共闘
6
遠吠えが聞こえ、洞の入口から下を覗いてみる。
大木の周りには、七匹のフォレストウルフが集まっていた。
「うわ……結構来たな」
すぐに襲ってくる様子はない。木の根元や少し離れた茂みの前に伏せ、こちらを見上げている。
待ち伏せする気満々だ。
逃がしてくれるつもりもないらしい。
「どうしたもんかな……」
このまま洞に籠もっていれば、すぐに襲われる心配はない。
だが、残っている木の実は四人で食べれば二日も持たないだろう。缶詰もあるが、ずっと食いつなげるほどの数はない。
それに水だ。
俺が汲んできた二リットルの水も、四人で分ければすぐになくなる。
オオカミたちが諦めて帰ってくれればいいが、木の根元に伏せたまま動こうとしない。
こっちが弱るのを待っているのかもしれない。
食料も水も尽きてから戦うくらいなら、全員が動ける今のうちに出た方がいい。
「ジョー。どうする?」
「キキッ」
ジョーはオオカミではなく、洞の奥に置かれた木の実を指差した。
「戦う前に腹ごしらえってことか?」
「ウキッ!」
「いいぜ。だったら俺も、とっておきを出してやるよ」
リュックから缶詰を四つ取り出す。
ツナ、焼き鳥、コーン、それから黄桃だ。食べ合わせは滅茶苦茶だが、今は腹に入ればそれでいい。
缶を開け、大きな葉の上に少しずつ取り分けた。
最初に手を伸ばしたのはアブーだった。
「ウキュ?」
黄色い桃を両手で持ち、何度も匂いを嗅いでいる。
恐る恐る一口かじった直後、アブーの目が見開かれた。
「ウッキュウウッ!」
「お、おい。落ち着けって!」
アブーは桃を頬張ると、俺の腕を駆け上がり、そのまま頭の上で飛び跳ね始めた。
髪を掴まれて地味に痛い。
「そんなにうまかったか?」
「ウキュッ! ウキュキュッ!」
「しょうがないな。ほら、もう一つやるよ」
俺の分だった桃を差し出すと、アブーは両手で受け取り、また大騒ぎを始めた。
「ウキィッ」
パンがアブーを嗜めるように鳴く。
それでも聞かないので、俺の頭からアブーを引き剥がし、自分の隣に座らせた。
向かいでは、焼き鳥を食べていたジョーが歯を見せて笑っている。
「お前……笑ってないで止めてくれよ」
「ウキッキッキッ」
「絶対、面白がってるだろ!」
外には七匹のオオカミがいる。
これから命懸けで戦わなければならない。
それでも、俺まで笑ってしまった。
こいつらとは、まだ会ったばかりだ。鳴き声の意味だって、ほとんど分からない。
なのに、四人で飯を食べていると妙に気が楽だった。
食事を終えると、ジョーがパンの前へ座った。
「ウキッ、キキッ」
「ウキィ……ウキッ」
二匹が短く鳴き合う。
パンは何度か首を横に振ったが、ジョーがもう一度鳴くと、痛めた脚へ目を落とした。
しばらくして、小さく頷く。
ジョーはアブーの頭を撫で、洞の入口へ向かった。それから俺を振り返り、手招きする。
「いや、行くのは分かったけどさ。あれだけ下に集まってるのに、無防備には降りられないぞ」
「ウキッ」
ジョーはその場に腰を落とし、両手を揃えて下へ向けた。
「何するんだ?」
返事はない。
洞の外から吹き込んでいた風が、ジョーの両腕へ集まり始める。
足元に落ちていた葉や木くずが浮かび、腕の周りを勢いよく回っていた。
下にいるオオカミたちも気づいたらしい。
一斉に顔を上げ、ジョーへ牙を剥く。
「おい、それ……」
ジョーの手の前で、渦を巻く風が球の形にまとまっていく。
両手で抱えられるほどの大きさだ。
ジョーは短く息を吸い、一気に両腕を突き出した。
「ウキィィッ!」
風の球が大木の下へ放たれる。
オオカミたちは慌てて逃げようとしたが、遅かった。
一匹がまともに食らい、巻きついた風に全身を切り裂かれる。そのまま地面へ叩きつけられ、動かなくなった。
直後、風の球が弾けた。
巻き起こった暴風に、残りのオオカミたちもまとめて吹き飛ばされる。
「なんだそれ! 魔法ってやつか!?」
ここに来て、ようやく異世界らしいものが出てきた。
なにあれ。俺も使いたい。
俺が風の消えた地面を見ている間に、ジョーは洞の縁へ足をかけていた。
大技を使ったせいか、肩が大きく上下している。それでも休むつもりはないらしい。
「待て待て、もう降りるのかよ!」
「ウキッ!」
「先に言っておいてくれ!」
ジョーが木の幹を伝い、地面へ降りていく。
俺も果物ナイフを腰に差し、斧と角材を縄でまとめて先に下ろした。それから急いでジョーのあとを追う。
途中で下を見ると、先に降りたジョーが大木を背にして牙を剥いていた。
吹き飛ばされたオオカミたちが起き上がり、少しずつ戻ってきている。
俺は洞の縁にぶら下がり、できるだけ地面との距離を縮めてから手を離した。
「よっと!」
着地した俺の隣へ、ジョーが下がってくる。
風の球を直撃した一匹は動かない。
残った六匹は俺たちを囲もうとしていたが、背中には大木がある。完全な円にはならず、半円を描くように広がっていた。
「素手よりはましだろ。これを使え!」
縄をほどき、角材を差し出す。
ジョーは受け取った角材を両手で握り、何度か振って重さを確かめた。
「キキッ」
口元を上げ、歯を見せる。
「やる気満々じゃねえか」
「ウキッキッキー!」
「よし。行くぞ!」
オオカミたちが、じりじりと距離を詰めてくる。
囲まれ切る前に数を減らさないとまずい。
「ジョー! 俺の前にいるやつから倒す!」
「ウキッ!」
俺は正面の一匹へ走り、斧を振り下ろした。
オオカミが素早く後ろへ跳ぶ。
今だ。
左手で果物ナイフを抜く。
「《リプレイ》!」
腕が登録していた動きをなぞり、ナイフを投げ放つ。
ナイフは回転せず、刃先を前へ向けたまま飛んでいった。
「ギャンッ!」
狙いより少し下だったが、オオカミの前脚に突き刺さる。
「よしっ!」
追撃しようと踏み込んだ瞬間、横にいた一匹が間へ割り込んできた。
牙を剥き、俺を近づけさせない。
後ろを確認すると、ジョーの前には四匹のオオカミが集まっていた。
「ウキィッ!」
ジョーが角材を振り回し、近づこうとするオオカミを威嚇している。
最初に見せた風を警戒しているのか、オオカミたちも一斉には飛びかからない。
「ウキィー!」
「ウキュキュッ!」
頭上からパンとアブーの声が聞こえる。
応援しているらしい。
後ろはジョーに任せる。
「こっちの二匹は俺がやる!」
二匹を倒すとは言ったものの、簡単にやらせてくれる気はないらしい。
ナイフが刺さった方は前脚を浮かせ、その前に無傷の一匹が立っている。
弱った仲間を守っているのか。それとも、俺が近づくのを待っているのか。
先に動いたのは、無傷の方だった。
「ガウッ!」
地面を蹴り、一気に間合いを詰めてくる。
「来いっ!」
噛みついてきた頭を狙い、斧を振り下ろす。
だが、オオカミは直前で横へ跳んだ。
「くそっ!」
斧が地面へ食い込む。
引き抜こうとしたときには、オオカミがこちらへ向き直っていた。
低く身を伏せ、今度は俺の脚を狙って飛びかかってくる。
「うおっ!」
斧から手を離し、横へ転がった。
牙がズボンを掠める。
「あぶねえな!」
すぐに立ち上がり、地面に刺さった斧を掴む。
オオカミも勢いを殺しきれず、少し離れた場所で向きを変えた。
また来る。
今度は先に振らない。
ぎりぎりまで引きつけてから叩き込む。
「ガウッ!」
大きく口を開け、オオカミが飛びかかってきた。
「《リプレイ》!」
身体が登録した動きを正確に再現する。
振り下ろした斧の刃が、オオカミの首の付け根へ食い込んだ。
飛びかかってきた勢いに押され、俺も尻餅をつく。
それでも、オオカミは立ち上がらなかった。
【フォレストウルフを討伐しました】
【50Pを獲得しました】
「よし、まず一匹!」
喜んでいる暇はない。
前脚を負傷したオオカミが、倒れた仲間を飛び越えてきた。
「うおっ!」
斧を横に構え、開いた口へ柄を押し込む。
ガチンッ、と牙が柄に食い込んだ。
「重っ……!」
凄まじい力で引っ張られ、斧を奪われそうになる。
「離せ、このっ!」
腹を蹴っても離さない。
それどころか激しく首を振り、俺ごと地面へ引き倒そうとしてくる。
このままじゃまずい。
オオカミが踏ん張ったとき、ナイフの刺さった前脚が目に入った。
「悪いけど、そこ弱ってるよな!」
傷ついた前脚を横から蹴りつける。
「ギャンッ!」
オオカミが斧から口を離した。
痛めた脚を庇い、身体が傾く。
今だ。
「おらぁっ!」
両手で持ち直した斧を、首へ叩き込んだ。
【フォレストウルフを討伐しました】
【50Pを獲得しました】
「二匹目!」
荒く息を吐きながら、顔を上げる。
ジョーはまだ四匹のオオカミを相手にしていた。
「ウキィッ!」
飛びかかってきた一匹を角材で殴り、すぐに木の根へ飛び乗る。その下を別のオオカミが駆け抜けた。
さらに横から三匹目が迫る。
「ウキィー!」
洞の入口から、パンが片手を突き出した。
小さな風の塊が飛び、オオカミの横顔にぶつかる。
ジョーの大技ほどの威力はない。それでも、飛びかかろうとしていた身体が横へ逸れた。
そこへジョーが角材を叩きつける。
「ギャウッ!」
パンの援護があっても、四匹すべてを相手にしているジョーは守るだけで精いっぱいだ。
一匹を角材で追い払えば、すぐに別の方向から飛びかかられている。
「ジョー、今行く!」
倒したオオカミの脚からナイフを引き抜き、ジョーの方へ走る。
一匹が俺に気づき、こちらへ顔を向けた。
「そいつをこっちへ寄越せ!」
「ウキッ?」
「そいつだよ、そいつ!」
オオカミを指差す。
ジョーは一瞬だけ俺とオオカミを見比べたあと、角材を両手で握り直した。
「ウキィッ!」
パンの放った風が、オオカミの前脚を払う。
よろけたところへジョーが踏み込み、角材で横腹を思い切り殴った。
「ギャウッ!」
吹き飛ばされたオオカミが、俺の前へ転がってくる。
「本当に寄越した!」
慌てて斧を構えた。
オオカミが起き上がるより先に踏み込む。
「《リプレイ》!」
身体が動き、斧をオオカミの頭へ叩き込んだ。
【フォレストウルフを討伐しました】
【50Pを獲得しました】
「よっしゃ!」
「ウキッキ!」
ジョーが角材を掲げ、歯を見せて笑う。
俺も斧を持ったまま拳を上げた。
「今のは完璧だったな!」
「ウキッ!」
残った三匹は俺たちから距離を取り、一か所に集まった。
さっきまでの勢いがない。
仲間を次々に倒され、こいつらも警戒しているらしい。
「あと三匹だ。このまま一気に――」
言いかけたところで、三匹がそろって耳を伏せた。
「なんだ?」
森の奥から、低い唸り声が聞こえる。
茂みが激しく揺れ、細い木が押し倒された。
姿を現したのは、今までのオオカミより二回りは大きな個体だった。
「……でかすぎないか?」
四本の脚は俺の腕より太く、頭の位置は胸元に近い。
残った三匹は、そいつの前ではなく後ろへ回った。
ただ大きいだけではないらしい。
「あれがボスか」
「ウキィ……」
ジョーからも、さっきまでの余裕が消えていた。
角材を握る手に力が入り、背中の毛が逆立っている。
ジョーの反応を見る限り、パンの脚を傷つけたのも、こいつなのかもしれない。
巨大なオオカミは、地面に倒れた仲間を順番に見回した。
そして俺たちへ顔を向け、牙を剥く。
「そんなに仲間が大事なら、最初から出てきやがれ!」
巨大なオオカミが右の前脚を持ち上げた。
俺たちとは、まだ距離がある。
それなのに、その場で爪を横へ振った。
「何して――」
「ウキィッ!」
ジョーに服を引かれ、身体が横へよろける。
直後、耳元を鋭い音が通り過ぎた。
背後の大木が削れ、木くずが飛び散る。
「……嘘だろ」
爪は届いていなかった。
それなのに、大木には三本の深い傷が刻まれている。
巨大なオオカミが、もう一度右の前脚を持ち上げた。
「こいつ、斬撃を飛ばせるのかよ……!」
まずい。
《リプレイ》は、さっきまでに三回使っている。
残っている魔力は二。
使えても、あと二回だけだ。
冗談だろ。
あんなやつを相手に、二回でどうしろってんだ。




