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第8話

 セラの前で、紫髪の令嬢があくどく微笑んでいる。


 その容姿は『派手』と評する他ない。


 派手ながらも品のあるアンネローゼと違い、こちらは毒々しさが勝っているというか――あえて言葉を選ばなければ、少し品がないように思えた。


 まさか、作中ではモブ扱いだったキャラがあそこまでケバケバしい容姿だとは。


 まあ、婚約者としての地位を確立するために目立ちたいという意図も分からなくはないけれど。


(さすがにリリに拘束魔術を使ったっていう一点だけで犯人と決めつけるわけにはいかなかったけど……これで確定ね)


 原作知識通りの人物が犯人であったことにひとまず安堵する。


 彼女の行動はシンプルだ。


 アンネローゼを消したいが、自分が疑われるわけにはいかない。


 そのためセラを実行犯に仕立て上げたものの、もし彼女が犯人として捕まれば連鎖的に自分の所業が明るみに出るかもしれない。


 だから彼女はセラに疑いがかからないよう、リリをその場で拘束して容疑者の筆頭に仕立て上げたのだ。


 実際、客観的に事態を整理できるリュートやアンネローゼがいなければ、その場の雰囲気でリリや私が犯人と決めつけられていた可能性は否めない。


「あれは……メリッサさんですか?」


「知っているの?」


 私の問いかけにリリは頷く。


「はい。あの方は魔王様の婚約者候補で、アンネローゼ様とも親しくなさっていて……」


 ――そのあたりの情報も原作と相違ない。


 もはや犯人確定といって問題ないだろう。


 ここまでくれば、原作知識を使わなくても犯行動機は想像できる。


「腹に一物かかえていたというわけね」


 私はそう口にした。


 笑顔を向ける相手に、必ずしも好意を持っているとは限らない。


 笑顔の下で悪意を抱けるのは、人間だけでなく魔族も同じこと。


「魔王の婚約者筆頭であるアンネローゼに毒を盛る理由なんて、そう多くはないわ」


 醜悪な考えに、自然と眉間にしわがよってしまう。


 そういったドロドロとした悪意は、そうそう慣れるものではない。


「アンネローゼが死んでしまえば、自分に順番が回ってくるかもしれない。そう考えたってことでしょうね」


「そんな……」


 リリが悲しげに目を伏せる。


 ――彼女はまぎれもなく善人だ。


 誰かを蹴落としたい。誰かが手にするであろう恩恵を奪いたい。


 根本的に、そんな考え方がないのだ。


 そういった悪を目にするたびに心を痛める。


 そんな少女なのだ。


(このイベントの犯人は、アンネローゼを消すことで権力を手にしようとした婚約者候補)


 実行犯はメイドのセラ。その黒幕は、婚約者候補であるメリッサ。


 動機も犯人の立場から考えればおおよそ予想がつく状況が作れた。


(セラは、そのために利用されたにすぎない)


 とはいえ、懸念もある。


(たしか、弟を人質に取られていたのよね)


 セラにとっても、今回の犯行は不本意なものだった。


 その気になれば自分なんてあっさりと消せてしまうような権力者を相手に、わざわざ毒を盛るようなメリットなんて彼女にはないのだ。


(あの小屋の中に、セラの弟が監禁されていたはず)


 だからメリッサは、セラが犯行を行わないことに特大のデメリットを作り出した。


 家族を人質にとるという最低の形で。


 そうして、従わざるを得ない状況を作ったのだ。


「リリ、あれをちょうだい」


「はいっ」


 私が手を出すと、リリは懐から取り出した者を差し出してきた。


(これが魔導カメラ……設定画とほとんど同じね)


 それは現実世界でいうところのカメラだった。


 電気ではなく魔石から供給される魔力で動くという設定上、小粒の宝石が取り付けられているがレンズなどのおおまかな構造はカメラと大差ない。


 リリの趣味が写真撮影であることは設定で知っていたので、今回の調査のため魔導カメラを持ってきてもらっていたのだ。


「これで2人の密会を撮影したら、捜査を進めるキッカケになるわ」


 使い方は事前にレクチャーを受けている。


 私はカメラを構え、セラたちへとレンズを向ける。


(アンネローゼなら、セラの行動の怪しさを見抜けるはず)


 別にセラはただのメイド。


 プロの暗殺者でもなければ、密偵でもない。


 そんな人物が、彼女に対して真実を隠し通せるとは思わない。


 アンネローゼは少なからずセラの言葉に疑問を抱いているはずだ。


(だから私たちで、セラと真犯人につながる証拠を手にできたのなら)


 しかしそのままでは、トカゲのしっぽ切りとしてセラが裁かれるだけで終わる。


 本当に裁かれるべきメリッサにはたどりつけない。


 だから、セラとメリッサにつながる線を私たちで示すのだ。


(そこから毒の入手ルートをたどって、事件を解決に導けるはず)


 私1人ですべてを解決できるわけではない。


 だが、アンネローゼが集めてくるであろう情報を総合してしまえば事件の全体像を浮かび上がらせることも可能となるだろう。


 あれだけの事件をしでかして、のうのうと逃げおおせるなんて許す気はない。


「……少し遠いわね」


 舌打ちしたくなるのを我慢して呟く。


 普段使われていない場所ということもあり、魔石を使った灯りもここは最低限しかない。


 距離の遠さもあいまって、ここからの写真では顔が不鮮明になってしまう。


「設定を変えたらライトが点く……って、それじゃバレちゃいますよね」


 リリが言葉の途中で肩を落とす。


「ええ。あくまで今日は犯人につながる証拠集め。見つからないようにしないといけないわ」


 フラッシュを焚いてしまえば、確かにこの暗さでも鮮明に顔を写せるだろう。


 しかしバレるリスクが高い。


 相手が戦闘を専門にしない令嬢とはいっても、あくまで魔族なのだ。


 私たちでは簡単に捕まってしまう。


「仕方ないわね。慎重に近づきましょう」


 今回は原作知識があるから掴めたチャンスでしかない。


 今回を逃してしまえば、これほどの好機がめぐってくる可能性は低い。


 なんとしても証拠を手にしなければ。


「ここなら少しはきれいに撮れそうね」


 茂みから茂みへ。


 一歩ごとに神経をすり減らしながら私はセラたちの近くへと向かった。


 リリも冷や汗をたらしながら追いかけてきている。


 ――これで距離はかなり縮まった。


 ここからなら、暗くても顔まできっちりと映るはずだ。


(原作のシナリオでは、このまま突入して人質を解放するんだけど……)


 私はカメラを構える。


 今度はちゃんと顔が映っている。


 ――原作では、ここでメリッサを倒してセラの弟を救出する。


 特に苦戦することもなく、簡単にすべてを丸く収めることができてしまう。


(……ごめんなさい。私たちだけじゃ、助けられないから)


 だけど、私にそれはできない。


 華々しく悪を倒すことはできない。


 今度。後で。絶対に助けるから。


 そんな言い訳を並べることしかできない。


 あそこに苦しんでいる人がいると分かっていても、行動するわけにいかない。


 その事実が歯がゆかった。


「これでよし」


 シャッターを押せば、セラとメリッサの顔を捉えた写真が撮られる。


 2人が密会している場面は撮影できた。


 これをリュートに渡せば、事件は解決に向かうはず。


 人質についても、彼ならうまく助けてみせるはず。


「リリ。見つかる前に戻りましょう」


 私たちにできるのはここまでだ。


 助力を得られるだけの情報は手に入れた。


 あの2人にバレる前に撤収しなければならない。


 そう思ったのだが、


「……リリ?」


 リリからの返事がない。


 声が聞こえてしまうのを警戒しているのか。


 なら、肩を叩くなどやり方はあるはず。


 どうしたのか。


 怪訝な表情をしながら振り返ると――


「探しているのはこの女か?」


「なっ……!?」


 隠れていることも忘れ、思わず驚愕の声が漏れてしまった。


 ――そこには黒装束の男がいた。


 足先から首元まで黒い布で隠されており、容姿はほとんど分からない。


 その姿は忍者のような、隠密行動を主としている人間を彷彿とさせるものだった。


 想定外の人物の出現。


 だが、問題はそれだけじゃない。


「ぇ……ぁ……っ」


 黒装束の男は、背後からリリの首に腕を回していた。


 男の上腕筋が彼女の喉を締めあげている。


 苦しげに開かれた口からはよだれが垂れ、酸欠で顔が赤らんでいる。


「エレナ……ちゃ……」


「リリっ……!」


 私たちの背後に迫っていたのは、最悪の状況だった。

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