第37話
聖女は魔族に対し、相性的優位を持つ。
その理由はシンプルだ。
魔族は世界の穢れ。
であれば、魔族の行いはすべて世界にとって不都合なもの。
世界を正す役目を持つ聖女に正せない道理がない。
そんな論法なのだ。
それは魔族が操る魔術も例外ではない。
「光あれ」
光に包まれる世界。
視界のすべてが白一色に染まってゆく。
アンネローゼが作り出した氷が霧散してゆく。
リュートが使った身代わりの魔術が解除される。
しかし、この場に展開されていたはずの弱体の魔術が私を蝕むことはない。
この場に存在していた魔族の魔術。
そのすべてがリリによって強制的に消し去られていた。
(これが……聖女が操る浄化の力なの……!?)
魔の世界に生まれた、聖なる少女。
その力を目の当たりにして、私は瞠目することしかできない。
「さすが聖女……というべきか」
そんな光景を見てもリュートは笑みを浮かべるだけだ。
特に動揺している様子もない。
「知っていたんですか?」
そう問いかける。
思えば、彼はまるでリリの正体を知っているかのような言動をしていた。
それが私の考えすぎでなかったとすれば、彼が驚いていないことにも説明がつく。
「この場合、お前が驚いていないことのほうが不自然にも思えるのだがな?」
「ぅ……」
むしろ問い返され、私は黙り込んだ。
リリを迫害から守り、城へと招いたのはリュートだ。
付き合いの長さで考えても、私がリリの正体を知っていることのほうが不自然なのだ。
「冗談だ。そこまで真に受けるな」
そんな私の葛藤さえ見透かしたように。
リュートはククと笑う。
「そこまで過剰に反応されては、気が引けてからかうこともできんだろう?」
そのからかいは、残念ながら少しばかり心臓に悪かった。
うしろめたい事実がある身としては。
「オレがリリの正体を予測できた理由などシンプルだ」
彼はリリへと目を向ける。
「魔族ではなく、それでいて魔素に毒されることもない人間。そうなれば消去法で、少なからずそういった類の素養を持っている存在であることが分かっていただけだ」
魔族領に生まれたのだから魔族である。
そんな常識という名の先入観。
それに惑わされない彼だからこそ、彼女の正体に行きつけたわけだ。
「あの性格で、聖女から密偵を任されるとも思えんからな。必然的に、リリそのものが聖女である可能性が高い」
「……たしかに」
少なくとも、私がノアの立場でもリリを潜入捜査官になど任命しないだろう。
というか、もしリリのあの性格が演技だったら本気で泣く自信がある。
それくらいには裏表のない少女なのだ。
リリ=コーラスという少女は。
「これが……聖女の力」
リリは茫然と自身の掌を見つめている。
そこには白光の粒子がただよっていた。
「温かくて、やわらかい」
光の粒をリリは抱きしめる。
その姿はまさに天使そのもののように思えた。
「だけど……」
そんなリリの目。
浮かんでいた感情は憂いだった。
「私は魔王様の敵になってしまったんですね……」
悲しげにリリはリュートを見つめる。
彼女は、迫害されていた幼少期を救われたことでリュートに恩を感じている。
恋愛ではなく親愛。
それでも、彼女にとってリュートが大切な存在であることに変わりはない。
そんな自分が、魔王と対極にある存在だった。
彼を否定すべき存在だった。
その事実がリリの心に影を落としているのだ。
「不思議なことを言う」
しかし、リュートは笑う。
「お前はようやく聖女としての力を自覚しただけのこと」
リュートはリリへと歩み寄る。
彼は手を伸ばし、ピンクの髪を撫でた。
「生まれたときからお前は聖女であったし、今でもオレの部下であるリリ=コーラスのままだ。何かが変わったなどということはない」
思えば当然のことだ。
ここにいるのは、あの魔王なのだ。
「お前がそうありたいと思い続ける限りはな」
目の前にいる少女が敵であるかどうか。
そんなことの判断基準に、聖女であるか否かなんて持ち出すはずもない。
「……ありがとうございます」
そう微笑むリリの目から涙が落ちてゆく。
その意味など、わざわざ考察するまでもないだろう。
「それでは、そろそろ幕引きと行こうか」
リュートが告げる。
彼はリリに背を向け、周囲を一瞥した。
傍から見れば、なにをしているのか分からない一瞬の行動。
だが――
「逃がさんぞ?」
次の瞬間、リュートは炎を放った。
暗い炎は誰もいないはずの壁を焼く。
普通に考えてみれば意味のない行動。
しかし、そんなことを彼がするはずもなく。
「がああああッ!?」
聞こえてくる絶叫。
それは壁の向こう側。
黒炎に焼き落とされた壁の向こう側にいた男の声だ。
どうやら壁の向こうに隠れ、私たちの動向をうかがっていたらしい。
「アレクセイ=ラルストン。そこに隠れていたか」
リュートが男へと歩を進める。
壁の向こう側にいたのは初老の男。
カラスのような黒翼を持つ魔族だった。
(あれが……ラルストン家の当主!?)
原作では立ち絵も名前もなかった存在だから、確信は持てない。
だが状況的に考えても間違いないだろう。
少なくとも、彼が身にまとっている気配は他の魔族を凌駕していた。
凌駕していた――のだが、
「どうした? ずいぶんとおびえているではないか」
小さい。
あまりにも小さい。
王を前にして、あの魔族は小さすぎた。
器を競うまでもない。
きっとあの魔族が弱いわけではない。
だが、挑むべき相手のスケールをあまりにも間違えていた。
「お前たちの王の前だぞ? なにを恐れる必要がある?」
リュートの一挙手一投足。
そのすべてにアレクセイは畏怖していた。
格付けなど必要もない。
「クク……懸念があるのなら言ってみるといい」
右腕を振るうリュート。
その手には黒い大剣が握られていた。
刃から滲みだす黒い炎。
すさまじい熱気を放っているのに、見ているだけで寒気がしてくるほどに恐ろしい。
「王として、お前の不安を払ってやれるかもしれんからな?」
気が付けば、すでにリュートはアレクセイの眼前にまで迫っていた。
速かったのではない。
彼はゆっくりと歩いていたのに、本能がそれを認識しようとしなかったのだ。
まるで現実逃避のように。
「ひっ……!」
声を漏らすアレクセイ。
その姿は、数秒前よりはるかに老けたように思えた。
「早く口を開け」
しかし、リュートの声に慈悲などない。
まっすぐと、射貫くように見下ろすだけ。
分かってしまう。
彼が、普段私たちとすごすとき。
どれほど手加減して、この気配を抑えてくれていたのか。
私たちを委縮させないよう、どれほど気を遣っていたのか。
そんな気兼ねがなくなったとき、どうなってしまうのか。
「そうでないと、お前の悩みを断つために殺してしまうかもしれんぞ?」
(…………イケメンが怒ると怖いわね)




