雷霆魔法
19
出たカプセルは、金色だった。
ウインドウの中で金色のカプセルに触れる。光が弾け、すぐにリザルト画面へ切り替わった。
【★4 スキルオーブ《雷霆魔法》】
「雷霆……魔法?」
名前を読んだだけで、どんな魔法かはだいたい分かる。
雷だ。
しかも★4。
これなら、あの化け物にも通用するかもしれない。
震える指で表示を押す。
ウインドウから転がり出てきたのは、深い青色のスキルオーブだった。透き通った球体の中を、白い光が何度も枝分かれしながら走っている。
綺麗だとか、そんなことを考えている余裕はない。
俺はすぐにステータスへ画面を切り替え、スキルオーブを投げ入れた。
青い球体がウインドウへ沈み、そのまま光の粒へ変わる。
【スキル《雷霆魔法》を習得しました】
文字が表示された直後、頭の中へ魔法の使い方が流れ込んできた。
身体にある魔力を集め、雷へ変える。
発生させる場所を決め、方向を定めて放つ。
分かったのは、それくらいだ。
狙った場所へ正確に当てるには練習が必要だし、出力の調整も自分でやらなければならない。
そんな時間はない。
巨大ムカデが石壁から牙を引き抜き、再び俺へ頭を向けた。
ユラの炎を受けた片目は潰れ、黒い煙を上げている。それでも動きは止まっていない。
俺は倒れたまま、左腕を巨大ムカデへ向けた。
指が震える。
腕にも力が入らず、狙いなんてまともにつけられそうにない。
外せば終わりだ。
いや、当たったとしても、外殻の上からでは倒せないかもしれない。
ユラの《火炎魔法》でも、俺が何度も斧を叩き込んでも、こいつの外殻を完全には破れなかった。
習得しばかりだが、撃つだけならできる。
だが、ここで外せば何の意味もない。
「もっと……確実に……」
巨大ムカデがゆっくりと近づいてくる。
口の両側から伸びた牙には、俺の血がついていた。あれに挟まれれば、今度こそ身体を真っ二つにされる。
逃げたい。
今すぐ背を向けて、少しでも遠くへ行きたい。
だが、左脚はもうまともに動かない。逃げたところで、数歩も進まないうちに追いつかれる。
それに、俺の後ろにはユラがいる。
「外からじゃ……駄目だ」
硬い殻が邪魔なら、その内側を狙えばいい。
口の中へ腕ごと突っ込んで、直接撃つ。
「ははっ……恐ええな……」
自分で考えておいて、喉が引きつった。
痛いに決まっている。
運が悪ければ、魔法を撃つ前に腕を食いちぎられる。
それでも、ほかに確実にダメージを与える方法を思いつかなかった。
ガチャポイントは使い切った。斧は手の届かない場所へ落ちている。《リプレイ》も、残った魔力を雷霆魔法へ使えば発動できない。
次はない。
「やるしか……ないよな」
右手を床へつき、どうにか上半身を起こす。
巨大ムカデが頭を低くした。
来る。
俺は左腕を持ち上げたまま、一歩だけ後ろへ下がる。傷ついた脚が震え、もう少しで倒れそうになった。
「頼むから……ちゃんと食いつけよ」
牙に噛まれるのを待つなんて、どうかしている。
巨大ムカデが床を蹴った。
速い。
考えるより先に身体が逃げようとした。足が後ろへ動きかける。
逃げるな。
ここで避ければ、ユラまで食われる。
「来い!」
開かれた口が目の前まで迫る。
腐った肉のような臭いが鼻を刺した。喉の奥まで並んだ牙が見え、その向こうでは何本もの脚が床を削っている。
俺は左腕を、巨大ムカデの口へ突き出した。
肘の近くまで入った直後、上下の顎が閉じる。
骨が砕ける音がした。
「あがあああああっ!」
噛まれた腕から、今までとは比べものにならない痛みが突き上げてきた。
視界が白くなる。
無理だ。
痛い。腕を引き抜きたい。
だが、巨大ムカデの牙が食い込み、もう動かせない。
これでいい。
狙う必要もない。
俺の手は今、こいつの口の中にある。
「そのまま……食ってろ!」
残った魔力を全部、左腕へ集める。
腹の辺りに残っていた力が、一気に上へ引っ張られた。
肩を通り、肘を抜け、噛み潰された腕の先へ流れていく。血とは違う熱い何かが身体の内側を走り、左手へ集まった。
まだだ。
もっと。
出し惜しみなんてするな。
ユラが異様だと言っていた俺の精神が、魔法へ形を与える。
細かい調整なんてできない。
方向は前。
出力は、全力だ!
「《雷霆魔法》ォォォッ!」
左手から青白い雷が迸った。
ドガァァァンッ!
雷撃が巨大ムカデの口内で弾ける。
白い光が喉の奥へ突き抜け、長い胴体を一瞬で駆け巡った。
巨大ムカデの身体が跳ねる。
無数の脚が一斉に伸びきり、石床を激しく叩いた。殻の隙間から青白い光が漏れ、焦げた煙が噴き出す。
「ギィィィィィィィッ!」
耳を塞ぎたくなるような絶叫が響いた。
魔法は効いている。
硬い外殻ではなく、その中を直接焼いている。
「まだだ! 全部持っていけ!」
残っていた魔力を絞り出す。
雷撃がさらに強くなった。
巨大ムカデの長い身体が何度も跳ね、壁や床へ激突する。口の中から黒い煙が溢れ、片方しか残っていない目が大きく見開かれた。
だが、死なない。
「なんで……まだ動けるんだよ!」
巨大ムカデが頭を振った。
顎に挟まれた左腕ごと、俺の身体が持ち上げられる。
「うわっ――」
次の瞬間、巨大ムカデが力任せに身体を捻った。
左腕が強く引かれる。
肉が裂ける感触のあと、身体だけが反対側へ投げ出された。
「がああああああああっ!」
床へ叩きつけられる。
何度か転がったあと、左腕を押さえようとして右手を伸ばした。
だが、そこに腕はなかった。
左腕は、肘より少し上からなくなっている。
「まあ……こうなるよな……」
巨大ムカデの牙に、俺の左腕が挟まれていた。
切断された部分から血が流れ出す。痛みが強すぎて、身体のどこが痛いのかも分からなくなってきた。
このままでは死ぬ。
そう思った。
それでも、巨大ムカデは倒れていない。
長い身体を震わせながら、こちらへ向き直ろうとしている。
だが、さっきまでとは違う。
何本もの脚が勝手な方向へ動き、何度も身体を傾けていた。口からは煙が上がり、動くたびに殻の内側で青白い光が弾けている。
効いている。
確実に弱っている。
今しかない。
「立て……!」
右手を床へつく。
傷ついた左脚が滑り、一度目は起き上がれなかった。
「立てよ、俺!」
もう一度、右脚へ力を入れる。
立てた。
視界が揺れている。身体の左側が軽すぎて、上手くバランスが取れない。
それでも前へ出た。
狙うのは、床へ落ちた黒曜鉄の斧だ。
巨大ムカデも俺に気づいた。
全身を焼かれたはずなのに、無数の脚が一斉に床を掴む。さっきまでふらついていた巨体が、鋭く横へ動いた。
「まだ、そんなに動けるのかよ……!」
逃げる余裕はない。
俺は斧へ向かって走った。
傷ついた脚が何度ももつれる。左腕があった場所から血が飛び、石床へ赤い跡を残す。
あと少し。
右手を伸ばし、黒曜鉄の斧の柄を掴んだ。
その直後、巨大ムカデの身体が横から迫る。
「ぐっ!」
振り回された脚の先が、俺の脇腹を切り裂いた。
皮膚と肉をまとめて抉られ、身体が横へ回る。それでも、斧だけは離さなかった。
巨大ムカデの身体が目の前を通り過ぎる。
俺はその勢いに押されながら、巨大ムカデの側面へ回り込んだ。
そこには大きな亀裂があった。
ユラの炎が焼き、俺が何度も斧を叩き込んだ場所だ。
雷霆魔法を内側から受けたことで、亀裂の周りは黒く焼けている。殻の隙間から煙が上がり、その下の肉まで見えていた。
「ここだ……!」
右手だけで斧を持ち上げる。
重い。
両手で使っていたときとは、まるで違う。
腕が震え、刃先が床へ下がっていく。
《リプレイ》は使えない。
魔力は一滴も残っていない。
自分で振るしかない。
巨大ムカデが身体を捻り、俺へ頭を向けようとする。
間に合え。
斧の柄を右手で握り、肩へ担ぐ。
腕の力だけでは振れない。
腰を回し、倒れ込む勢いまで全部乗せる。
「これで終わりだあああああっ!」
黒曜鉄の斧を、亀裂へ叩き込んだ。
焼けて脆くなった甲殻が砕ける。
黒い刃が殻を突き抜け、その下の肉へ深々と食い込んだ。
「ギィィィィィィィィィッ!」
巨大なムカデが、耳をつんざく絶叫を上げた。
長い胴体を石床へ打ちつけ、俺の身体まで大きく跳ね上げる。それでも斧の柄から手を離さず、残った力で刃を押し込んだ。
「倒れろ……! 倒れろよ!」
巨大ムカデの動きが少しずつ弱くなる。
一度。
二度。
最後に長い胴体が大きく跳ね、そのまま石床へ落ちた。
無数の脚が、ばらばらに動く。
しばらく小さく痙攣したあと、一本ずつ力を失っていった。
目の前へ文字が表示される。
【タイラントセンチピードを討伐しました】
「……勝った?」
自分で口にしても、信じられなかった。
もう動かない巨大ムカデを見下ろしていると、続けて通知が表示される。
【レベルが14から15へ上がりました】
【レベルが15から16へ上がりました】
【レベルが16から17へ上がりました】
【レベルが17から18へ上がりました】
【レベルが18から19へ上がりました】
【レベルが19から20へ上がりました】
【ガチャポイントを1000P獲得しました】
【ダンジョンを踏破しました】
【称号《迷宮踏破者》を獲得しました】
大量の文字が次々と流れていく。
レベルが一気に二十まで上がった。
ポイントも千。
いつもなら、叫んで喜んでいたはずだ。
「やったぞ……」
声がほとんど出ない。
レベルが上がっても、失った腕は戻らなかった。脇腹の傷も塞がらず、足元へ血が溜まっていく。
黒曜鉄の斧から手を離す。
その途端、膝が崩れた。
「クソ……目が開かねえ……」
倒れかけた身体を、斧の柄で支える。
まだだ。
ユラのところへ行かないと。
あいつは最後に残った魔力まで使って、俺を助けてくれた。
生きているのか、確かめないといけない。
「ユラ……」
返事はない。
岩の陰で倒れたまま、少しも動いていなかった。
斧を杖代わりにして、一歩進む。
右脚を前へ出し、動かない左脚を引きずる。
たった数歩の距離が、ひどく遠い。
途中で何度も倒れそうになり、そのたびに斧へしがみついた。
「待ってろ……今、行くから……」
何を待つのか、自分でも分からない。
治す道具なんて持っていない。俺も、もう立っているのが限界だ。
それでも、ユラの隣まで行きたかった。
ようやく岩の陰へたどり着く。
斧を手放し、その場へ膝をついた。
ユラの白い髪には埃がつき、頬には細い傷ができていた。呼吸しているかも、霞んだ目ではよく見えない。
右手を伸ばし、ユラの肩へ触れる。
「ユラ……」
返事を聞く前に、右腕から力が抜けた。
身体が横へ傾く。
俺はそのまま、ユラの隣へ倒れ込んだ。




