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ダンジョン?

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 ジョーたちと別れて二日目。


 俺は昨日と変わらず、川に沿って下流へ進んでいた。


 腹が減ったら《収納》から木の実を取り出し、喉が渇けば川の水を飲む。食料に困らないのはありがたいが、話し相手がいないせいで妙に時間が長く感じる。


「今ごろ、家を壊してなかったらいいけど」


 返事はない。


 分かっていたが、少し寂しい。


 右手首の腕輪へ触れてから、足元の石を蹴った。


「……さっさと森を出よう」


 そう思っていたのだが、昼を少し過ぎた頃、川辺の泥に見慣れない跡を見つけた。


 しゃがみ込み、自分の靴と見比べる。


「これ、靴の跡だよな?」


 動物の足跡ではない。俺のスニーカーより小さく、つま先の細い靴底の跡が、川から森の奥へ続いている。


 この世界へ来てから、人が使った物すら見ていない。俺と同じ人間とは限らないが、少なくとも靴を履いて歩く何者かがいる。


 跡はまだ崩れていない。ついてから、それほど時間は経っていないはずだ。


「やっと誰かに会えるかもしれないのか」


 声が少し弾んだ。


 相手が友好的とは限らない。そのくらいは俺にも分かる。


 それでも、見なかったことにして通り過ぎる気にはなれなかった。


 俺は斧を手に持ち、足跡を追って森へ入った。


 しばらく進むと、木々の間から灰色の石が見えてきた。


 最初は大きな岩だと思ったが、近づくにつれて形がおかしいことに気づく。苔に覆われているものの、表面は平らに削られ、同じ大きさの石が何段も積み重なっていた。


「建物……だよな?」


 半分以上が土と木の根に埋もれている。


 正面には、人が二人並んで通れそうな入口があった。その先は地下へ向かっており、石の階段が暗がりの奥まで続いている。


 靴跡は、その中へ入っていた。


「なんか、ダンジョンみたいだな……」


 俺がよくやっていたRPGにも、こんな見た目のダンジョンがたくさん出てきた。


 危険なのは分かっている。こんな暗くて狭い場所、どう考えても魔物が出てくるやつだ。


 けど、こういういかにもな場所を前にして、そのまま引き返すのは少しもったいなくないか?


「よし。入口だけ見て、危なそうならすぐ戻ろう」


 自分に言い訳をして、俺は階段へ足をかけた。


 中へ入ると、壁に埋め込まれた小さな石が淡い緑色に光っていた。明るいとは言えないが、足元を見るには十分だ。


「これも魔法なのか?」


 持って帰れば、夜でも明かりに困らなくなるかもしれない。


 俺は試しに、斧の柄で光る石の周りを軽く叩いてみた。石は思ったより簡単に外れ、ころりと足元へ転がる。


 しかし、さっきまでの光は消えていた。


「ま、そううまくはいかないか」


 拾って元の穴へ押し込んでみたが、光は戻らない。手を離すと、石はまた床へ落ちた。


 しかも、一つ外したせいで階段が少し暗くなっている。


「余計なことしたな……」


 石を壁際へ寄せ、今度こそ先へ進む。


 階段を下りた先には、石造りの通路が続いていた。


 床には薄く土が積もり、小さな靴跡が残っている。途中で少し乱れているが、立ち止まった様子はない。


 俺も足跡を追おうとした、そのときだった。


 前方の暗がりから、爪が石を引っかく音が聞こえた。


 足を止め、斧を両手で構える。


 ゆっくりと姿を見せたのは、大型犬ほどもある灰色のネズミだった。背中から頭にかけて、石のように硬そうな殻で覆われている。


「お前、本当にネズミか?」


 まあ、この世界のネズミを知らない俺に聞かれても、向こうも困るだろう。


 大ネズミは前歯をむき出しにし、甲高い声を上げた。


 次の瞬間、石床を蹴って突っ込んでくる。


 真っ直ぐだ。


 俺は斧を振り上げ、頭を狙って振り下ろした。


 刃が殻へ当たり、甲高い音を立てて弾かれる。


「硬っ!?」


 両手に痺れが走り、斧を取り落としそうになった。


 大ネズミは止まらない。そのまま俺の脚へ食らいつこうと、大きく口を開ける。


「《リプレイ》!」


 身体が登録された動きをなぞり、右へ大きく踏み込んだ。


 前歯がジーパンの端をかすめる。


 大ネズミは勢い余って壁へ頭からぶつかった。だが、効いている様子はない。すぐに向きを変え、また前歯を鳴らし始める。


 どうやら自分の殻には、かなり自信があるらしい。


「そっちが硬いなら……」


 《収納》から果物ナイフを取り出す。


 頭も背中も無理なら、狙う場所は一つしかない。


 大ネズミが再び走り出した。


 俺は通路の端で待ち構え、ぶつかる寸前で横へ逃げる。すぐそばを通り過ぎる大ネズミの腹が見えた。


「《リプレイ》!」


 果物ナイフが手を離れる。


 再現された投擲は、大ネズミの殻の隙間――前脚の付け根へ突き刺さった。


 大ネズミが甲高い悲鳴を上げ、床を転がる。暴れる身体の下に見えた腹には、やはり殻がない。


 俺は斧を両手で持ち直し、起き上がる前に振り下ろした。


 今度は弾かれなかった。


 斧の刃が腹へ食い込み、大ネズミの身体が大きく跳ねる。


 しばらく前脚が床を引っかいていたが、やがて動かなくなった。


 少し遅れて、討伐とガチャポイントの獲得を知らせる文字が表示される。


「最初から腹を狙えばよかったな……」


 痺れの残る手を振りながら、果物ナイフを引き抜く。


 刃には小さな欠けもない。血を拭って《収納》へ戻してから、念のため通路の前後を見回した。


 ほかに何かが近づいてくる音はない。


 それを確認して、ようやく息を吐いた。


 ジョーたちと一緒にいたときは、背中を任せられた。複数のフォレストウルフに囲まれても、自分の目の前だけに集中できた。


 けど、今は違う。


 この一匹と戦っている最中に、後ろからもう一匹来ていたら。それだけで、たぶん俺は無事では済まなかった。


 仲間がいなくなったのは、思っていた以上にきつい。


「一人でダンジョンに入るとか、やっぱり馬鹿だったか……?」


 入口なら、まだそれほど遠くない。


 今なら戻れる。


 俺は通路の奥へ続く靴跡を見た。


 ここまで魔物に襲われた跡はない。足跡の主はうまく避けたのか、それとも倒さずに先へ進めるほど強いのか。


 どちらにしても、戻ってきた足跡がないのが気になる。


「もう少しだけなら……いいよな」


 誰に確認しているのか、自分でも分からない。


 人に会いたい。


 足跡の主人がどんな相手なのかも確かめたい。


 それに――。


「……やっぱり、ダンジョンってやつはロマンだろ」


 小さく呟き、俺は斧を握り直した。


 怖いものは怖い。


 それでも好奇心には勝てず、俺はさらに奥へと進んだ。

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