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狩尽くせ

24



 グリーンパンサーを倒してから、十分も経たないうちに次の魔物が現れた。


 黒い毛に覆われた、イノシシに似た魔物だ。俺の胸ほどの高さがあり、口元から伸びた二本の牙で木の幹を削っている。


 こちらに気づくと、地面を蹴って一直線に突っ込んできた。


 速かったが、動きは単純だった。


 正面から来る牙を甲殻の左腕で受け止め、勢いを横へ流す。体勢を崩したところへ斧を振り下ろすと、それで終わった。


【フォレストボアを討伐しました】


【ガチャポイントを50P獲得しました】


 強くなったのを実感している暇はない。


 斧についた血を葉で拭い、さらに森の奥へ進む。


『オイ。ウデナシ』


「なんだよ」


『イルゼ。ツエエヤツ』


 左腕が勝手に持ち上がり、少し離れた木々の間を指差した。


「お前、自分で俺の腕を動かせるのかよ」


『オレノウデダカラナ』


「俺の腕でもあるだろ」


『オマエノウデ、クッタ』


「それはもう聞いた!」


 今度は奇襲される前に見つけられたらしい。


「分かった。案内しろ」


『コッチダ』


 センが指し示す方角へ、足音を立てないように進む。


 太い木の陰から顔だけ出してみると、少し開けた場所に鹿がいた。


 木陰に伏せ、目を閉じて休んでいる。


 見た目は鹿だ。


 身体だけなら、日本で見た鹿とそれほど変わらない。


 問題は角だった。


「……なんだ、あれ」


 頭から生えているのは角というより、剣だ。


 刃渡り五十センチほどの真っすぐな刃が、二本並んで生えている。角の根元から先端まで金属のように鈍く光り、片側にはしっかり刃までついていた。


 どういう進化をしたら、あんなものが頭から生えるんだよ。


 ゲームで見れば、剣の角を持つ鹿か、で済む。


 だが、実物を見ると違和感がすごい。寝返りを打っただけで、自分の身体を切りそうだ。


『ツヨイゾ。アレ』


「寝てる今なら、やれそうだな」


 前ならナイフを投げ、《リプレイ》で奇襲していた。


 残念ながら、ナイフはダンジョンでなくしている。


 だが今の俺には、別の飛び道具があった。


「よし……」


 木陰から右手を出し、鹿へ向ける。


 頭に入ってきた使い方を思い出しながら、手のひらへ魔力を集めた。


 青白い光が指の間を走る。


 狙うのは胴体だ。


「《雷霆魔法》!」


 手のひらから雷が迸った。


 青白い光が鹿へ向かって――行かない。


 鹿の一メートルほど横へ着弾し、地面を黒く焦がした。


「……うん」


『ハズレタナ』


「見れば分かる」


 鹿の身体が跳ねた。


 慌てて起き上がり、焦げた地面を見る。次に雷が飛んできた方向へ顔を向け、木陰に立つ俺を見つけた。


 目が合った。


「奇襲、失敗だな」


『ヘタクソ』


「うるせえ!」


 鹿が頭を下げる。


 二本の刃が、真っすぐ俺へ向けられた。


「自慢のツノがあるんだし突っ込んでくるよな...」


 鹿は地面を蹴ると、木々の間を縫うように走り出した。


 右。


 左。


 何度も進路を変えながら距離を詰めてくる。


「普通に走ってこいよ! 狙いにくいだろうが!」


『フツウニキテモ、アタラナイダロ』


「次は当てる!」


 右手を構え、もう一度魔力を集める。


 まだ遠い。


 ここで撃てば、また外す。


 鹿が五メートルまで近づく。


 まだだ。


 三メートル。


 頭の剣が、俺の胸へ向いた。


 二メートル。


「今だ!」


 手のひらから雷を放つ。


 今度は鹿の右肩をかすめた。


 直撃ではない。


 それでも青白い雷が身体を走り、焼け焦げた毛から煙が上がる。


 鹿の前脚がもつれた。


「よし!」


 怯んだ隙に、こちらから距離を詰める。


 鹿は倒れなかった。


 踏ん張って頭を振り、二本の刃で俺の身体を薙ぎ払おうとする。


「うおっ!?」


 避けるのが遅れた。


 銀色の刃が首へ迫る。


 その瞬間、甲殻の左腕が勝手に動いた。


 前腕が刃の側面へぶつかり、軌道を上へずらす。剣の先端が髪を数本切り、頭の上を通り過ぎた。


「あぶねえっ!」


 振り抜かれた頭が戻るより先に、鹿の横へ踏み込む。


 両手で握った斧を、がら空きになった首へ叩き込んだ。


 刃が首の半ばまで食い込む。


 鹿の身体が大きく震え、そのまま横へ倒れた。


【ブレードディアを討伐しました】


【ガチャポイントを300P獲得しました】


『オレガイナイト、ダメダメダナ』


「チッ……助かったよ!」


 斧を引き抜き、最初に雷が落ちた場所を見る。


 鹿から一メートルも離れている。


 ユラは火球を動いているムカデへ当てていた。それに比べて俺は、寝ている鹿にすら当てられない。


 練習不足もあるだろう。


 だが、それだけじゃない気がする。


「器用が低いからか……?」


 俺の器用は十。


 契約しても、一つも上がらなかった能力だ。


 狙った場所へ魔法を飛ばすのにも器用が関係しているなら、この外し方にも納得できる。


「異世界に来てまで、不器用さに邪魔されるのかよ……」


『ブキヨウ!』


「だから、お前が言うな!」


 言い返した直後、低い羽音が聞こえてきた。


 急速に近づいてくる。


「っ!」


 反射的に地面へ伏せる。


 何かが頭上を通過し、そのまま後方の木へ衝突した。


 ドォンッ!


 ぶつかられた木が大きく揺れ、葉が降ってくる。


「なんだ!?」


 起き上がって振り返ったときには、また羽音が近づいていた。


 今度は姿を確認できた。


 カブトムシだ。


 ただし、大きさは小型犬ほどもある。


 黒い甲殻に覆われた身体と、前方へ伸びた太い角。その姿のまま、地面すれすれを飛んでくる。


「カブトムシなら樹液でも吸ってろ! 夏休みの小学生に捕まる側が、人間様に突っ込んでくんな!」


『ナツヤスミ? ショウガクセイ?』


「お前に説明してる暇はない!」


 横へ跳び、突進を避ける。


 巨大カブトムシは後ろの木へぶつかり、すぐに方向転換した。


 さっきから突っ込んでくるだけだ。


 だが、身体が硬いうえに速い。


 斧を振っても、あの角に弾かれる可能性が高い。


「遠くから当てられないなら……」


 俺は甲殻の左手を開いた。


 指の間に青白い雷を集める。


「触れてから撃てばいい」


『ナニスルキダ?』


「セン。次に来たら、あいつへ左手を当てろ」


『ブンナゲテイイノカ?』


「速すぎて掴めないだろ。触るだけでいい!」


 巨大カブトムシが三度目の突進を仕掛けてきた。


 角の先端を見ながら、ぎりぎりまで引きつける。


 今だ。


 身体を半歩だけ右へずらした。


 角が脇を抜ける。


 同時に左腕を伸ばし、すれ違うカブトムシの背へ手のひらを叩きつけた。


 衝撃で腕が後ろへ弾かれる。


 だが、一瞬触れれば十分だ。


「《雷霆魔法》!」


 溜めていた雷を、直接流し込む。


 青白い光が甲殻の隙間から噴き出した。


 次の瞬間、巨大カブトムシの身体が内側から弾け飛ぶ。


 砕けた甲殻が木々へ突き刺さり、焦げ臭い煙が上がった。


「……威力だけは、とんでもないな」


 遠くの敵へ当てるのは難しい。


 だが、触れてから放てば外しようがない。


 俺の精神は六十二だ。


 まともに当てさえすれば、この辺りの魔物なら一撃で倒せる。


【アーマービートルを討伐しました】


【ユラのレベルが上昇しました】


【ナオトのレベルが上昇しました】


【ガチャポイントを200P獲得しました】


 俺の身体からも淡い光が立ち上る。


 だが、今は喜んでいる時間も惜しい。


「次だ!」


 通知を閉じ、すぐに走り出す。



 先へ進む間も、《雷霆魔法》の使い方を考え続けた。


 遠くの相手へ撃つと、狙いが大きくずれる。


 二メートルほどなら、直撃しなくてもかすらせることはできた。そして、直接触れれば最大の威力を叩き込める。


 今の俺が遠距離から使うのは難しい。


 接近戦へ組み込んだ方がいい。


「雷魔法って、普通は遠くから撃つものじゃないのか?」


『シラン』


「お前に聞いた俺が馬鹿だったよ」


 しばらく進むと、木々に白い糸が絡み始めた。


 最初は一本だけだった。


 それが奥へ進むほど増えていく。


 枝と枝の間。


 太い木の幹。


 足元の茂み。


 どこを見ても、粘り気のある糸が張られている。


 俺は斧で糸を切りながら進んだ。


「何かいるな」


 正直、気味が悪い。


 こんな場所を進んで、いい結果になるとは思えなかった。


 それでも強い魔物なら、今は大歓迎だ。


「ここら辺にいそうか?」


『アア。ツヨイゼ』


「どれくらいだ?」


『オレトオナジクライダナ』


「なら楽勝じゃねえか」


『カッカッ! オレニウデヲクワレタヤツガ、ヨクイウ』


「最後に勝ったのは俺だろ」


『ウデハウマカッタ』


「思い出させんな!」


 警戒しながら進むと、木々の奥に洞窟が見えてきた。


 入口は三メートル以上ある。


 その周囲には、今までとは比べものにならない量の糸が張り巡らされていた。洞窟の中は暗く、少し先さえ見えない。


『コノナカダナ』


「さすがに、この中へ入るのは自殺行為か……」


 狭くて暗い洞窟の中で、センと同じくらい強い魔物と戦う。


 考えただけでも嫌になる。


 中へ入らず、外から《雷霆魔法》を撃ち込めないか。


 そう考えて入口へ右手を向けたときだった。


 洞窟の奥から、白い糸が飛んできた。


「うわっ!」


 糸が胸と右肩へ巻きつく。


 次の瞬間、身体が前へ引っ張られた。


「クソッ!」


 両脚で踏ん張る。


 それでも止まらない。


 靴の裏が土を削り、少しずつ洞窟へ近づいていく。


 俺は左拳を地面へ叩きつけた。


 硬い甲殻が土を砕き、前腕の半ばまで埋まる。


「これなら……!」


 止まらない。


 身体が引かれるたびに、左腕の周りの土が削られていく。


 このままでは洞窟の中へ引きずり込まれる。


「そうだ。糸が繋がってるなら……!」


 右手で胸に巻きついた糸を掴む。


 手の中へ魔力を集め、そのまま雷を流した。


「《雷霆魔法》!」


 青白い光が、糸を伝って洞窟の奥へ走る。


 何かが大きく震える気配がした。


 張り詰めていた糸が緩み、引っ張る力が止まる。


「効いた!」


 左腕を地面から引き抜く。


 今度は俺が糸を両手で掴み、力いっぱい手繰り寄せた。


「ぐぅっ……重い!」


 身体が大きいだけじゃない。


 向こうも八本の脚で踏ん張っているらしく、簡単には引き寄せられなかった。


 それでも少しずつ、糸が洞窟の外へ出てくる。


「おおおおっ!」


 脇腹の傷が痛む。


 歯を食いしばり、さらに強く引いた。


 洞窟の中から、巨大な影が姿を現す。


「でかすぎるだろ……」


 蜘蛛だった。


 軽自動車ほどもある巨大な蜘蛛だ。


 身体は黒く、背中と脚の付け根には白い毛が密集している。八本の脚は細長く、先端へ向かうほど鋭い槍のような形になっていた。


 見た目は、巨大化したタランチュラに近い。


 俺が手を止めた隙に、蜘蛛は前脚で自分の糸を切った。


 自由になった蜘蛛が、八本の脚で地面を掻く。


「あっ……。電気、流し続ければよかった」


『オソイ』


「うるせえ。次はそうするよ!」


 蜘蛛と向かい合う。


 こちらの武器は斧と左腕。


 向こうは巨大な身体に、槍のような脚が八本だ。


 怖くないわけがない。


 それでも、こいつを倒せばユラへ大量の経験値が入る。


 蜘蛛が地面を蹴った。


 八本の脚が一斉に動き、巨体が真っすぐ突っ込んでくる。


「来い!」


 斧を右手で握り、左腕を前へ出す。


 センの突進を受け止めたときより、今の方が筋力も耐久も高い。


 無理に避けるより、正面から受け止めて雷を撃ち込む。


 そのつもりだった。


 蜘蛛は俺の直前で身体を沈めた。


 前脚の一本が、突進の勢いを乗せて突き出される。


「なっ!?」


 身体ごとぶつかってくると思っていた。


 避けるのは間に合わない。


 咄嗟に斧を横へ向け、刃の腹で脚を受け止める。


 金属同士をぶつけたような音が響いた。


 次の瞬間、斧の刃が砕けた。


「うおっ!」


 刃に受け止められて勢いの弱まった脚を、身体をひねってどうにか避ける。


 頬の横を、尖った脚が通り抜けた。


 俺は柄だけになった斧を捨て、蜘蛛から距離を取る。


 すぐに《収納》を開き、二本目の斧を取り出した。


「おい、セン。こいつ、お前より賢いんじゃないか?」


『オレハ、カシコサデ、マケタワケジャネエ!』


「力でも負けただろ」


『ウデハクッタ』


「そればっかじゃねえか!」


 蜘蛛が再び距離を詰めてくる。


 今度は突進ではない。


 前方の四本の脚を使い、次々と突きを繰り出してきた。


「クソッ!」


 右から来る脚を避ける。


 続けて正面。


 左。


 もう一度正面。


 振り回される攻撃よりも、先端だけが飛んでくる突きの方が距離をつかみにくい。


 しかも速い。


 斧で弾こうとしても、狙いが少しずれる。


『ミギ!』


 センの声に従い、身体を左へ倒す。


 鋭い脚が肩をかすめ、服を切り裂いた。


点で狙ってくる攻撃、避けにくすぎるだろ!


 突きを避けながら後ろへ下がる。


 このままでは、いつか身体を貫かれる。


 俺は覚悟を決め、一歩前へ踏み込んだ。


 左の甲殻腕で脚の側面を殴り、軌道をずらす。そのまま蜘蛛の懐へ入ろうとする。


 蜘蛛はすぐに後ろへ跳んだ。


 八本の脚が木の幹へ張りつく。


「木も登れるよな。蜘蛛だもんな……」


 巨大な身体が、地面を走るのと変わらない速さで木を登っていく。


 上の枝へ着くと、隣の木へ跳び移った。


 太い枝が巨体を受けて大きくしなる。


「上から飛びかかってくるつもりか?」


 それくらいなら、地上で突きを避けるより分かりやすい。


 斧を両手で構え、蜘蛛の動きを追う。


 だが、蜘蛛は飛びかかってこなかった。


 口元から糸を吐き出し、地面に転がっていた岩へ付着させる。


「また糸か?」


 電気を流せば、さっきと同じように痺れさせられる。


 そう考えた直後、岩が地面から持ち上がった。


「は?」


 蜘蛛は糸を引き、岩を宙で振り回し始めた。


 回転が速くなる。


 そして、人の頭よりも大きな岩が俺へ向かって飛んできた。


「うおっ!」


 横へ跳ぶ。


 岩がすぐ手前へ落ち、地面を大きく抉った。


「あぶねえ!」


『カッカッ! オマエヨリキヨウダナ!』


「うるせえな!」


 蜘蛛はすぐに別の岩へ糸をつけた。


 二つ目。


 三つ目。


 次々と岩が飛んでくる。


 避けるたびに、少しずつ後ろへ追いやられていく。


 背後を確認すると、木々の間に大量の蜘蛛の巣が張られていた。


 あそこまで下がれば、動きを止められる。


「狙って追い込んでやがるのか……?」


 でかいだけじゃない。


 俺が避ける方向まで考えて岩を投げている。


 このままではまずい。


『オイ! ナゼヨケル? ナグレ!』


「はあ!? 岩だぞ!」


『ハア? イワダカラダロ!』


「意味が分からねえよ!」


 また岩が持ち上がった。


 センが言いたいのは、この左腕なら壊せるということか。


 確かに、フォレストウルフを殴って吹き飛ばすだけの力はある。


 だが、飛んでくる岩を殴るなんて試したことがない。


 失敗すれば、腕だけでは済まない。


 それ以外の突破口も思い浮かばなかった。


「……やってやるよ」


 避けるのをやめ、甲殻の左拳を構える。


 蜘蛛が糸を振り抜いた。


 岩が真っすぐ飛んでくる。


「セン! 合わせろ!」


『マカセロ!』


 拳を思い切り突き出す。


「おらぁっ!」


 岩と左拳が正面からぶつかった。


 バゴンッ!


 衝撃が肩まで突き抜ける。


 それでも甲殻は砕れない。


 岩の方が耐えきれず、拳を中心に粉々になった。


 細かな破片が顔や服へ降りかかる。


『イッタダロ?』


「ああ。言った通りだ!」


 砕けた岩に絡みついていた糸が、まだ蜘蛛へ繋がっている。


 左手でその糸を掴んだ。


「これも返してやる!」


 糸へ雷を流し込む。


 青白い光が木の上まで駆け上がった。


 蜘蛛の八本の脚が大きく痙攣する。


「今度は離さねえぞ!」


 電撃を流したまま、糸を両手で掴む。


 全身の力を使って引き下ろした。


 蜘蛛がしがみついていた枝が折れる。


 巨体が枝や葉を巻き込みながら地面へ落下した。


 重い音が響き、土煙が上がる。


「いまだ!」


 こちらも地面を蹴る。


 蜘蛛はまだ痺れている。


 それでも一本の前脚を持ち上げ、俺の胸へ突き出してきた。


『ミギニヤレ!』


 センが左腕を振る。


 甲殻の前腕が蜘蛛の脚へぶつかり、突きの軌道を外へ弾いた。


 空いた胴体へ斧を振り下ろす。


「おおおっ!」


 刃が前脚の付け根へ食い込む。


 一度では切れない。


 斧を引き抜き、同じ場所へもう一度叩き込んだ。


 硬い殻が割れ、前脚が地面へ落ちる。


 蜘蛛が甲高い声を上げた。


 別の脚が横から迫る。


 避けきれない。


 甲殻の左腕で受け止めると、身体ごと横へ吹き飛ばされた。


「ぐっ!」


 地面を転がり、木の根へ背中を打ちつける。


 脇腹から激痛が走った。


 包帯の下が熱い。


 傷がまた開いたかもしれない。


 蜘蛛が残った脚で立ち上がる。


 電撃の痺れはもう抜けていた。


「まだ動くのかよ……!」


 一本失っても、脚は七本ある。


 十分すぎる数だ。


 蜘蛛が口元の牙を開き、こちらへ走り出した。


 逃げれば、また距離を取られる。


 俺は斧を握り、蜘蛛へ向かって走った。


「セン! 左は任せる!」


『オウ!』


 正面から二本の脚が突き出される。


 一本目は身体を沈めて避ける。


 二本目はセンが甲殻腕で外へ弾いた。


 蜘蛛の懐へ潜り込む。


 左拳を下から振り上げ、頭部へ叩き込んだ。


 硬い殻に亀裂が走る。


 蜘蛛の身体が浮き上がった。


「まだだ!」


 右手の斧を、亀裂へ叩きつける。


 一撃。


 蜘蛛が逃げようと脚を動かす。


 センが残った前脚を掴み、力ずくで地面へ押さえつけた。


「《リプレイ》!」


 登録していた三連続の斧振りが始まる。


 二撃目。


 斧の刃が亀裂を押し広げる。


 三撃目。


 黒い殻が砕け、刃が頭部へ深く食い込んだ。


 それでも蜘蛛の脚は動いていた。


「これで……終わりだ!」


 斧から右手を離す。


 甲殻の左手を、砕けた殻へ押しつけた。


「《雷霆魔法》!」


 至近距離から雷を流し込む。


 蜘蛛の巨体が激しく跳ねた。


 青白い光が八本の脚を走り、白い毛の隙間から煙が噴き出す。


 数秒後、蜘蛛の脚から力が抜けた。


 今度こそ動かない。


【ホワイトヘア・タランチュラを討伐しました】


【ユラのレベルが上昇しました】


【ユラのレベルが上昇しました】


【ユラのレベルが上昇しました】


【レベルが上昇しました】


【レベルが上昇しました】


【ガチャポイントを800P獲得しました】


「はぁ……はぁ……倒した……」


 蜘蛛の頭から手を離し、地面へ座り込む。


 脇腹の包帯には血が滲んでいた。


 左腕がなければ、間違いなく負けていた。


 雷霆魔法だけでも駄目だった。


 センの力と、《リプレイ》と、魔法。


 全部使って、やっと倒せた。


『カッカッ! オレヨリヨワカッタナ!』


「お前……あいつと戦ってないだろ……」


『オレノウデデ、タオシタ』


「俺の身体と魔法も使ったんだよ」


『オレガイチバン』


「はいはい。お前が一番だよ」


 センの相手をしながら、ガチャの画面を開く。


【所持ガチャポイント:1850P】


 十連を一回引ける。


 フォレストボアで50。


 ブレードディアで300。


 アーマービートルで200。


 そして、今の蜘蛛で800。


 ここへ来る前に持っていた550ポイントと合わせて、1850ポイントだ。


 これだけ強い魔物を倒した。


 ユラのレベルも4つ上がっている。


 だが、まだ安心できない。


 村へ戻って、ユラの状態を確かめる必要がある。


 もしレベルが上がっても傷が治っていなかったら、俺ができることはガチャだけだ。


「頼む……」


 十連ガチャのボタンへ指を置く。


「今度こそ、空気を読んでくれ!」


【1000Pを消費して10連ガチャを実行します】


 白いカプセルが一つずつ現れる。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 全部、白。


 四つ目も白。


 五つ目も白。


「また雑貨だけはやめてくれよ……」


 六つ目。


 七つ目。


 八つ目。


 九つ目。


 白いカプセルが並んでいく。


 最後の一つが現れた。


「……銀!」


 銀色に輝くカプセルだった。


 カプセルが割れ、中から小さなガラス瓶が落ちてくる。


 反射的に両手で受け止めた。


 透明な瓶の中には、淡い青色の液体が入っている。


【★3 上級ポーション】


「……出た」


 何度も表示を読み返す。


 見間違いじゃない。


 治癒ポーションだ。


「出た! 本当に出たぞ!」


 立ち上がった瞬間、脇腹が痛んだ。


 だが、今はそんなものを気にしていられない。


「これならユラを助けられる!」


 ポーションを《収納》へ入れ、村の方角へ走り出す。


 待ってろ、ユラ。


 今すぐ戻るからな。

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