↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/30

旅立ち

10


 次の日の朝、目が覚めるとジョーの姿がなかった。


「あれ? ジョーは?」


「ウキィ」


 パンが洞の外を指さす。


 食べ物でも探しに行ったのかと思ったが、しばらくすると下のほうから枝の揺れる音が聞こえてきた。


 戻ってきたジョーが持っていたのは、俺が置いてきた鉄の斧と果物ナイフだった。


「拾ってきてくれたのか。助かった」


「ウキッ!」


 ジョーは得意そうに斧を差し出した。


 受け取ろうとしたところで、ジョーの指に力が入る。斧の柄がミシッと嫌な音を立てた。


「待て待て! 離せ! それ以上は折れる!」


「ウキッ!?」


 慌てて手を離したジョーが、斧と自分の手を見比べる。


 あのスキルオーブを使ってから、ジョーの身体は一回りどころか二回り以上大きくなった。力も、本人が思っているよりずっと強くなっている。


 昨日は戦いの最中だったから気にならなかったが、普段の生活となると話は別らしい。


「まあ、壊れてないから大丈夫だ」


「ウキィ……」


「そんなに落ち込むなって。慣れれば何とかなるだろ」


 たぶん。


 俺は斧を《収納》へ入れた。


「ウキュッ?」


 隣で見ていたアブーが、俺の手をつかんで裏返した。


「ないぞ」


「ウキュ?」


「ここにも隠してない」


 今度は服の裾を持ち上げようとしてくる。


「やめろって。服の中にもないから!」


「ウキュキュッ!」


 アブーは信じていないらしい。


 パンに尻尾を引っ張られ、ようやく俺から離れた。


     ◇


 それから数日、俺はジョーたちの住処で世話になった。


 脇腹の傷はまだ痛んだが、ポーションが効いたのか、日に日に楽になっていった。


 ただ、少しくらい動いても平気だろうと立ち上がるたびに、パンに止められた。


「水を飲みに行くだけだから」


「ウキィッ」


「すぐそこだって」


「ウキィッ!」


「……はい」


 ジョーよりパンのほうが怖い。


 大人しく座り直すと、パンは満足したらしく、木の実を一つ渡してきた。


 赤くて小さな木の実だ。


 前にも食べたことがある。少し酸っぱいが、腹を壊したりはしない。


「ありがと」


「ウキィ」


 俺はそれを口へ放り込んだ。


 次の瞬間、舌が痺れた。


「うぐっ!?」


 渋すぎる!


「ウキュキュキュッ!」


 アブーが腹を抱えて笑っている。


 よく見ると、前に食べた木の実より少しだけ色が濃い。


 こいつ、わざと混ぜたな。


「アブー……」


「ウキュッ!」


「傷が治ったら覚えてろよ」


 立ち上がろうとしたが、脇腹が痛んで動けない。


 アブーは俺の手が届かない枝まで逃げると、尻を向けて振ってきた。


「くそっ……」


 パンはアブーを叱っていたが、口元を押さえている。


 絶対、笑っているだろ。


 ジョーはというと、新しい力にかなり苦戦していた。


 木の実を取ろうとして枝ごと折り、地面へ下りようとして着地した場所をへこませる。水を飲もうと木の器を持てば、指の形に割れた。


「ウキィ……」


「またやったのか」


 ジョーは壊れた器を両手に乗せ、しょんぼりしていた。


 力を手に入れたときはあれだけ喜んでいたのに、今では何かに触るたびに怖がっている。


 試しに拳を合わせようとしても、途中で手を止めてしまった。


「大丈夫だって。ゆっくりなら壊れない」


「ウキィ」


「ほら」


 俺が拳を出すと、ジョーも恐る恐る拳を近づける。


 ほんの少し触れただけで、すぐに離れた。


「できただろ」


「ウキッ」


「次は木の実だな。握るんじゃなくて、指先で持ってみたらどうだ?」


 何度か潰したものの、五個目でようやく成功した。


 ジョーは無事だった木の実を高く掲げる。


「ウキィッ!」


「それくらいで喜ぶなよ」


 そう言いながら、俺も手を叩いた。


 ジョーは嬉しそうに木の実を口へ放り込み、噛んだ瞬間に顔をしかめた。


 さっき俺が食べたのと同じやつだ。


「ウキュキュキュッ!」


 またアブーが笑っている。


「お前、俺だけじゃなくて父親にもやるのな」


     ◇


 四日目には、斧を振っても脇腹が少し引きつる程度まで回復した。


 パンは嫌そうな顔をしていたが、ジョーと一緒に行くことを条件に、狩りへ出るのを許してくれた。


「無茶はしないから」


「ウキィ」


「日が暮れる前には戻るよ」


「ウキィッ」


「分かってるって」


 たぶん、同じことを何度も言われている。


 言葉は分からなくても、こういうときは何となく伝わるものだ。


 ジョーとの狩りは、最初からうまくいったわけではなかった。


 ホーンラビットを見つけたジョーが地面を蹴った瞬間、土が大きくえぐれた。


 勢いよく飛び出したジョーは獲物を追い越し、そのまま木の幹へ両手をつく。


 太い木が大きく揺れ、上から葉と木の実が降ってきた。


「力を入れすぎだ!」


「ウキッ!」


「声もでかい!」


「ウ、ウキィ……」


 ホーンラビットはとっくに逃げていた。


 次はジョーに獲物を追わせ、俺が逃げ道で待ち伏せした。


 だが、ジョーが近づくだけで獲物が怯え、予想と違う方向へ逃げてしまう。


 三度目でようやく、茂みから飛び出したホーンラビットを仕留められた。


〖ホーンラビットを討伐しました〗


〖ガチャポイントを20P獲得しました〗


「よし!」


「ウキッ!」


 ジョーが手を上げたので、俺も上げかけて止めた。


「いや、今のお前とハイタッチするのは怖いな」


「ウキィ……」


「落ち込むなって。拳ならいいから」


 互いの拳をゆっくり合わせる。


 今度のジョーは、俺が押されたと感じないくらいまで力を抑えていた。


「うまくなったじゃないか」


「ウキッ!」


 それから何度か狩りへ出た。


 俺が獲物の逃げる方向を読み、ジョーが遠くから回り込む。言葉は通じなくても、同じことを繰り返せば少しずつ動きが合ってきた。


 ジョーも力任せに飛びかからなくなった。


 とはいえ、失敗がなくなったわけではない。


 獲物を追い詰めたあと、退路を塞ごうとして倒木を持ち上げ、そのまま投げたこともある。


「塞ぐだけでいい! 投げなくていいから!」


「ウキッ!?」


 倒木は獲物の頭上を越え、遠くの茂みへ突っ込んだ。


 当然、獲物には逃げられた。


     ◇


 その日の帰り道だった。


 前を歩いていたジョーが、急に足を止めた。


「どうした?」


「ウキィ……」


 低い声だった。


 ジョーが俺を背中へ隠すように前へ出る。


 少し遅れて、茂みの奥から唸り声が聞こえた。


 姿を現したのは、四匹のフォレストウルフだった。


「こいつら……」


 グレーターウルフとの戦いで逃げた四匹だ。


 ボスを失って、どこかへ逃げたと思っていた。それが、また戻ってきたらしい。


 四匹とも俺ではなく、ジョーを見ていた。


 前に戦ったときとは姿が変わっていても、同じ相手だと分かるのだろうか。


 フォレストウルフたちはすぐには飛びかかってこなかった。


 唸りながら少しずつ広がり、俺たちを囲もうとしている。


 斧へ手を伸ばす。


 だが、ジョーが片腕を出して俺を止めた。


「一人でやるつもりか?」


「ウキッ」


「四匹いるぞ」


「ウキキッ!」


 ジョーは前へ出た。


 フォレストウルフの一匹が横から飛びかかる。


「ジョー!」


 ジョーは振り返らず、片手でその首をつかんだ。


 以前なら、そのまま握り潰していたかもしれない。


 しかし、ジョーはフォレストウルフの勢いだけを止めると、身体をひねって地面へ叩きつけた。


 一撃だった。


 残る三匹が同時に動く。


 ジョーが両腕を振ると、風が弾けた。


 正面の二匹が地面を転がる。


 最後の一匹は風を避け、ジョーの脚へ噛みつこうとした。ジョーは足を引き、空振りした頭を上から押さえつける。


 地面にひびが入った。


 フォレストウルフは動かなくなった。


「ウキィッ!」


 起き上がった二匹へ、ジョーが突っ込む。


 一匹は片腕で殴り飛ばし、もう一匹には肩からぶつかった。


 まともな戦いにもならなかった。


 四匹のフォレストウルフは、ジョー一人に何もできず倒された。


「……強くなりすぎじゃない?」


「ウキッ!」


 ジョーがこちらを振り返る。


 少し得意そうな顔をしたあと、倒したフォレストウルフと自分の手を見た。


 また怖くなったのか、表情が曇る。


「ちゃんと力を抑えられてたぞ」


「ウキィ?」


「俺を止めたときも、痛くなかった。前よりずっとうまくなってる」


 ジョーは自分の手を何度か開閉した。


 それから拳を差し出してくる。


 俺が拳を当てても、痛みはなかった。


「ウキッ」


「ああ。これならアブーを抱いても大丈夫だろ」


 ただし、いきなり抱くのはやめたほうがいい。


 あいつなら面白がって逃げそうだ。


     ◇


 さらに数日が経った。


 傷はほとんど塞がり、走っても斧を振っても痛まなくなった。


 ガチャポイントもかなり貯まった。


 そのわりに、上がったレベルは一つだけだった。


「やっぱり、弱い相手ばかりだからか?」


 倒した数だけなら少なくない。


 だが、ホーンラビットや少数のフォレストウルフでは、今の俺には経験値が入りにくくなっているのかもしれない。


 ガチャポイントは相手の強さで決まった量が手に入るが、経験値にはレベル差が関係する。


 断言はできないものの、今のところはそう考えるのが自然だった。


「いつまでもこの辺りで狩ってても、強くはなれないか」


 傷も治った。


 食料もある。


 ここを出るなら、今だ。


     ◇


「そろそろ行くよ」


 俺が荷物をまとめ始めると、ジョーたちにも意味が伝わったらしい。


 アブーが俺の脚へしがみついた。


「歩けないって」


「ウキュー……」


「そんな声を出すなよ。また来るから」


 いつ戻れるのかは分からない。


 それでも、これで最後だとは思いたくなかった。


 ジョーがアブーを持ち上げる。


 以前と違い、指でつまんだりはしない。両手でそっと抱えていた。


 アブーは少し驚いた顔をしたあと、ジョーの腕へしがみついた。


「うまくなったな」


「ウキッ」


 ジョーが嬉しそうに頷いた。


 住処を出る前に、ジョーとアブーが木の実をたくさん集めてくれた。


 一人では持ちきれない量だったが、《収納》へ入れれば問題ない。


「こんなにもらっていいのか?」


「ウキッ!」


「ウキュッ!」


「助かるけど、お前たちの分までなくすなよ」


 最後にパンが近づいてきた。


 その手には、小さな腕輪が載っていた。


 細く削った木片を、蔓でつないで作ったものらしい。木片の一つ一つに葉の模様が彫られている。


「これ、パンが作ったのか?」


「ウキィ」


 パンは俺の右手を取り、腕輪を手首へ通した。


 少し不格好で、木片の大きさも揃っていない。


 だからこそ、パンが自分で作ったのだと分かった。


「……ありがとう。大事にするよ」


「ウキィ」


 パンが俺の手首を一度だけ撫で、手を離した。


 俺たちは川まで一緒に歩いた。


 ここから先は川に沿って進むつもりだ。下流へ行けば、いつか森の外へ出られるかもしれない。


「見送りはここまででいいよ。あまり住処から離れるな」


「ウキッ」


 ジョーが右手を差し出した。


 拳ではない。


 俺も手を出し、その大きな手を握る。


 前なら、指を折られないか不安になっていたところだ。


 けれど、ジョーの手から返ってきた力は弱すぎず、強すぎなかった。


「もう大丈夫そうだな」


「ウキッ」


「家族を守れよ」


「ウキッ!」


「あと、家を壊すなよ」


「ウ、ウキッ」


 返事が少し遅れた。


 本当に大丈夫か?


 俺が手を離そうとした、そのときだった。


〖称号《森精霊の友》を獲得しました〗


「え?」


 目の前に文字が表示される。


〖森精霊の友〗


〖森精霊から友として認められた者に与えられる称号〗


〖効果:獲得経験値増加・弱〗


「森精霊……?」


 俺はジョーたちを見る。


 三匹とも、何のことか分かっていない顔で首を傾げていた。


「お前たち、ただのサルじゃなかったのか?」


「ウキッ?」


「いや、違う。悪口じゃないぞ」


 別れ際に余計なことを言った。


 慌てて言い直す俺を見て、アブーが笑い始める。


「お前は最後までそれかよ」


「ウキュキュッ!」


 俺も笑い、もう一度ジョーの手を握り直した。


「じゃあ、今度こそ行ってくる」


「ウキッ!」


 ジョーが力強く返事をする。


 これで終わりだ。


 手を離し、背中を向けようとした。


「ウキィ……」


「ん?」


 ジョーが俯いている。


 大きな目から、涙がぼろぼろとこぼれていた。


「お、お前……泣いてるのか?」


「ウキッ!」


「いや、泣いてないって顔じゃないだろ。それ」


 ジョーは何度も目元を拭うが、涙は止まらない。


「泣くなよ。また来るって言っただろ」


「ウキィ……ウキィィ……」


「だから、泣くなって。俺まで……」


 声が詰まった。


 まずい。


 我慢しようとしたが、ジョーが鼻をすすった瞬間、こっちも一気に駄目になった。


「うおおおおっ! ジョーぉぉぉ!」


「ウキィィィィッ!」


 俺はジョーの腹へ抱きついた。


 ジョーも俺の背中へ腕を回す。


 一瞬だけ身構えたが、痛くない。


 身体の大きさは変わっても、抱きしめ方はちゃんと覚えたらしい。


「絶対また来るからな! お土産いっぱい持ってきてやるから!」


「ウキィッ! ウキィィッ!」


「家、壊すなよ! 戻ってきて住処がなくなってたら怒るからな!」


「ウキィィィッ!」


「あとアブーをちゃんと叱れ! あいつ、絶対また変な木の実を食わせるぞ!」


「ウキュキュキュッ!」


 横でアブーが腹を抱えて笑っていた。


「笑うな! 別れってのは寂しいんだよ!」


「ウキュキュキュキュッ!」


「こいつ……!」


 捕まえようにも、ジョーに抱きしめられていて動けない。


 パンはそんな俺たちを止めようともせず、口元を緩めて見ていた。


「パンも笑ってないで、こいつを叱ってくれよ!」


「ウキィ」


 パンはアブーの頭を軽く叩いた。


 だが、その顔はまだ笑っている。


 俺とジョーはしばらく抱き合ったまま泣き続けた。


 先に離れたのは俺だった。


「……もう行かないと、本当に行けなくなる」


「ウキィ……」


「そんな顔するなって。また会える。絶対だ」


 涙と鼻水を服の袖でまとめて拭う。


 ジョーも腕で顔をこすったせいで、頬の毛がぐちゃぐちゃになっていた。


「ひどい顔だぞ」


「ウキィ」


「俺も? うるさい」


 言葉は分からないはずなのに、たぶん同じことを言われた気がした。


 俺は三匹へ向けて、もう一度手を振った。


「じゃあな!」


「ウキィッ!」


「ウキィ!」


「ウキューッ!」


 三匹が手を振り返す。


 俺は川沿いを歩き始めた。


 少し進んでから振り返る。


 三匹はまだ同じ場所に立っていた。


 ジョーは目元を拭いながら、こちらへ手を振っている。


 それを見たら、また涙が出てきた。


「もう帰れよー! また泣くだろー!」


「ウキィィッ!」


 ジョーの声が返ってくる。


 アブーはまだ笑っていた。


 パンはそんな二匹の間で、静かに手を振っている。


 俺は腕輪へ一度触れてから、前を向いた。


 次に振り返ったときには、三匹の姿は木々に隠れて見えなくなっていた。


 一人で歩く森は、さっきまでよりずっと静かだった。


 また泣きそうになり、鼻をすすって無理やり飲み込む。


 もう十分泣いた。


 食料もある。武器もある。少しは強くなった。


 それに、この森には友達がいる。


「……よし、行くか」


 俺は斧の位置を直し、川の下流へ向かって歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。