の親子に見えることだろう。いつしか、それ以上の関係になってくれればいいのだが。
そして僕たちは、再び二人と精霊だけのパーティーとなった。




