スタンピード
――パワーレベリング九日目、夕刻。迷宮入口野営地(サラトガ丘陵中腹)
――カンカン、カン、カンカン、カン
丘陵頂上の観測台の警鐘が鳴り響いた。待機していた冒険者達が不安気な様子で集まり始める。
「あれは狼煙でしょうか?」
プリシラがオルスク大森林を見ながら、隣りのアシュレイに聞く。
「ああ、間違いない。ネイサン達が調査に向かった方向だ。奴が狼煙を上げているんだろう。スタンピード発生の合図だ」
「そんなっ、あと半年くらいの猶予はあるかと」
「大森林は広い。前回は俺達とニールのパーティしか調査してなかったからな。だからこそ補足調査に行ってもらったんだが……」
「修一とアメリア様を呼び戻しますか?」
「下層まで行く時間がねえ。お嬢には、火魔法を設置してもらわなきゃならんしな。おい、お前ら、街へ急ぐぞ」
アシュレイは周りの冒険者達に声をかけて、一同は街へと向かう。
****
警鐘が伝わって街は騒然となった。サラトガ街の外周は、木杭を尖らせた防柵で囲ってある。まだ若い街なので街区の拡張を優先して、強固な外壁建設には至っていない。ただ倉庫街区の倉庫は堅牢な造りなので、戦えない者達は倉庫を目指して避難を始めた。
今回、中級以上の魔法士で戦闘職はプリシラとマノラだけだ。街には数人の中級魔法士がいるが、冒険者を引退して治療師や職人となっているので前線には出ないで後方支援をしている。
オルスク大森林に面した東門、街道に面した西門、丘陵に面した南門、そして北に小門、計四つの門あるが、どれも木製で、スタンピードにどこまで耐えられるか分からない。プリシラが、門や防柵の薄い箇所近くにファイアヴォルテックスを設置して攻勢の防御体制を築いていく。東門と西門の側に物見櫓があり、マノラは東門の物見櫓に陣取る。プリシラの火魔法は東門前だけには設置せず、あえて東門を開けて、魔物の侵入経路を一つに絞る作戦だ。
――パワーレベリング十日目、早朝。サラトガ迷宮街東門
空がほのかに明るくなってきた。夜の間に、魔物の群れが散発的に襲ってきた。時間が経つにつれ襲来する間隔が短くなり、さらには一度に襲来する群れの数も増えた。それでもこの時間までは冒険者達は交代で休憩を取る余裕があった。だが――
――カンカンカンカンカンカン
警鐘が狂ったように打ち鳴らされた。
「デカイ波が来る、怖気づいて足を止めたら呑み込まれるぞっ。声を出せ。うらあぁ」
「うらああ」
「おおぉう」
アシュレイが冒険者達を叱咤して大声を上げる。冒険者達も合わせて鬨の声を上げた。
やがて森林から地響きが聞こえてくる。森から真っ先に飛び出したのはファングウルフとグレイボア。その大群が街に殺到する。
暴走状態の魔物達は、プリシラが東門の周りに設置していたファイアヴォルテックスに、避けずに突っ込んで燃え上がった。だが、まだ数十体の魔物が門に向かって駆けていく。
一番乗りで東門に侵入したのは十体ほどのファングウルフ。その群れが東門を通過した時に、その脚元が青白く光った。すると狼達の動きが急に遅くなる。マノラが物見櫓から門に向けて放った範囲魔法、上級風魔法エリアスロウ、その劣化版だ。
エリアスロウは発動すると直径五メートルほどの魔法陣が発現し、これに足を踏み入れると行動阻害魔法スロウがかる。ただしレベル四十のマノラが、上級魔法士が発動できる魔法陣を無理して発動している。だから魔法陣自体は数秒で消えてしまう。魔法詠唱のタイミングが難しい。
脚が遅くなった狼の群れは門を通過して街中に入ったが、そこで待ち構えていた冒険者達が襲いかかる。狼系魔物は素速いが耐久力はない。スロウさえかかっていれば、中級冒険者の餌食だった。
「いいぞマノラ、次も頼む」
アシュレイが声をかける。彼が門の内側で冒険者の一団を指揮している。ニールのパーティとプリシラは街の外側で遊軍として動いている。
マノラの的確な発動タイミングで、行動阻害魔法のかかった狼と猪型魔物が次々と始末されていき、森から先陣した群れは全滅した。
続けて森からはゴブリン、オーク等の人型魔物、昆虫型魔物が現れる。昆虫型魔物の殆どは打たれ弱いので、弓や初級魔法で距離を取って安全に倒せる。だが数が多く、そして短時間だが、飛ぶ。
「ソードマンティスだ!」
冒険者達が大声で叫ぶ。人間大のカマキリの群れが、飛び上がって、防柵を超えた。
――ボオオオゥ
空中で五体が燃え上がった。街外にいるはずのプリシラが街中から火炎放射魔法を放っていた。上級魔法士は身体能力もずば抜けている。マンティスの群れが侵入したのを見て、プリシラはその脚力だけで、防柵を跳び越えて街に入っていた。
「お嬢、ギルマスに言われた通り、街中でも構わず火魔法を使えよ。避難は完了してる。消火魔法は後でいい、マンティスが優先だ」
アシュレイが東門から声をかける。
「分かりました」
プリシラは応えるとすぐに次の群れに向かった。
ソードマンティスは脚は速くないし打たれ弱い。だが、鎌の速度だけは、中級冒険者の反射神経を上回る。剣で戦う戦士職の天敵だ。建物が焼失する危険を冒しても、魔法や弓で速やかに殲滅しなければ、街中の中級冒険者が危ない。既に百体以上が街中に侵入している。
プリシラは魔法杖をマジックバッグにしまう。杖による威力増幅効果がなくても、プリシラなら初級火魔法だけでマンティスを倒せることが分かった。代わりに木製の槍を取り出した。金属製の穂先はついていない。端を削って鋭利にしているだけの素朴な木製槍。金属の穂先に比べれば威力は劣るが、これならマナ錬成に干渉しない。昨夕、スタンピード対策のために用意してもらった。
この素朴な木製槍を上級魔法使いのプリシラが使うとどうなるか?
マンティスの群れが降り立った。プリシラの三歩右手に二体、十歩正面に五体。
――ボオゥ
直近の二体は無視して、火炎放射を十歩先の五体に浴びせる。五体が燃え上がるなか、右手の二体が間を詰めてきた。マンティスの一体が鎌の攻撃範囲に入る。その瞬間――
――ボシュ
槍がマンティスの腹に突き刺さる。鎌を振るう隙など与えない。プリシラは絶命したマンティスの懐に入りながら槍を抜くと、二体目に向かって「エイッ」と可愛い叫びを上げて、死骸を蹴飛ばした。
死骸をぶつけられて体勢を崩した二体目に対して、今度は死骸とともに二体まとめて串刺しをする。プリシラは刺さったままの槍を手放すと、鞄から二本目の槍を取り出した。使い潰すつもりで、できるだけの数を用意してもらった木製槍。残りは十本。
たかが二体程度にマナの消費はもったいない。上級魔法使いの反射神経と膂力だけで始末をつけたプリシラは、次の群れへと向かった。
****
夜明けから始まったスタンピードの大波は、僅かな波の途切れを挟みつつ半日も続き、やっと多少は息をつけるようになったのは、日が中天に登る頃だった。皆の意識が緩んだ時――
「一角熊!」
冒険者が叫ぶ。高レベル魔物だ。古代竜の咆哮が高レベルの魔物を選択的に呼び寄せるので、今回のスタンピードには混ざっていなかった。だが、ここにきて、他の低レベル魔物の群れに混じって数体が森から現れた。冒険者達が気付いた時には一角熊は門前に迫っていた。
「グガァルルォ」
大きく吠えると前脚を地面に叩きつけた。凄まじい揺れが起る。一角熊の固有魔法クエイク。マノラのスロウが既にかかっているが、一角熊の魔法の発動は阻止できなかった。揺れの効果範囲は十メートルほど。その範囲には東門と物見櫓が含まれている。櫓が大きく傾いた。
「櫓が倒れるぞっ」
「あたしは大丈夫だから先に降りてっ」
物見櫓にいるマノラが、櫓に一緒にいた冒険者を先に避難をさせる。残ったマノラが、倒れつつある櫓から飛び出す。
「エアステップ」
中級風魔法。数歩程度だが空中に足場があるかのごとく歩を進めることができる。マノラは、トテトテテ、と短い足で空中を駆けると、最寄りの建物の屋上に見事着地した。
櫓に一同が注目している隙に、飛行魔物の群れが襲来していた。ハーピーが六体、東門を超える。その一体が油断しているマノラの背後から、後ろ脚でマノラを掴んで舞い上がる。
「むぎゃあぁ」
マノラは悲鳴を上げながらジタバタと短い手足でもがいて抵抗していると――
――ボシュゥ
石弾がハーピーの頭を穿った。脚爪の力が抜けて開放されたマノラが落下していく。
「マノラッ」
修一が落下予想地点で手を広げて受け止めようとしている。
マノラの身体が修一まであと数メートまで迫った時、びゅうと音がしてマノラの落下速度が急に弱まった。突風魔法ガストを自身にかけたマノラは、修一の目の前にズチャリと無事着地した。
「射撃ありがとね」
「お、おう。無事で良かった」
修一はそう言ってから自分が手を広げた格好のままだと気付いて、慌てて手を引っ込めた。
ハーピーの群れは既に修一が掃討している。数体の高レベル魔物は、アメリアが鎧袖一触。櫓を倒した一角熊は、スロウがかかっているので、クエイクの魔法発動直後にアシュレイ達に寄ってたかって袋叩きにされた。
こうして、サラトガ丘陵に街ができて初めてのスタンピードが収束したのだった。




