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第98話

 剣を突き立てられたのではないか。


 そう思うほどに鋭い視線。


 それを受けてなお、ユリウスは涼しい表情を浮かべていた。


 恐怖も、動揺もなく。


 きわめて冷静に状況と向き合っているように見えた。


「罪人の護送にしては、拘束がぬるい……ですか」


 ふと彼は微笑みを浮かべる。


「私は人間の常識に疎いですからね」


 まるで雑談のような調子。


 だが、2人の間には張り詰めた空気が漂っている。


「念のために確認しておくと、レディのエスコートとしてはどう思われますか?」


 そしてついに、ユリウスは宣言した。


 私を――エレナを罪人として運んでいるわけではないのだと。


 言外にそう伝えた。


 それは実質的に敵対の宣言でもある。


「そうだな。人間の常識から考えると、エスコートする相手を間違えていると言わざるを得ないな」


 彼もユリウスの言わんとしていることを理解できているのだろう。


 より視線に込められた殺気が増していく。


 少なくとも友人に向ける類の目だとは思えなかった。


 あれは騎士として、逆賊へと向ける目だ。


(想定しておくべき事態だった)


 後悔する。


 そうだ。


 いつだって私は想定が甘いのだ。


 この状況は決して、まったく予期できない事態ではなかったはずなのだ。


(今の情勢を考えたら、聖王国がユリウスを探すことも、その使者がロイであることも当然のことなんだから)


 魔王リュートを倒した4人。


 聖王国側としては全員が揃った状況で戦争に望みたいのは自然な思考。


 そしてノアとアレンは王族であるがゆえに、簡単にエルフの森へと行くことはできない。


 比較的動きやすく、ユリウスと滞りなく関係をつなげるのはロイだけなのだ。


 ゆえに私たちが聖王国を目指す以上、彼と出くわす可能性というものをもう少し警戒しておくべきだった。


「ユリウス」


「はい」


 有無を言わさぬ圧力のこもった声。


 それを受けても、ユリウスの態度にぶれはない。


 年季……ということなのだろうか。


「今のお前の言動。手違いではないという解釈で問題ないのか?」


 ロイの手が腰の剣へとかけられる。


 返答次第では斬る。


 そう示すように。


「その解釈というものが、私が彼女の正体を把握したうえで聖王国に連れていこうとしている――と言うことを指すのであれば、間違いありませんよ」


 ユリウスは言説を駆使しない。


 あえてなのだろうか。


 正面から彼の問いかけを肯定した。


「なるほど……」


 ロイが静かに息を吐く。


 深呼吸。


 それを彼が冷静になったなどと誤解はしない。できない。


 あれは助走だ。


 より強い殺気を戦闘に注ぎ込むための準備なのだ。


「エルフであるお前とは価値観こそ違えども、根底の倫理観は共有できていると思っていたのは俺の勘違いだったわけだ」


 ロイが緩慢な動作で剣を抜く。


 最後の猶予のように。


 考え直したのなら、今のうちに言え。


 そんな彼の意志が伝わってくる。


「厳密にいえばエルフは聖王国の民ではないのですから、聖王国の基準で国家反逆罪に問われるのは不本意なんですがね……」


 それに対するユリウスの返答は――応戦。


 彼は背負っていた弓と矢を両手に掴んだ。


「安心しろ。罪人としてお前を斬るつもりはない。友人としてお前の目を覚まさせるだけだ」


 馬上でロイが剣を構える。


「その女を崖下に落とす準備をしておけよ、ユリウス」


「仕方がありませんね」


 ユリウスがため息を漏らす。


「エレナさん。少し降りていてください」


「はい……」


 私が馬に乗っていては動きが鈍ってしまう。


 だから私はユリウスの言葉に従い、拙い動作で馬から降りた。


 細い山道。


 片側は壁。もう一方は崖。


 そんな戦場と呼ぶには狭いフィールドで2人の英雄が向き合った。


「貴方と事を構えるつもりではなかったのですが」


「俺も、そのつもりだったのだが残念だ」


 それが戦いが始まる前に交わした最後の言葉だった。


「「ッ……!」」


 示し合わせたようなタイミング。


 2人は同時に動き出す。


 距離を詰めたいロイは前身。


 間合いを保ちたいユリウスはその場での迎撃。


 両者がそれぞれのスタイルで戦いに身を投じてゆく。


「……すごい」


(豪雨の山中で……しかも馬に乗ったまま戦うだなんて)


 豪雨。悪い足場。馬上。そして戦闘。


 どれか1つでも緊張を強いられるようなものをいくつも並行している。


 私にはそれがどれほどの神業なのか想像もできない。


「さすが騎士というわけですね。騎馬戦もお手の物ですか」


 そう言いながらも、ユリウスは次々に矢を放つ。


 淀みも無駄もないその動きは、ある種の芸術性さえ感じさせる。


「こういった戦いは、動物と意思疎通できるエルフのほうが優位だと自負していたのですが」


「お前こそ、弓兵でありながらこの間合いでここまで凌ぐか……!」


 だが、それはユリウスだけではない。


 馬上で。それも前進しながら迫りくるすべての矢を剣一本で叩き落すロイの技能も常識を超えている。


 これがリュートを倒した英雄同士が戦うということ。


 しかし――


(ロイが押してる……)


 おそらくそれは優劣ではなく相性だ。


 現実なら、射程の長い弓矢は剣に対してかなり優位に立ち回れるだろう。


 しかしこの世界では、矢を目視できる動体視力の持ち主はそれなりにいる。


 ロイほどの実力者となれば、向きも出処も分かっている矢を弾くことなど容易いことなのだ。


(盾役になれる人がいたら話は変わったんでしょうけど……私とリリじゃロイの足止めはできない)


 ここが平地であれば話は変わったのかもしれない。


 素早く動き回りながら、ロイに距離を詰めさせない立ち回りもできただろう。


 しかしこの濡れた岩場がそれを許さない。


 徐々に2人の間合いは縮まっていた。


(どうすれば……!)


「さすがですね。このままでは分が悪い」


 そう微笑むユリウス。


 彼の表情から余裕は消えていない。


 しかしそれは真実なのか。


 不利を悟らせないためのハッタリなのか。


「分かったのなら――」


「ですので。少しズルをしましょうか」


 あと少しで剣の間合いになってしまう。


 そんな距離までロイが距離を詰めたとき。


 ユリウスはそう宣言した。


「『――――』」


 ユリウスの口から発せられた言葉。


 それは――聞き取れなかった。


 聞こえなかったわけではない。


 ただ、私たちが知る言語ではなかったのだ。


「なに!?」


 瞬間、ロイに異変が起きた。


 おや、異変が起きたのはロイではない。


「馬が暴れ出した……!?」


 ロイの下――彼が乗っていた馬だ。


 馬が急に暴れだしたのだ。


(そうか……! エルフは人間よりも自然に近い種族で、動物と心を通わせることができる)


 今のはおそらくエルフが扱う言語の1つ。


 それを用いて、彼はロイを乗せている馬に語りかけたのだ。


(このままロイが乗っている馬を制御不能にしてしまえば……!)


「貴方の頑丈さなら、きちんと備えれば着地も問題ないでしょう」


 馬の制御に手間取るロイ。


 そんな彼へとユリウスは語りかける。


 すでにここは山の中腹を越えている。


 しかも山道から見える斜面は急で、もはや転がることさえできずに落ちるところまで落ちてしまう角度だ。


 普通の人間なら間違いなく死ぬ。


 しかし多くの修羅場を潜り抜けたロイならば、それに耐えられるだけの肉体強度がある。


 それは仲間として戦ってきたが故の信頼なのだろう。


「今、貴方に捕まるわけにはいかない」


「くっ……!」


 そしてついに、ロイの馬が前足を大きく振り上げた。


 大きく後方に傾くロイの体。


 そのまま彼は馬上から投げ出される。


 ――彼の足元に地面はない。


 あるのは暗い崖だけ。


(ロイを崖から落とした……!)


 ロイは優れた騎士だ。


 しかし魔術は使えない。


 だから空中に放り出されたこの現状を覆せない。


 重力という世界の摂理に従うしかない。


「……るな」


 そんな状況の中。


 ロイが怒りの声を漏らす。


「ふざけるなッ……!」


 いくらロイが頑丈とはいっても限度はある。


 落下することが避けられない以上、着地のために全霊を注がなければならないはず。




 そんな状況で――彼の視線が私を貫いた。




 振り抜かれる剣。


 強烈なスイングが突風を巻き起こす。


 鍛え上げられた肉体から放たれる絶技。


 しかしそれは相手に直接ダメージを与えられるような技ではなかった。


 本来なら。


 そして、


「なッ……!?」




 そして、風圧で私を崖へと押し出すことくらいはできるものだった。




 足場が悪かったせいか。雨で濡れて地面が滑りやすくなっていたせいか。


 私の体は風圧に弾かれ、容易く山道から道を踏み外す。


 気づいたときにはもう、私の足元に地面はなかった。


「エレナさん!」


 必死なユリウスの声。


 それだけで事態がどれほど深刻なのか分かるというものだ。


「え――」


 だがどうにもならない。


 手も足も。


 もはや地面には届かないのだから。


 私の体はすでに崖を落ち始めていた。




「お前だけは、刺し違えてでもこの場で殺す」

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