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第6話

 茶会の空気はひどく緊迫したものとなっていた。


 当然だ。


 嫌われ者の黒魔女が乱入したあげくに主催者からカップを奪取したのだから。


「あなた、自分が何をしているのか分かって――」


 アンネローゼが怒りと困惑が混じった表情で立ち上がる。


「すみません」


 彼女がなんらかの行動を始めるより早く。


 私は手にしていたカップを傾けた。


 そうすれば紅茶はカップからこぼれおち、足元の芝へとぶちまけられる。


 水音と共に、ふわりと煙が上がる。


 湯気ではない。


 それは――


「あれは……」


「芝が枯れていますの……?」


 事態を見守っていた令嬢たちが驚きの声を漏らし始めた。


 私の足元では芝が枯れ、地面がむき出しとなっていた。


 さきほど立ちのぼった煙は、紅茶が芝を溶かしたことによって生じたものだったのだ。


(最悪の場合は自分で飲むべきかと思っていたけど、飲まなくて正解だった……)


 思わず顔が引きつる。


 当初、私は死なない程度に毒を口に含もうと考えていた。


 科学的な知識のない私には、誰も巻き込まず毒物の存在を証明する手段が思いつかなかったのだ。


 しかし、方針転換は正しかったらしい。


 これほど強力な毒物であったのなら、魔族であるアンネローゼは死ななかったとしても、人間である私はどうなったか分からない。


 すぐに吐き出せばセーフだろうという予想はだいぶ甘かったようだ。


「まさか……!」「あんなものをもし飲んでいたら……」


 茶会の参加者たちもおおむね同じ意見だったようで、恐怖の表情を浮かべている令嬢も多い。


 魔族の基準で考えてもかなり危ないものだったらしい。


「バインド!」


 そんな異常事態の中、令嬢の1人がすばやく腕を振った。


 彼女の手から光の縄が伸びる。


 光の縄は一直線にリリを目指し、彼女を捕えていた。


「きゃっ」


 勢いよく両足を縛りあげられたせいでリリがその場で転んだ。


「リリっ」


「アンネローゼ様に紅茶を持ってきたのはこのメイドでしたわ!」


 私がリリへと駆け寄っていると、彼女を捕えていた令嬢がそう声を上げた。


「わ、私もそのメイドから紅茶を……!」


 令嬢の1人が椅子を倒しながらカップを投げ捨てる。


 そのままカップは地面に落ちるが――なにも起こらない。


 さきほどのように、こぼれた紅茶が芝を溶かすようなことはなかった。


「あちらには毒が入っていなかったようね」


 アンネローゼは冷静な表情でそうつぶやく。


 自分が殺されかけたというのに、動揺を感じさせない。


 いや、むしろ逆なのだろうか。


 自分が殺されかけたと理解しているからこそ、状況の把握に努めているのかもしれない。


「今回、主催者であるわたくしのカップだけはデザインが他と異なっていますわ」


 アンネローゼはそう語る。


 リリが押し付けられた紅茶のカップは複数あった。


 しかしその中で1つだけカップのデザインが違ったし、リリは誰にどのカップを渡すべきか迷っていた様子はなかった。


 つまりここでメイドとして働いているリリにとって、聞くまでもなくあのカップは誰に渡すべきか分かるものだったということだ。


 逆にいえば、あのカップにさえ毒を仕込んでしまえば、間違いなくアンネローゼだけを狙えるということ。


「それはつまり、最初からわたくしを狙って毒を混ぜたという認識でいいのかしら?」


 アンネローゼは冷たく問いかける。


 地面に倒れたリリを見下ろしながら。


「ち、ちが……」


 一方でリリは思わぬ状況にまともな弁解さえできていない。


「まさか、ここまで恥知らずなことをするだなんて」


 そんな声が聞こえてくる。


 リリは魔族の中で非常に立場が弱い。


 見下されているからこそ、多少無理な論法でも「彼女ならそんな馬鹿なことをするかもしれない」と勝手に納得されてしまう。


 それが冤罪だとしても。


「ですが、どうしてあの黒魔女は毒の存在を……?」


「もしや、あの2人の自作自演なのでは……」


(リリだけじゃなくて、私にも疑いがかかりそうになってる……)


 そして、疑惑の火は私にも降りかかっていた。


 ある意味で、私はリリよりも嫌悪を向けられる存在だ。


 しかも、普通なら予測も出来ないであろう毒物の存在を看破してしまった。


 これらの出来事がすべて私の自演であり、命の恩人としてアンネローゼに取り入ろうとしているように見えるのも不思議ではない。


 ――なにより、見えない犯人がどこかに隠れていると思うより、目の前の私を敵視したほうが気楽でいられるのだ。


 だから多少の不都合に目をつぶってでも、私たちを犯人だと思いたがる。


(どうしたら――)


「ずいぶん騒がしい茶会になっているようだな」


 険悪な雰囲気になってゆく茶会。


 その空気を振り払ったのは、たった1人の声だった。


 彼は――リュートは薄い笑みを浮かべながらこちらへと歩いてきていた。


「魔王様!?」


 きっと、こういう場に彼が訪れるのは珍しいことなのだろう。


 アンネローゼが驚愕の声を上げていた。


「偶然、騒ぎが耳に入ってきたものでな」


 リュートが周囲を見回す。


 ――毒入りの紅茶によって土が露出した芝も。


 彼は笑みを浮かべ続けている。


 しかし、その目は笑ってなどいなかった。


 アンネローゼは彼にとって婚約者候補の筆頭だ。


 そんな彼女が毒殺されかける。


 それがどういう意味を持つのかを、彼が理解していないはずがない。


「……とりあえず、今日のところは解散いたしましょう」


 騒ぎが広がることを嫌ったのか。


 アンネローゼがそう宣言する。


「はい……」「そうですわね……」


 きっとそれは参加者たちにも都合が良かったのだろう。


 当然だ。


 どこの誰がどんな目的で犯行に及んだのかもわからないのだ。


 こんな場所、さっさと離れたいと思うに決まっている。


「そこのメイドと……あなたは残ってちょうだい」


 もっとも、私たちはそういかないのだろうけれど。







 それから、私たちはリュート立会いのもと状況を説明することとなった。


 あの紅茶は、もともとリリが運ぶ予定のものでなかったことも。


 当然、彼女は毒なんて仕込んでいないことも。


 ……私が毒の存在を察知できた理由に関しては『直感』で通すしかなかったけれど。


 さすがに原作知識などと吹聴する勇気はない。勘のほうがまだ信じてもらえる。


 ……よく考えると、客観的に見てリリより私のほうが怪しいのではないだろうか?


 鬱な気分になってしまう。


「あなたたちの言い分はわかりましたわ」


 アンネローゼは腕を組んで嘆息する。


 あまり芳しい反応ではないが、現状出揃っている情報から考えるとマシな対応だろう。


 ここにいるのが彼女でなければ、今ごろ口汚く糾弾されていてもおかしくない。


 それくらいに私たちは怪しいのだ。


「どう見る? アンネローゼ」


 ククと笑いを漏らしながらリュートが尋ねる。


 彼の仕草からは、私たちへの疑いは感じられない。


 案外、彼の中ではすでに事件の全体像が見えているのかもしれない。


 原作知識があるのならともかく、素でそこまで理解しているとしたら頭の回転が早すぎる。


「現時点ではなにも言えませんわ。最低でも、彼女に紅茶を渡したというメイドから話を聞くまでは判断を下すべきでないかと」


 アンネローゼが口にしたのは一歩引いた意見だった。


 疑いも信じもしない。そんなフラットな視点によるものだ。


「双方の言い分を聞くまでは、主観を挟まないというわけだな。賢明な判断だ」


 リュートはそう笑う。


「証言通りのやり取りがあったのか、例のメイドに話を聞いてまいりますわ」


 アンネローゼはリュートに一礼すると、そのまま城に向かって歩き出す。


 リリに紅茶を渡したメイドへと話を聞きに行くつもりらしい。


 確かに、使用した毒物を処分される可能性を考えると、聞き込みは早いに越したことはないだろう。


「わ、私も一緒に行きますっ」


「駄目よ。あなたたちを連れて行けば、口裏を合わせられる可能性がありますもの」


 慌てて同行を申し出るリリだったが、アンネローゼはぴしゃりと拒絶する。


「そんな……」


 しゅんとするリリ。


 とはいえ、アンネローゼの言い分も間違っていないだろう。


「盲目的にあなたを疑うつもりはないけれど、あなたが容疑者の1人であることに変わりないことを自覚なさい」


「ぅ……」


 ……ただ言い方が厳しいだけで。


 やはり美人に睨まれるのは恐ろしいものがある。


 犯人じゃないのに心臓が縮むような感覚があった。


 有力魔族として社交界を生き抜いているだけのことはあるというべきか。


 睨みにも不思議な風格が宿っている。


 あそこまで明確に拒否されたらついていけるはずもない。


 私たちは歩き去ってゆくアンネローゼの背中を見送った。


 そうなると、ここに残されるのは私とリリ、そしてリュートだけになるわけだが。


「どうする?」


 リュートの視線が私の目を射貫く。


 彼が浮かべるのは、いつもの底知れない微笑みだ。


「アンネローゼなら偏見でお前たちを疑うことはないだろう。だが、他の連中はどうだかな」


 彼の言う通りだ。


 実際、あの茶会の参加者の大半は私たちを疑っているだろう。


 そんな彼女たちを起点に広がった噂は主観が混じり、どうしても私たちを疑う流れを作り出す。


「今回の件、オレが号令をかければお前たちを容疑者から外してやれるが?」


 彼はそう語った。


 私やリリが疑われる理由は、状況の悪さと、信頼のなさが大きい。


 言い換えれば、周囲からの絶対的な信頼を得ているリュートが口添えするだけで状況は一変するだろう。


 リュートはその可能性を提示した。


 そうすれば、すぐにでも事態を収束させられると。


「だけど強引な手段で疑惑を晴らせば、本当の信頼を勝ち取ることはできない……ですよね」


 私がそう返せば、リュートは笑みを浮かべた。


 彼がそんなことさえ分かっていないわけがない。


 だから、今のやり取りは私を試すためのものだろう。


 私が安易な解決法に飛びつくのか否かを。


「そうだろうな。表面は取り繕うだろうが、本当の意味で疑いの芽を摘むことはできまい」


 彼は笑う。


 事件の解決に。


 そして疑惑の払拭に彼の手を借りてしまえば、少なからず反感を買う。


 彼の信頼によって守られてしまえば、私自身が信頼される日は来ない。


「なら」


 きっと、今の私では周囲からの協力はまともに得られないだろう。


 自身の潔白を自分の手で証明するための障害は多い。


 しかし幸いなことに、私には原作知識がある。




「あなたの力を借りずに、無実を勝ち取ってみせます」




 ――私はすでに、この事件の答えを知っている。

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