第16話 盗賊キャンプを後にして
さて、残るは盗賊達の遺体、もといゴミをどう処理するかだ。このまま放置して、野生動物の糞の素にしてやるのもいいが、後日に首実検が行われる可能性もあるので、とりあえず保管することにした。
散らばる野獣の死骸を、カリーニャ達が閉じ込められていた貨物馬車に放り込んでいく。女性達は僕を手伝おうとしたが、カリーニャは疲れているだろうし、モルノンのドレスが汚れても申し訳ないので断った。僕の戦闘服は、首を刎ねた小太り男の返り血で既に血まみれなのだから、今更汚れは気にならない。
とは言うものの、森の踏破や戦闘の疲れが祟ってか、思ったよりも時間がかかり、全てのゴミを片付け終わった頃には昼前になっていた。
残り少ないザンギの塩干し肉や保存食で軽く昼食をとる。モルノンは、盗賊の食料庫にある新鮮な食材を使って料理でもしようか、と言ってくれたが、盗賊の食料など食べたくもないので断った。奴らの持ち物は全て弱い者から奪い取ったものなのだ。それを口にするということは、ある意味僕たちも奴らに荷担したことになる。それだけは、絶対にしたくない。
静かな食事の後、水と土をかけて焚き火の始末をし、繋がれていた馬や鶏小屋の鶏達を解放してやった。彼らはその場を離れようとしなかったが、いずれ生きていくために、方々へ散って行くことだろう。
そしてようやく、僕たちはキャンプを発つことにした。盗賊の馬車を拝借し、女性達とブリダヌスを乗せて行く手もあったが、食料と同様に盗賊のものは使いたくない。それに、当局に盗賊殲滅の報告をした際、あらぬ誤解を受けても困る。だから、引き続きロバの荷車だけで移動することにした。
「当局への報告をしなければ」とソニアに言うと、彼女は渋い顔をしたが、今まで退治してきた盗賊団や山賊とは違い、実際に被害者がいる中での殲滅なので、経緯を報告しないわけにもいかない。
もちろんそれは、カスの御曹司による捕縛手配公告が出されていないことが条件だが、報告とともに乗合馬車の名簿を提出すれば、遺族への連絡も速やかに行われるだろう。そう意見すると、「仕方ないわね」とソニアの同意を得ることができた。
降り注ぐ陽光に別れを告げ、再び森底の暗闇に戻って街道に出る。しかし暫く西へ向かうと、徐々に木々の間隔が開き、適度に日が射す様になってきた。
「え、アンタ、エルフなのかい? 奴隷の男の子じゃなくて?」
「そう、わたしエルフだよ。そして宿屋のお嬢さんなのです!」
「アタイ、てっきり本物の商品奴隷と思っていたよ、変声期前の男の子の。首にも鑑札がついているからさ」
「えへへ、これ偽物なんだ。すごいでしょ。耳も見てよ、黒く塗って髪に隠してるけど、ほら、ヒトの耳とは違うでしょ」
「こりゃびっくりだ。本当にエルフじゃないか! アタイ初めて見るよ!!」
カリーニャがエルフであることを知って、モルノンは大層驚いていた。その細い目が大きく見開かれていることからも、衝撃は大きいようだ。そりゃあ、驚くよな。エルフなんて、一生目にしない人だって多いんだから。
「ホント、運が良かったね、アンタ。あの盗賊連中は、アンタのことを男の子の商品奴隷だと思って、高値で売りさばけると踏んでたんだろうね。だからアンタを倉庫にぶち込んでいたんだろうよ。でも、エルフだってバレてたら、とっくに奴らに犯されていたはずさ。結局このお兄さんが助けに来てくれたんだろうけどさ、もしそうなってたら、そんなに楽しそうに笑っていられないところだよ、アンタ」
「え、そうなの? あっぶなー。まだ生理も迎えてないのに、初体験がそんなことになってたら、耐えられないよー」
「助かって良かったわね。まあ、助かったのはアタイも同じだけどさ」
「なんで? モルノンさんは関係ないでしょ?」
「いいや、関係大ありだよ。あの首領はアンタのことをすぐに手下から奪って、専属の性奴にしたはずさ。奴がそう決めた途端、アタイは用済みって事で、すぐに首を刎ねられていただろうよ。お兄さんが来た頃には、あの男に手込めにされるアンタの横に、アタイの首が転がっていたかもね。まあ、それはそれで良かったのかも知れないけどさ」
荷車の横を歩く僕の少し前を、ロバと並び進みながら楽しげにモルノンと話している、明るい表情のカリーニャ。会話の内容は、極めて不穏なものではあるが、ゲルタッシュを発ってから初めて見せるその笑顔に、僕の心は癒やされた。
もしも、このトラブルに巻き込まれなかったとしたら、カリーニャは未だに僕に心を開いていなかったと思う。不幸中の幸いとは、実にこのことを言うのだろう。
「で、モルノンさん。本当にクリムを連れて行く気かい」
「ああ、何かまずいことでもあるのかい?」
「いや、まずくは無いけど、知らない子供を引き取るなんて、大変じゃないかって」
僕は、荷車の上で指をくわえて眠るクリムに目を向けながら、前を行くモルノンに尋ねた。
「そりゃあ大変だろうさ。この子はこれから一生両目が見えないうえに、心に負った傷に苦しんで生きていかなきゃならない。世話をするのは並大抵のことじゃないと思っているさ。でもさ、親を失ったこの子が、娘を失ったアタイと出会ったなんて、何か因縁めいたものを感じると思わないかい?」
「そうだよねー。絶対一緒になる方がいいと思うよ、わたしも。クリムちゃんもそう思っているはずだよ」
「あの子のことは、アタイが絶対守ってやる。お兄さんに殺してくれって頼んだときは、本当に死にたかった。あの世で待ってる娘と夫に早く会いたい。ただその思いだけに囚われていたのさ。でも、あの子に会った時、この子を守ってやらないといけないって気持ちが、急に湧いてきたんだ。これは決して死んだ家族を蔑ろにしているわけじゃない。むしろ夫と娘に、そうしろと背中を押されたように感じるんだよ」
「え、ノエルにそんなこと頼んだの? 殺してくれって。そんなのノエルがするわけないよー、人を殺すなんて」
「あれだけ殺したのに?」
「悪人は、いくら殺してもいいんですぅー」
「アンタ、結構物騒なこと言う娘なのね」
「だってしょうがないじゃない、エルフなんだもの」
「よくわかんない娘ね、アンタって」
会話はいつの間にか彼女たちだけのものになっていた。カリーニャと楽しそうに話すモルノンの表情にも、心なしか笑顔が戻ってきたようだ。そしてカリーニャも、女同士の会話を楽しそうに興じている。
この子にも、心の傷が癒えて、人と楽しく会話ができる時が訪れるのだろうか。そう思いながら、揺れる車上で眠るクリムの頭をそっとなでてやった。
あと十日もすれば、次の目的地であるルガンナに到着できるはずだ。森の闇を抜けた今では、もう無法者達に襲われることもないだろうが、用心するに越したことはない。
そう思いながら、後ろを歩くソニアに向かって話しかけるが、『今はあまり話したくない』と、なぜか素っ気ない答えが返ってくるだけだった。




