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第7話

「エレナちゃんっ。捜査開始ですねっ」


 そんな宣言とともにリリは虫眼鏡を構えていた。


 現在進行形で濡れ衣を着せられかけているわけだが、彼女に気負いはない。


 案外、私を元気づけるためにあえて明るく振る舞っているのかもしれないが。


「ところで、リリって戦えるの?」


 リリにそう問いかけた。


 ゲーム内の設定と差異があるのかを知りたかったのだ。


「えっと……戦いはちょっと苦手で」


 リリの目が左右に泳いでいた。


 彼女は恥ずかしそうに頬を掻いている。


「……よね」


(シナリオ初期のリリって、ほとんど戦力にならないのよね……)


 聖魔のオラトリオはRPGのようにマップを移動しながら戦う探索パートと、ノベル形式で物語を進めるシナリオパートが存在していた。


 そこで問題となるのが、いわゆるキャラ性能だ。


 端的に言ってしまえば、リリ=コーラスの戦闘力はかなり低いのだ。


 攻撃性能はほぼゼロ。唯一の長所である回復魔法もそこそこ止まり。


 そんな性能が終盤まで続くのだ。


(シナリオ終盤になればリュートにも負けないチートキャラになるんだけどね)


 彼女の戦闘力が低い理由は、おそらくパーティメンバーである攻略対象が強すぎるためだろう。


 なにせ片方は前作のラスボスなのだから。


 主人公まで強かったらゲームバランスが崩壊してしまう。


(まあ……私のほうがお荷物なんだけど)


 ちなみに私の戦闘力も皆無だ。


 厳密に言えばエレナ=イヴリスは特殊な条件下ではボス相当の強さを持っている。


 しかし、そのどれも今の私には使えないものだ。


 もちろん一般的社会人でしかなかった私が剣を振って戦うなんてできるはずもない。


 つまりこのパーティは荒事になった時点で壊滅濃厚なのだ。


(ゲーム通りに攻略すると戦闘になっちゃうわよね)


 初期シナリオなので、相手は苦戦するような強さではない。


 だが、それでも私には荷が重い。


(いえ、誰の手も借りずに解決しようとするからいけないのよ)


 だから私は考えを変える。


 原作の知識は活かす。だが、頼りきってはいけない。


 シナリオに沿うように行動するか否かの取捨選択は必須だ。


(リュートが言いたいのは、あくまで彼に頼りきって疑惑を逃れても意味がないということ)


 魔王という権威を利用して疑惑を抑えてしまえば、本当の信頼は得られない。


 私自身で行動して、自身の潔白を証明する必要がある。


 そうして初めて、私は自分の価値を周囲に示すことができる。


(逆に言えば、助力を得られるだけの証拠を集めてから協力を求めるのは問題がないってこと)


 客人という理由で特別扱いを受ければ反発を生む。


 なら、周囲を動かせるだけの説得力のある証拠を手にすればいい。


「あの……まずはセラさんに話を聞いてみますか?」


 私が考え込んでいたからだろう。


 リリが心配そうにこちらの顔を覗き込んでいた。


「セラ……?」


 聞いたことのない名前だ。


 私が話を飲み込めていないことを察したのだろう、リリが付け加える。


「えっと、私に紅茶を渡してきた方です」


「ああ……」


 リリに絡んでいたメイドの名前だったらしい。


(ゲームで名前が出てきてなかったから知らなかった)


 きっと、私はまだどこかでゲーム気分が抜けていなかったのだろう。


 考えてみれば当然の話だ。


 私が知らなくても、ゲームで語られていなくても、彼女たちにも等しく名前がある。


 この世界がたとえゲームと瓜二つでも、現実なのだから。


「そうね。じゃあ、彼女を監視しようかしら」


「話は聞かないんですか?」


 リリが聞き返す。


 たしかに本来であれば、彼女にも事情を聞くのが定石だろう。


「私たちに、正直に話してくれると思う?」


「うっ」


 リリが言葉を詰まらせる。


 そもそも、今頃すでにアンネローゼがあのメイドから話を聞いているはず。


 地位や信頼のある彼女のほうが、私たちよりうまく聞き出せるはずだ。


 だからここは、原作ファンらしく別ルートで真相に迫らせてもらう。


「証拠品の処分、共犯者、その他いろいろ。彼女の動向を監視することで見えてくることもあるはずよ」


 私はもっともらしい説明をする。


 実際のところは、イベントの流れを知っているから決定的な場面と出会えるタイミングを把握しているだけなのだが。


「なるほどっ」


 リリからの純粋な尊敬がちょっとだけ申し訳ない。


 私は思いきりカンニングしているのだから。


「それじゃあ、せいぜい案内してもらいましょうか」


 とはいえ、長々と疑惑をかけられるのも気分が悪い。


 私はにやりと笑う。


「――真犯人の下に」


 さっさと事件を終わらせてしまおう。


「はいっ! ……って、真犯人がいるんですかっ!?」


 リリの悲鳴じみた驚愕の声が響いた。







「夜になっちゃいましたね」


 リリがそう漏らす。


 なんの収穫も得られなかったせいか、リリは少し残念そうな表情を浮かべている。


「やっぱり、ここで隠れて待っているだけじゃダメなんじゃ……」


 リリが身じろぎをすると、茂みがかさかさと音を鳴らす。


 私たちはあれから庭園に潜伏し続けていた。


 草花に隠れ、城からの出入りを監視していたのだ。


「城の中には人目があるから妙な行動はできないはずよ。行動を起こすなら、城から出るはず」


 もし私たちに姿を隠す手段や、変装の技術があるのならあのメイド――セラを尾行してもよかった。


 だが現実としてそんなことをしてしまえば、私たちが動いていることが露見してしまう。


 前提として、私たちを嫌っている者は城内に多い。


 仮にセラ自身に気付かれなくとも、誰かから密告される可能性も高い。


 だから彼女を追いかけまわすような行動はとれなかったのだ。


「夜になれば誰にも見つからずに行動できるわけだし、ここからが本番ね」


 私はそうリリに笑いかける。


 ――実のところ、事態が動くのが城の外であることも、夜になってからだということも原作知識で分かっていた。


 リリには悪いが、わりと気楽に構えていたおかげで私の疲労感は少ない。


「あ、ターゲットが移動を始めましたっ」


 リリが小さく声を上げ、前のめりになる。


 彼女の視線を追えば、私服姿になったセラが城の裏口から外に出ていた。


 その様子は周囲を警戒しているように見える。


「……ちょっと楽しそうね」


 私はリリの横顔を見て、思わずそう口にした。


 原作シナリオを知っている私が緊張しているというのに、これから何が起こるかも分かっていないリリが楽しそうというのも奇妙な状況だ。


「えへへ……」


 照れ笑いをするリリ。


 このあたりはさすが主人公というべきか。大物である。


「あんなところまで、どうしたんでしょうか?」


「見られたくないことでもあるのかもしれないわね」


 セラが行動を始めたことで、私たちも庭園の茂みを利用しながら移動する。


 音をたてないように。


 向こうが突然振り返ってもいいように。


 最大限の警戒心を持って、セラの足取りを追う。


「でもあっちには、もう使われていない物置小屋くらいしかなかったはずですけど」


 リリが言うことは正しい。


 だからこそ、誰にも密会を見られたくない彼女たちには都合が良かったのだ。


 実際、原作シナリオがなければ私もこんなところに行こうと思わなかっただろうから。


「止まって」


 例の物置小屋が近づいてきたころ。


 私は手でリリの動きを制する。


「誰か……います」


 茂みからセラの後ろ姿を覗いていたリリがわずかに目を見開く。


 セラが向かった物置小屋。


 その陰からもう1人の人物が現れたのだ。


(私が、あの場で犯人を捕まえようとしなかったのには理由がある)


 原作を知っている私は、当然だが今回の事件の犯人を知っている。


 なのに、あの場でなぜ指摘しなかったのか。


 その理由は――確信が持てなかったからだ。


(彼女はゲームにおいて名前を与えられず、立ち絵もなかった)


 セラの名前を私が知らなかったように。


 私は犯人の顔も名前も知らなかった。


 彼女はあくまで、今回の事件でしか登場しないキャラだったから。


 人違いの可能性を危惧して見逃すしかなかった。


(私が犯人について知っていたのは)


 とはいえ、ある程度の目星がついていたのも事実。


 ゆえにこれは答え合わせなのだ。


 原作において犯人と同じ行動をしていた彼女が、本当に犯人だったのかを確かめるための。




(――彼女が、あの茶会でリリに拘束魔術を放った人物だということだけだったから)




 セラと対峙していたのはアンネローゼの茶会に参加していた令嬢の1人――リリを魔術で拘束して、最初に彼女への疑惑を表明した女性だった。

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