緑サルといっしょ!
5
緑サルの後をついて森の中を進む。
こいつから敵意は感じない。だからといって、完全に信用したわけでもない。
もしかしたら仲間が待ち伏せしていて、俺を食料として連れていっている可能性だってある。サルが人間を食べるのかは知らないけど。
俺はいつでも使えるように斧を右手に持ち、緑サルの背中を追った。
水や缶詰の入ったリュックが重い。身軽な緑サルとの差は歴然で、少し気を抜くとあっという間に引き離されてしまう。
「ウキッ」
緑サルは何度も振り返り、俺がついてきているのを確認していた。距離が離れると立ち止まり、追いつくまで待ってくれる。
「そんな急かすなって。こっちはお前みたいに木の上を走れないんだよ」
「ウキッキ」
「分かってるのか、それ?」
返事だけ聞けば会話できている気もする。
しかし、本当に信用していいんだろうか。
俺は昔から人を信じすぎるところがある。友達に「絶対返すから」と言われて貸したゲームが、そのまま返ってこなかったことも一度や二度ではない。
今回にいたっては相手が人ですらない。
普通なら、もっと警戒するべきなんだろう。
それでもついてきてしまったのは、この二日間、まともに意思疎通できる相手がいなくて心細かったからだと思う。
ホーンラビットもフォレストウルフもバインドスネークも、出会った瞬間に俺を殺そうとしてきた。それに比べたら、果物をくれて待ってくれる緑サルが、ものすごくいいやつに見えてしまう。
異世界に来て最初にできた友達がサル。
まあ、俺らしい気もする。
しばらく進むと、木々の向こうに一本だけ飛び抜けて大きな木が見えてきた。
「ん? あれって、俺が目覚めたところの近くか?」
異世界に来た直後、周囲には信じられないほど太い木が何本も立っていた。
だが、今回は違う。
巨大な木が何本も並んでいるのではなく、周囲の木々に混じって一本だけそびえ立っている。
離れていると大きさが分かりづらかったが、近づくほど首を上へ傾けなければならなくなった。
「でっか……最初に見た木より大きくないか?」
幹は家どころか、ちょっとした建物くらい太い。枝の一本一本も普通の木の幹ほどあり、その隙間から緑色の葉が空を覆っている。
緑サルは迷うことなく大木の根元へ向かった。
「ウキッ!」
俺を振り返り、得意そうに胸を張っている。
「なるほど。ここがお前の家ってわけだな」
「ウキッキ!」
どうやら正解らしい。
緑サルは幹についた窪みに手をかけると、慣れた動きで上へ登り始めた。
数秒もせずに三メートルほど登り、幹に開いた大きな洞へ入る。そのまま入口から顔を出し、俺に向かって手招きをした。
「……これ、俺も登るの?」
「ウキッ」
「いや、ウキッじゃなくてさ」
高所恐怖症ではないが、命綱もなしに木登りをする趣味はない。
しかも今の俺は、背中に重いリュックを背負っている。途中で手を滑らせれば、腰か背中から地面に落ちることになる。
ただ、ここまで来て「登れないから帰ります」と言うのも格好がつかない。
「まあ、仕方ないか」
斧をリュックに差し込み、両手を空ける。
まずは一番低い窪みに足をかけた。体重を乗せても崩れないことを確かめてから、頭の高さにある出っ張りを掴む。
「よっ……と」
身体を持ち上げてみる。
意外と軽い。
「あれ? 案外いけるな」
レベルが上がって筋力や敏捷が上昇したおかげだろうか。窪みや出っ張りもちょうど手足を置きやすい位置にあり、思っていたより簡単に登れる。
途中でリュックが幹に引っかかり、少し肝を冷やしたものの、無事に洞までたどり着いた。
「ふう……落ちなくてよかった」
「ウキッ」
「簡単だっただろ、みたいな顔するな。お前と一緒にするんじゃない」
緑サルは洞の中を指し、もう一度手招きした。入れということらしい。
警戒しながら中へ足を踏み入れる。
「広いな、ここ」
外から見たときも大きいと思ったが、中は想像以上だった。
俺が立っても頭が天井に届かない。横幅も奥行きも十分にあり、三匹や四匹が暮らす程度なら困らない広さだ。
奥には木の葉や細い枝を重ねて作った寝床らしきものがある。その近くには赤や黄色の果実と木の実が積まれていた。
「なかなかいい家じゃねえか。雨も入ってこなさそうだし、動物にも襲われにくそうだ」
この森に来てから洞穴の地面でしか寝ていない俺より、よほど文化的な生活をしている。
感心しながら中を見回していると、左足に何かが触れた。
「ん?」
「ウキュ?」
足元を見ると、俺の膝にも届かない小さな緑サルが、ジーパンの裾を掴んでいた。
身体の色は緑サルと同じだが、毛が短くて目が大きい。俺の顔を見上げ、不思議そうに首を傾げている。
「ウキュキュ? キュッ?」
「ええと……こんにちは?」
「ウキュ?」
「誰だこいつ、って聞いてるのか?」
小サルは俺の靴やジーパンが珍しいらしく、裾を引っ張ったり、スニーカーの紐を触ったりしている。
「それは食べ物じゃないぞ。ほどくなよ」
「ウキッ」
緑サルが小サルの身体を軽く引っ張り、俺から離した。
続いて小サルの背中を押す。
「ウキッ。ウキッキー」
挨拶しろってことか?
小サルは緑サルの顔を見上げてから、俺に向き直った。
「ウキュッ!」
小さな身体を折り曲げ、ぺこりと頭を下げる。
「おお。なかなか礼儀正しいじゃないか」
俺もつられて頭を下げる。
「こちらこそ、よろしく」
「ウキュッ!」
小サルは嬉しそうに両腕を上げた。
そのとき、洞の奥から枝を踏む音が聞こえた。
「ウキィー?」
現れたのは、少し細身の緑サルだった。
そいつは俺の姿を見るなり動きを止め、毛を逆立てて鋭い声を上げた。
「ウキィッ!」
「うおっ!」
俺は反射的にリュックの斧へ手を伸ばす。
細身のサルも小サルを自分の背中へ隠し、牙を剥いて俺を睨んでいる。
「待て待て! 俺は別に怪しい者じゃない!」
いや、知らない人間の家に上がり込んでいる時点で、十分怪しいか。
「ウキッキ! ウキ、ウキッ!」
俺を連れてきた緑サルが、慌てて俺たちの間へ入った。
細身のサルへ話しかけながら、俺と自分を交互に指差す。しばらく二匹で鳴き合ったあと、細身のサルはようやく牙を引っ込めた。
「ウキィ……」
まだ警戒はしているが、すぐに飛びかかってくるつもりはなさそうだ。
小サルはその足に抱きつき、俺の方を覗いている。
「もしかして、そっちがお母さんか?」
「ウキッ」
緑サルが頷き、自分を指したあと、母サルと小サルを順番に指差した。
「お前ら、家族だったのか」
三匹で暮らしているらしい。
それにしては、蓄えられている果物が少ない気がする。家族三匹で食べれば、二日も持たない量だ。
そこで、母サルの立ち方がおかしいことに気づいた。
右の後ろ脚をほとんど地面につけていない。
よく見ると、太腿から脛にかけて毛が裂けている。血は止まっているが、何本もの赤黒い傷が残っていた。
「その傷……」
「ウキィ……」
俺の視線に気づいた母サルが、傷ついた脚を後ろへ隠す。
痛々しい傷だ。
ポーションが残っていれば使えたかもしれない。だが、俺の首の傷を治すために全部使ってしまった。
役に立てそうなものがないかリュックへ手を伸ばしたが、薬になりそうなものは何も入っていない。
「悪い。俺も薬はもう持ってないんだ」
言葉が伝わったのかは分からない。
それでも母サルは小さく頭を下げた。
俺をここへ連れてきたのは、この傷と関係があるのかもしれない。
「それで、結局なんの用があって俺を呼んだんだ?」
「ウキッ」
緑サルは俺の言葉を待っていたらしく、洞の奥へ走っていった。
すぐに戻ってきた緑サルは、手に黄色く濁った牙を持っていた。俺の果物ナイフより少し短い程度だが、根元が太く、先端は鋭い。
「これは……オオカミの牙か?」
「ウキッ!」
緑サルは勢いよく頷いた。
牙を指差し、続けて両腕を大きく広げる。
「大きい?」
緑サルは首を横に振った。
「もっと大きな牙?」
また首を横に振る。
両腕を広げてから、何度も周囲を指差す。
「おっきい……じゃなくて、いっぱい?」
「ウキッ!」
緑サルがビシッと俺を指差した。
「おお、当たった」
直後、緑サルは額に手を当てて首を振った。
「一発で分からなかったくらいで、残念そうな顔するな。こっちはサル語初心者なんだぞ」
緑サルは四つん這いになると、牙を剥いて低く唸る。
「グルルルゥ」
「鳴き真似、うまいな」
「ウキッ!」
今度は母サルを指し、その傷ついた脚を示す。
地面を走る動きをしたあと、何かに飛びかかられて倒れる。さらに緑サル自身が割って入り、母サルを逃がす動きを続けた。
「母サルがオオカミに襲われた。お前が助けて、ここまで逃げてきた……ってことか?」
「ウキッ!」
どうやら合っているらしい。
緑サルは洞の外を指し、牙を持ったまま大木の周囲を回る動きをした。そして、奥に積まれたわずかな果物を指す。
「オオカミがこの辺りに居座ってるせいで、食べ物を取りにいけないのか?」
「ウキィ」
今度は母サルが頷いた。
この高さなら、オオカミが洞まで登ってくることはないだろう。
しかし、ずっとここで暮らせるわけではない。水も食料も、外へ取りにいかなければならない。
母サルは怪我をしていて、小サルはまだ戦えない。緑サルが一匹で食料を探しているらしいが、その間にオオカミに囲まれたら終わりだ。
「それで俺に助けを求めた……にしても、なんで俺なんだ?」
緑サルは牙を床へ置くと、自分の腕を身体に巻きつけた。
そのまま苦しそうに首を押さえる。
「蛇?」
「ウキッ!」
緑サルは俺の首に残っている傷を指差し、ナイフを突き刺す動きをした。そのあと床へ倒れ、舌を出して動かなくなる。
「お前、俺がバインドスネークを倒したところを見てたのか?」
「ウキッ」
「見てたなら助けてくれてもよくなかった?」
「ウキィ……」
緑サルは目を逸らした。
まあ、あの蛇はこいつより明らかに大きかった。下手に助けに入れば、二匹まとめて絞め殺されていたかもしれない。
緑サルは俺を指し、次に自分を指す。それから二匹で並んで拳を振り、最後に床の牙を指差した。
「俺とお前で、一緒にオオカミと戦ってほしいってことか?」
「ウキッ!」
緑サルが何度も頷いた。
「うーん……」
助けてやりたい気持ちはある。
だが、フォレストウルフ一匹を倒すだけでも簡単ではなかった。
前回は洞穴から飛び出したことで先手を取れた。それに《リプレイ》のナイフ投げが当たり、相手が体勢を崩したから斧を叩き込めた。
真正面から戦って、同じように勝てる保証はない。
しかも今回は群れだ。
「俺一人でも、一匹を倒すので精一杯なんだぞ。足手まといにならないか?」
「ウキッキ!」
緑サルは自分と俺を指差し、もう一度並んで戦う動きをする。
「二人ならいける?」
「ウキッ!」
「本当か?」
「ウキッ!」
自信だけはあるらしい。
それに、フォレストウルフ一匹で五十ポイント。
何匹いるかは分からないが、群れならかなりのポイントになる。十連ガチャにはまだ遠いものの、稼げるときに稼いでおきたい。
もちろん、ポイントだけが理由ではない。
ここまで来て事情を知ったあとに、「無理です。じゃあ頑張って」と帰るのは後味が悪すぎる。
俺が帰ったあと、緑サルが食料を取りに出てオオカミに囲まれる。残された母サルは怪我で動けず、小サルと一緒に少ない果物を食べながら待ち続ける。
ダメだ。
そこまで想像してしまうと、見捨てられるわけがない。
「だぁー! 分かった! 俺も手伝うよ!」
「ウッキー!」
「ウキィー!」
緑サルと母サルが俺の両手を取り、上下にブンブンと振る。
「痛い痛い! 喜んでくれるのは分かったから!」
「ウッキュー!」
小サルは俺の背中を駆け上がり、そのまま頭へしがみついた。
「お前は髪を引っ張るな!」
まあ、ここまで喜んでもらえるなら、引き受けたのも悪くない。
勢いで決めたことを少しだけ後悔しているけど。
「そうと決まれば、作戦を立てないとな」
「ウキッ」
「ただ、その前に……いつまでも緑サル、母サル、小サルじゃ呼びづらいな」
三匹がそろって首を傾げる。
「よし。お前たちに名前を付けよう」
「ウキキキ!」
三匹は意味を理解したらしく、嬉しそうに手を叩いた。
やっぱりこいつら、普通のサルより賢すぎないか?
「まずはお前だ、緑サル」
「ウキッ」
「今日からお前はジョーだ。俺の世界で有名なサル、ジョージから取った。縮めてジョーな」
「ウキッ! ホッホッホ、アッアー!」
「急に鳴き声変わってない?」
ジョーは気に入ったらしく、胸を叩きながら洞の中を走り回っている。
「次は母サル。お前はパンだ」
「ウキィ?」
「俺の国のお茶の間を長年賑わせた、伝説のサルから取った名前だ」
「ウッキィーン!」
「それは喜んでるんだよな?」
そういえばパン君はオスだった気もする。
まあ、本人が喜んでいるなら細かいことはいいだろう。
「最後に小サル」
「ウキュッ!」
小サルは俺の頭から下り、期待した顔で見上げてくる。
「お前にはアブーという名をやろう。砂漠の国を舞台にした、有名な映画に出てくる子サルの名前だ」
「ウッキュー!」
アブーは嬉しそうに両腕をバタバタさせ、そのまま俺の脚へ抱きついた。
「というわけで、ジョー、パン、アブー。これからよろしくな」
「ウキッ!」
「ウキィー!」
「ウキュッ!」
三匹の声が洞の中に響く。
その直後だった。
森の奥から、低い遠吠えが聞こえた。
「ウォオオオオン――」
続いて別の方向からも返事が上がる。
一つ。二つ。三つ。
それ以上は重なってしまい、数えられなかった。
さっきまで騒いでいた三匹が静かになる。
パンはアブーを抱き寄せ、ジョーは洞の入口へ向かって牙を剥いた。
なるほど。
思っていたより、かなり多そうだ。
「……勢いで引き受けたけど、本当に大丈夫かな、これ」
名前まで付けた以上、今さら逃げるなんて言えない。
俺は斧の柄を握りながら、もう一度聞こえてきた遠吠えに耳を澄ませた。




