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第63話

(いつかは考えなければいけないことだった)


 人間と魔族。


 それは聖魔のオラトリオにおける最大の対立構造であり、最後まで決して相容れることのなかった壁だ。


(人間と魔族。どちらを選ぶのかを決めなければならない日がいつか来るって分かっていたのに)


 人間として生きるのか。


 魔族として生きるのか。


 それは、この世界を生きる以上は避けられない命題。


 中庸ではいられない。


 エルフは例外中の例外でしかないのだ。


(ほぼ確実に、ロイは聖王国からの密偵として魔族領に潜入している)


 そうでなければ説明がつかない。


 彼が魔族領で活動するには聖女ノアの協力が必須であり、そもそも命令もなくロイが聖王国を離れるとは考えにくい。


(ロイのことを伝えなければ、魔王リュートの生存が聖王国に露見してしまう)


 現状、魔族領は安定しているように思える。


 それはリュートが生存しているから。


 同時に人間はリュートが死んでいると勘違いしていて、人間と魔族の争いがひとまずは終息しているからだ。


 リュートの生存が露見すれば、この安定は簡単に崩れてしまう。


(だけど伝えれば、情報漏洩を防ぐためにロイを殺すことになるはず)


 聖王国からの密偵。


 それも聖女パーティの一角。


 生かす理由がない。


(もう原作が好きだからなんて言える状況じゃなくなっている)


 私は聖魔のオラトリオが好きだ。


 世界観も、キャラも。


 人間も魔族も。どちらも好きだ。


 だが、それは私の都合でしかない。


 世界の情勢がそれを許してはくれない。


(どちらかを選ばないといけない時が迫っている)


 中途半端は許されない。


 知らないふりをできる問題じゃない。


 生き方を選ばなければならない時が訪れてしまったのだ。


 誰とでも仲良くしたい。


 みんなを救いたいなんて綺麗事は許されない。


 守りたい人を見定め、そのためにそうでない人を――殺す。


 そういう選択が必要な時が来たのだ。


「エレナちゃん?」


「え?」


 気が付けば、眼前にリリの顔があった。


 彼女は心配そうな表情を浮かべている。


「もう着きましたよ?」


「え? あ……」


(まったく気付かなかった)


 無意識に足を動かしていたが、どうやらもう城に着いていたらしい。


 正直ここまでの記憶がまったくない。


 おそらく会話もまともにできていなかったことだろう。


「さすがにおかしいと言わざるをえませんわね」


 アンネローゼがそう口にした。


 彼女が指摘するまでもなく、私の言動はおかしかったはず。


 さすがに気付かれないはずがない。


「もう一度聞きますわ。本当に、あの方とはなんの関係もございませんの?」


 真剣な表情でアンネローゼがそう問いかけてくる。


 それはきっと私を気にかけてのことだろう。


 私の異変の原因がロイとの出会いであることは明らか。


 もしかすると私が面倒ごとに巻き込まれているのではないか。


 そう心配しているからこそ、彼女は私に問いかけてきているのだ。


「…………はい」


 分かっている。


 分かっているのだが、本当のことが言えなかった。


 私がロイの正体を語れば、きっと彼は殺される。


 自分の言葉が誰かを殺す。


 それが恐ろしいのだ。


(もう少しだけ考える時間がほしい)


 今の自分では受け止めきれそうにない。


 自分の選択で、誰かの命が確実に失われるという選択の重さに耐えられる気がしない。


 どちらも救うために頑張る。


 そう言えたら楽なのに。


「ちょっと……嫌な質問をしてもいいかしら」


 だから逃げるように、助けを求めるように言葉を紡ぐ。


 本当のことも言えないくせに、誰かに答えを示してほしいと思ってしまう。


「ええ。構いませんわよ」


「あなたと魔王様……だと即答しそうね」


 少しだけ考える。


 本質に触れず、それでいて自分の悩みを突いた質問を。


「そう。たとえば、私やリリと……魔王様のどちらかを選ばないといけないとしたら、どう思う?」


「……本当に嫌な質問をするのね」


 そう言ってアンネローゼが眉を下げる。


 たしかにかなり悪質で意地悪な質問だ。


 だけど私にとって大事なものなのだと察してくれたのだろう。


 一度の嘆息。


 その後に、彼女は語り出した。


「本人たちの前で言うのも申し訳ないけれど――魔王様を優先しますわ」


 胸に手を当て。


 揺らぐことのない視線で。


 彼女は言い切った。


「わたくしが魔王様の一番である必要はない。だけど、わたくしの一番が魔王様であることは揺るぎない。それだけのことですわ」


 自分も。友人も。


 リュートという絶対的な至上命題の前には些事でしかない。


 それがアンネローゼの中にある答えだった。


「――という感じでよろしくて?」


「はい……ありがとうございます」


 そんな彼女に返すことができたのは、弱々しい返事だった。


 自分で自分が情けない。


(大切なものの優先順位かしっかりしてるってことよね)


 それがどれだけ難しいことなのか。


 今の私には嫌というほど分かってしまう。


 まさに今、私はその優劣をつけられずにいるのだから。


(……強いなぁ)


 自分のことなのに、守りたいものの順序もつけられない。


 すべてを救える力もないくせに。


 何かを捨てる覚悟もない。


 本当にみじめだ。


(だけど……私も選ばないといけない。みんなが大切なんて言い続けられないときが近づいている)


 ロイを生かせばおそらくリュートは殺される。


 今のリュートに全盛期の力はないのだから、今度こそ聖女ノアに浄化されてしまうことだろう。


 それを防ぐためにはロイを殺さなければならない。


 自分で手を下さなかったとしても。


 私の意思で、彼を殺すことになることに間違いはない。


(魔族か人間か。選ばないといけないときが)


 もう……ただのファンではいられないのだ。

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