第61話 濃厚ヴェーゼ
記憶に残したくない熱烈な歓迎の後――
俺達が案内されたのは工房奥に設けられた大部屋だった。
室長である工藤さんの執務室と工房も兼ねているのだろう。
黒檀の大机には溢れんばかりの未採決書類の山。
作業台に雑多に転がるのは魔導工芸品や魔化された武具の数々。
描かれた魔導回路の精緻さ。
武具に込められた魔力を見て感じるまでもない。
そのどれもが実戦的でありながらも芸術的で、まさに一流の品々。
さすがは最前線のダンジョンで室長を務めているだけある。
詳しい【職業】は聞かなかったが、かなりの腕前の持ち主だ。
新しく設けられた作業台スペースを鑑みるに、間違いなくレイカさんもここで働き始めているようだ。
物珍し気に周囲を窺う俺達を余所に、工藤さんをお尻をふりふり前へ進む。
そして厳重に保管された金庫を開錠すると、三つのケースを取り出した。
強化ガラスで覆われたケース。
その中には鈍い色を放つ滑らかな金属製の珠が収められていた。
パッと見はボーリング玉より大きめなくらいだろうか。
時折、稲妻の様な光を燈すのが不気味と言えば不気味だ。
怪訝そうな俺達の視線を受けながらにこやかに告げる工藤さん。
「はい、お待ちかね――
これが勇者ちゃん達に授与される最新式の防具よん♪」
上機嫌で謎の金属球を俺達に渡してくる。
重さはそんなに重くない。
いや、比重にすれば30㎏くらいはあるだろう。
しかし常人の倍以上のステータスを持つ俺達だ。
そんなに重く感じるほどじゃない。
だが――これのどこが防具なのか?
困り果てた俺達はレイカさんを見つめる。
魔女は口元に意地悪な笑みを浮かべると目を細めた。
「効果を見たいのでしょう?
じゃあ【着装】って言ってみてくれる?」
「「「【着装】」」」
三人が言葉を発した直後、輝きを上げる金属球。
次の瞬間――それは瞬く間に溶融すると俺達の全身を覆っていく。
そう……まるで鎧の様に。
一秒後、俺達は変容した金属球を全身に纏っていた。
身体のラインに沿って指先から足先まで満遍なく覆われており、頭も首元から耳元ギリギリまでカバーするような感じだ。
でも重さや動きの阻害を感じる事もない軽快さ。
否、これを纏う事で更なる能力の向上すら感じる。
疑問に思った俺はさっそく工藤さんに訊いてみる事にした。
「工藤さん、これって……」
「――驚いた?
かねてよりレイカちゃんと共同開発してきた精神感応魔導金属製の防具よん。
付与された流動金属をベースに着用者の身体を瞬時に守る盾であり鎧。
硬化と柔軟性、そして各種耐性を持たせた逸品よ。
現在付与し得る機能向上エンチャントも同様に持たせたしね。
そうね、分かりやすく実証してみましょうか」
説明を終えるとタキシードの胸元に手を入れる工藤さん。
再び出てきたその手にはごっつい拳銃が握られていた。
手慣れた様子で安全装置を外し弾倉を確認後、淀みなく狙いをつける。
彼の前に立つ俺の心臓へ。
穏やかな貌は修羅のごとく変容し、野獣の様な殺気を迸らせている。
「ショウ!」
「ショウちゃん!?」
いきなりの凶行に悲鳴を上げ警告する二人。
俺は左目を抑えていた手をゆっくり下ろすと、安心させる様に微笑む。
「大丈夫だ、二人とも。
この先は既に【読んだ】から――」
俺だけにしか意味が分からない説得に当惑する二人。
しかし再度警告のメッセージを発する暇はなかった。
甲高い炸裂音と共に躊躇なく銃弾が放たれたからだ。
「――――っ!!」
口元を抑え悲鳴を押し殺すミズキとコノハ。
反対に俺は驚愕を抑え込めず声を発していた。
「凄いな、これ……
痛みどころかまったくショックも感じないなんて」
そう、銃弾は胸元の金属鎧で堰き止められていた。
弾くのでも滑らすのでもない。
いかなる構造なのかは知らないが――銃弾に秘められた慣性が金属に触れた瞬間、急激に減少したのだ。
俺の見ている前で銃弾は完全に停止すると自分の役目を忘れた様に下へ落ちた。
摘まみ上げてみても弾頭が潰れている訳じゃない。
ただ運動量を失ったので落下しました、かのようだ。
驚く俺の姿に工藤さんは満足そうに拳銃をしまい込む。
「あたしの殺気にまったく動じる事がないなんて……
さすがはアオバダンジョンを攻略した子ね。
レイカちゃんが目をつける訳だわ」
「光栄です、工藤室長。
彼は眼鏡にかないそうかしら?」
「充分よ。
この精神感応魔導金属鎧【漣】の実証訓練も出来たしね♪」
実証訓練を俺でするなよ、と激しく突っ込みたい。
だがそんなことをすればもっと悲惨な目に遭うので止めておく。
それに俺は若干のズルをしたのだ。
この瞳に宿った力で。
だからある程度行動を傍観できた部分もある。
「いかがしらん、この鎧の力は?
物理攻撃の98%をカットするだけじゃなく魔法攻撃も半減させるわ。
貴方達の探索業の大きな力となるんじゃないかしら?」
「工藤さん……」
「あらん。
アーちゃんでいいのに」
「それはちょっと。
っていうかこれ――本当にいいんですか?
値段にしたら物凄いんじゃ――」
「大丈夫よん、まだ販売前の試作品だし。
そうね、価格を付けるとすれば……一着七億円くらいかしらねェ」
「な……七億う?」
ちなみに俺達が今回のダンジョン討伐で貰った報奨金は諸々抜いて一億円。
その全額を以ても到底支払い切れない額だ。
返品すべきか迷う俺達に対し、工藤さんは首を振り拒絶する。
「良いのよ、貴方達。
アタシ達不甲斐ない大人の不始末。
それを貴方達若い世代に押し付けてしまってるのが現在なの。
だからこれは頑張った貴方達に対する特別ボーナス。
黙って受領してちょうだいな。
あっ、売ったりしたら駄目よ?
どーしてもお金に困ったなら話は別だけど……それ以外なら」
「それ以外なら?」
「アタシが満足するまでキスするわ。
あつ~~~い濃厚なやつを、ね」
「――絶対売りません。
ええ、大事に使わせて頂きます!」
俺に向け投げキスをする工藤さんの弾道から必死に逃げる。
先程と違い、この精神感応魔導金属鎧でも精神汚染は免れないからだ。
俺達はどうやら伝説級の呪い装備を手に入れてしまったらしい(苦笑)




