新機能解放【職業】!
8
グレーターウルフが倒れたあと、俺とジョーはしばらく動けなかった。
身体中が痛い。息をするだけで脇腹に響くし、血を流しすぎたのか頭もぼんやりしている。
それでも、木の下で夜を迎えるわけにはいかない。
逃げたオオカミが戻ってくるかもしれないからな。
「ジョー……登れるか?」
「ウ、キィ……」
ジョーは力なく返事をすると、枝に手をかけた。
先に登らせ、そのあとを俺も追う。斧とナイフまで持っていく余裕はなく、グレーターウルフの死体と一緒に木の下へ置いてきた。
枝を一つ登るたび、腕の傷が開く。何度か落ちそうになり、そのたびにジョーかパンに引っ張り上げてもらった。
どうにか木の洞へ転がり込んだところまでは覚えている。
そこで緊張が切れた。
◇
「……ん」
目を開けると、アブーの顔がすぐ目の前にあった。
「ウキュ?」
「近いな……」
俺が声を出すと、アブーは目を丸くした。
次の瞬間、両手を叩いて飛び跳ねる。
「ウキュッ! ウキュッ!」
「お、おう。心配かけたな」
起き上がろうとした俺の腹に、アブーが勢いよく飛び乗った。
「ぐえっ!」
「ウキュッ!」
無事に起きたのがよほど嬉しいらしい。そのまま俺の上で何度も跳ね始める。
「痛い! 痛たたた! おい、やめろアブー! 怪我人はもっといたわれ!」
「ウキュ?」
「首を傾げても駄目だ。降りろ。今すぐ」
アブーを脇に下ろし、乱れた息を整える。
危うく目覚めて早々、もう一度気絶するところだったぜ。
洞の中を見渡すと、パンが水の入った器を抱えて戻ってきたところだった。片脚を引きずっている。昨日、オオカミに噛まれた傷がまだ痛むらしい。
その奥では、ジョーが幹にもたれながら木の実をかじっていた。
全身傷だらけで、毛には乾いた血がこびりついている。木の実を持つ手にも力がなく、身体を動かすたびに顔をしかめていた。
無事ではない。
それでも、ちゃんと生きている。
「よかった。ジョーも無事だったんだな」
「ウキッ」
「ああ、お疲れ。お前もなかなかしぶといやつだな」
「キキッ」
ジョーが口の端を上げる。
お前もな、とでも言いたそうな顔だった。
パンから器を受け取り、水を少しずつ飲む。冷たい水が乾いた喉を通っていく。
俺の身体についていた血も、ある程度は拭き取られていた。眠っている間にパンがやってくれたんだろう。
「ありがとう、パン」
「ウキィ」
洞の外からは、朝の光が差し込んでいた。
戦いが終わったのは昨日の夕方だ。一晩近く眠っていたらしい。
両手をつき、ゆっくりと上半身を起こす。
「いっ……」
身体中が痛い。傷も塞がってはいない。
それでも、思っていたより簡単に身体を起こせた。腕にも脚にも、昨日までとは違う力が入る。
今ならグレーターウルフだって一撃で――。
「いや、無理だな」
調子に乗りかけたが、脇腹をひねっただけで激痛が走った。
傷が治ったわけではない。ただ、明らかに戦う前より身体が強くなっている。
そういえば、グレーターウルフを倒したあと、レベルが一気に十一まで上がっていたな。
六レベル分の成長か。
どれくらい変わったんだ?
「ステータス」
【名前】相馬直人
【種族】人族
【年齢】21
【職業】未選択
【レベル】11
【生命力】10/31
【魔力】10/10
【筋力】18
【耐久】15
【敏捷】16
【器用】9
【精神】32
【ガチャポイント】460P
【所持ガチャ券】10連ガチャ券×1
「めちゃくちゃ変わってるじゃん……」
最大生命力は三十一。魔力も十まで増えている。
現在の生命力は十しかないので、力が入るからといって動き回るのは危なそうだ。
だが、それより気になる項目がある。
【職業】未選択
文字が、早く選べとばかりに点滅していた。
ちょっと前まで入社三年目のぴちぴち若手会社員だったんだが。異世界に来てから一週間も経たずに無職へ逆戻りである。
点滅している【職業】に触れてみる。
すると、その下に五つの名前が並んだ。
【戦士】
【魔法使い】
【野伏】
【魔法戦士】
【守護者】
「これが選べる職業の一覧か?」
まずは【戦士】。
斧やナイフを使って魔物と戦ってきたんだから、これは分かる。むしろ候補に出なかったら、俺の戦い方は何だったんだという話になる。
次は【魔法使い】。
俺は三十歳童貞ではない。いや、童貞ではあるけど、まだ二十一歳だ。そういう理由で出たわけじゃない。
魔法なんて使った覚えはないが、《リプレイ》で魔力を何度も使ったからだろうか。
最近は魔法使いが魔術師より格上、みたいな作品もあるけど、最初から選べる職業なら、さすがにそこまで特別ではないだろう。
その下は【野伏】。
「君、なんて読むの?」
ゲームで見たことはある。森を歩き回ったり、斥候をしたりする職業だったはずだ。水や食料を探して生活していたから、候補に出てきたのかもしれない。
そして【魔法戦士】。
「君は明らかに一次職じゃないよね?」
名前だけなら、戦士と魔法使いを経験してから選べそうな職業だ。
この世界に一次職や上級職なんて区別があるのかは分からない。それでも、最初から選べるなら少し得な感じがする。
出てきた理由は、武器で戦いながら《リプレイ》を使っていたからか?
最後は【守護者】。
「ナイトなの? ナオトならぬナイトなの?」
自分で言っておいてなんだが、しょうもな……。
ジョーたちと一緒に戦ったことで出てきたのかもしれない。ただ、守ったという実感はほとんどない。むしろ何度も助けられている。
以上、五つ。
この中で気になるのは、名前の強そうな【魔法戦士】と【守護者】だ。
【魔法戦士】なら、魔力が伸びそうだ。最大魔力が増えれば、《リプレイ》も今まで以上に使える。
【守護者】は耐久が伸びるんだろうか。昨日みたいな戦いを考えれば打たれ強さも必要だが、攻撃を受け続ける戦い方をしたいわけじゃない。
「うーん……」
どちらも説明を読めない以上、今すぐ選ぶのは怖い。
一度保留にしておこう。
これから回すガチャで、職業に合いそうな武器やスキルが出るかもしれない。それを見てから決めても遅くないはずだ。
職業欄を閉じ、改めて数値を確認する。
基本的には、一レベル上がるごとに一か二くらい伸びているらしい。
ただし、器用は九。
「低くない?」
いや、レベル一のときは四だったから、これでも上がってはいる。
それでも、ほかと比べると明らかに伸びが悪い。
「自分、不器用なんで……って、そんなにか? そんなに不器用か?」
心当たりがないわけではない。
美術の授業で俺が絵を描き始めると、友達が一斉に笑い出したからな。
誰が『画像生成に失敗したAI』だよ。
そして相変わらず、とんでもない伸び方をしているのが精神だ。
【精神】32
なんの数値なんだ、これ。
数値が上がっても、俺の精神性は何も変わっていない。昨日だって何度も叫んだし、逃げたいとも思った。
いつか効果を確かめる方法が見つかるんだろうか。
「まあ、今はいいか」
ステータスの確認は、ひとまず終わり。
残る問題は、木の下に置いたままの斧とナイフ、それにグレーターウルフたちの死体だ。逃げたオオカミが戻ってくる可能性もある。
とはいえ、この身体で今すぐ下りるのは無理だ。
なら、先にやることは一つ。
お待ちかねのガチャタイムである。
ポイントで四回。ガチャ券で十回。
合わせて十四回も引ける。
「先に単発四回で流れを見るか。それとも、いきなり十連から攻めるか……」
なに? どちらから引いても結果は変わらない?
そんなわけがないだろ!
ガチャにはな、流れというものがあるんだ。その流れを読んで、単発から行くか十連から行くかを見極めなくちゃならない。
確率?
最低保証?
関係ないね!
理屈じゃない。ガチャとは、そういうものなのだ。
……まあ、初回の十連では鉄の斧が出たしな。
今回も縁起を担いで、十連から行くか。
単発四回は結果を確認してからだ。全部引くつもりではあるが、順番は大事だからな。
ステータス画面からガチャを開く。
すると、いつも十連を引く場所に見慣れない文字が追加されていた。
【10連ガチャ券を使う】
俺は迷わず、そこへ指を伸ばした。
「引くぜ!」
画面いっぱいに、いつもの竜の顔が現れる。
竜が大きく口を開け、次々とカプセルを吐き出した。
白、白、白、白。
五個目は――銀。
「よし!」
さらに白が二個続き、その次は銅。
残り二個。
白。
そして最後は、銀。
「おおっ! サクッと回したわりに、めちゃくちゃ引きよくないか!?」
銀が二個に銅が一個。
やっぱり十連の流れが来ていたんじゃないか?
結果が順番に表示されていく。
【★1】塩一キロ
【★1】石鹸
【★1】板チョコ
【★1】包帯
【★3】スキル《収納》
【★1】使い捨てライター
【★1】中華包丁
【★2】ポーション
【★1】タオル
【★3】スキル《剛力》
「うおおおお! めちゃくちゃ当たりじゃねえか!」
スキルが二つに、今すぐ使えそうなポーション。それだけでも大当たりなのに、白にも外れらしい外れがない。
塩があれば食事はかなりマシになる。石鹸とタオルで身体も洗えるし、包帯は傷の手当てに使える。
板チョコは貴重な食料。中華包丁も、戦闘ではともかく料理や解体には便利そうだ。
そしてライター。
これがあれば、当分は火起こしで苦労しなくて済む。
レア度は低くても、今の俺にはどれも十分な当たりだった。
「これだけでも嬉しいのに、スキルが二個か……!」
まずは《収納》。
名前だけなら、異世界ものでは定番の便利スキルだ。荷物を別の空間へ入れられるなら、斧や食料を持って歩くのが一気に楽になる。
ただ、これが★3ということは、何でも入る無限収納や、中の時間が止まるような万能能力ではなさそうだ。
どれくらい入るのか。生き物は入れられるのか。重さの制限はあるのか。
試したいことが次々浮かんでくる。
そして、もう一つ。
【スキル《剛力》】
【習得者の筋力を大きく上昇させる】
「分かりやすく強いやつだ……」
斧の一撃が重くなるだけでも助かる。今まで両手で振っていた斧を片手で扱えるようになれば、戦い方そのものが変わる。
逃げたオオカミが戻ってくるかもしれない今、これほど頼りになる能力もない。
すぐに使いたい。
だが、先に確認するべきものがある。
【★2】ポーション
前に出たものには『下級』とついていたが、今回はただのポーションだ。名前だけで決めつけるのは危ないが、少なくとも下級よりは回復してくれそうな気がする。
今は俺もジョーも傷だらけだ。
「ちょうどいいところに出てくれたな」
ポーションを取り出し、顔を上げる。
ジョーは木の実を持ったまま、幹に身体を預けていた。さっきまでかじっていたはずの木の実が、手から転がり落ちている。
呼吸も浅い。
パンがジョーの身体に寄り添い、傷口を何度も確かめている。その周りをアブーが落ち着かない様子で歩き回っていた。
「ジョー、大丈夫か?」
「ウキッ……」
「あまり大丈夫そうには見えないぞ」
ジョーがこのまま動けなければ、食料を取りに行ける者がいなくなる。
パンも脚を負傷している。木の実を集められなければ、困るのは二匹だけじゃない。
アブーまで腹を空かせることになる。
俺だって、生命力は十しかない。
それでも、一人で動くことくらいはできる。
「よし。ジョー、これを使え」
ポーションの瓶を差し出す。
「ウキッ? ウキキキ!」
ジョーは驚いて瓶を見たあと、両手を前で振った。俺が飲め、と言いたいらしい。
「俺のことはいい。お前には守らなきゃならない家族がいるんだろ?」
「ウキー……」
ジョーがパンとアブーを見る。
それでもしばらく迷っていたが、やがて申し訳なさそうに瓶を受け取った。
蓋を開け、匂いを嗅ぐ。警戒しながら少し口に含み、問題がないと分かったのか続けて飲んだ。
半分ほど飲んだところで口を離し、瓶を俺に差し出してくる。
「半分でいいのか?」
「ウキッ」
「これで効果が足りなくても知らないぞ」
「キキッ」
ジョーは譲るつもりがないらしい。
「分かったよ。ありがたくもらう」
残ったポーションを一気に飲み込む。
少し甘く、薬草みたいな匂いが鼻へ抜けた。
「お……おお?」
身体の内側から熱が広がっていく。
傷口がむずむずする。腕を見ると、開いていた皮膚の端が少しずつ引き寄せられていた。
「うわ、動いてる……ちょっと気持ち悪いな」
浅い切り傷は、その場でほとんど塞がった。
深く裂けた傷は残っているが、出血は止まり、痛みもかなり弱くなっている。
ステータスを確認すると、生命力も増えていた。
【生命力】20/31
半分で十回復か。
「全部飲めば、ほとんど全快してたんじゃないか?」
★2でこれなら、★3や★4のポーションはどうなるんだろう。
どんな重傷でも一瞬で全快するのか。腕がなくなっても生えてくるのか。それとも、死んだ人間まで生き返ったりするんだろうか。
いや、さすがに最後のは盛りすぎか。
ジョーを見ると、あちらも傷がかなり塞がっていた。弱々しかった呼吸も落ち着き、自分の手足を何度も動かしている。
「ウキッ、キキッー!」
「ウキィー!」
「ウキュッ、キュー!」
パンがジョーに抱きついた。
ジョーは少し驚いた顔をしたあと、パンの背中へ腕を回す。アブーも二匹の間へ無理やり潜り込み、三匹まとめて転がりそうになっていた。
しばらくして、ジョーとパンが俺の前に並ぶ。
二匹は俺に向かって、深々と頭を下げた。
俺と両親を見比べたアブーも、慌てて頭を下げる。意味はよく分かっていないらしく、一匹だけ何度も上げ下げしていた。
「ははっ。相変わらず礼儀正しいな」
残る単発四回も引きたい。
《収納》の検証だって早く始めたい。
それでも、先にもう一つだけやっておくことがある。
俺は二つのスキルオーブへ目を向けた。
《剛力》。
正直、欲しい。
俺が使えば、次はもっと楽に戦えるかもしれない。斧の威力が上がれば、グレーターウルフみたいな相手にも通用する。
だが、ジョーの隣には脚を負傷したパンと、何も知らずに尻尾で遊んでいるアブーがいる。
俺は一人でも動ける。
レベルも十一まで上がった。
こいつには、守らなきゃならない家族がいる。
「ジョー。これも使え」
俺は《剛力》のスキルオーブを取り出し、ジョーへ差し出した。
「ウキ?」
ジョーは受け取らず、透明な球体を不思議そうに見つめている。
「そいつは《剛力》っていうスキルだ。使えば、今よりずっと力が強くなる」
「ウキィ?」
「細かいことは俺にも分からん。だけど、家族を守るのには役立つはずだ」
ジョーへオーブを握らせ、パンとアブーを指さす。
「その力で、二匹を守ってやってくれ」
意味が伝わったのか、ジョーは手の中のオーブを見つめた。
やがて、迷いながらも小さくうなずく。
そこで、俺は一つ大事なことに気づいた。
「……待てよ」
そもそも、スキルオーブって人間以外にも使えるのか?
俺はステータス画面から使えたが、ジョーが同じ方法で使えるとは限らない。
「ジョー、すまない。もしかしたら、お前には――」
言い切る前に、ジョーの手の上でオーブが光った。
「ウキッ!?」
「えっ?」
オーブが崩れ、細かな光になってジョーの身体へ吸い込まれていく。
使えた。
安心したのも束の間、ジョーの身体からさらに強い光があふれ出した。
「な、なんだこれ!?」
「ウキィ!?」
「ウキュッ!」
パンがアブーを抱え、俺の後ろへ逃げ込んでくる。
ジョーの姿が見えなくなるほど光が強くなった。洞の中が真っ白になり、まともに目を開けていられない。
《リプレイ》を覚えたときも、外からはこんなふうに見えていたのか?
いや、絶対に違う。
スキルを一つ覚えるだけにしては、どう考えても大げさすぎる。
「ジョー! 大丈夫か!?」
「ウ、ウキィィィッ!」
光の中からジョーの声が聞こえる。
苦しんでいるのか、力んでいるだけなのか分からない。
助けようにも、何が起きているのかさえ分からない。俺は目を細めたまま、ジョーがいるはずの場所を見つめ続けた。
やがて、強かった光が少しずつ弱くなっていく。
最初に見えたのは、地面についた太い腕だった。
「……腕?」
さっきまでのジョーとは、太さがまるで違う。
肩幅は倍近くまで広がり、細かった胸や腕には、はっきり分かるほど筋肉がついている。座っているのに、俺と目線の高さがあまり変わらない。
ジョーが動くと、木の洞がみしりと鳴った。
「……ジョー?」
「ウキ?」
声はジョーだ。
顔も、よく見ればジョーの面影がある。
でもさ。
「これ、どう見てもゴリラだよね?」




