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第30話

「アンネローゼ様が調査に行かれるんですか?」


 リリは不安そうに瞳を揺らしている。


 我が事のように。


 いや、我が事以上に彼女は心配そうだった。


「ええ」


 一方、アンネローゼはすました表情のまま。


 そこに気負いは見えない。


 ――メリッサから情報を得てから数日と待つことなく、リュートはラルストン家に部下を送ることに決めた。


 おそらく、情報が漏れた可能性を危惧したラルストン家の魔族たちが雲隠れするリスクを減らすためだろう。


 ラルストン家の当主を拘束するために編成された部下たち。


 その筆頭に据えられたのがアンネローゼというわけだ。


 ――当然ながら、戦闘力のない私たちは留守番である。


 リリの希望もあって、城門までアンネローゼを見送りに向かい今に至るというわけだ。


「事態が事態ですから。裏切りの心配がなく、どんな状況にでも対応できるメンバーだけ――わたくしを含め、限られた腹心だけで乗り込むことになりましたの」


 彼女はそう語る。


 アンネローゼは聖魔のオラトリオReverseではボスを務めたほどの実力者だ。


 彼女自身の忠誠心を加味すれば、今回の作戦を任せられるのは必然といえるだろう。


「そんなこと、私たちに教えてよかったんですか?」


 思わず私は問いかける。


 それこそ腹心にしか共有されていない作戦というのなら。


 私に伝えるのはマズイのではなかろうか。


「魔王様に許可はいただいていますわ」


 どうやら許可はもらっていたらしい。


 まあ、彼女がリュートの不利益になりかねない不用意な行動をするはずもないか。


 一安心である。


「今回調査するのはあくまでラルストン家。他の魔族がどう動くつもりかは把握しかねる部分もありますわ」


 彼女はそう語る。


 リュートは魔王として多くの尊敬を集めている。


 反魔王派はあくまで少数派にすぎないだろう。


 だが、ラルストン家だけということはないはずだ。


「我々の動きを察知して、我々がいない隙に乗じて魔王様を――と考える者がいてもおかしくはありませんわ」


 そんな反魔王派がどう行動するのか。


 静観するのか。


 ラルストン家に加勢するのか。


 むしろラルストン家をオトリにして、うまく立ち回ろうと画策するのか。


 アンネローゼが気にしているのは、そんなところだろう。


 こればかりは確実に予測することは難しい。


「いざとなったら私たちで魔王様をお守りするわけですねっ」


「いえ。そういう期待はしてませんわ」


「はい……」


 リリが笑顔で拳を握るも、一瞬で一蹴されていた。


 回復魔法はともかく、彼女は戦闘に不向きなので当然といえば当然である。


「ようするに自衛はしっかりするように、ということよ」


 アンネローゼは有無を言わさぬ様子でそう告げた。


 たしかに、リュートが誰かに殺される確率より、その巻き添えで私たちが死ぬ可能性が高そうだ。


 自衛を最優先にというのはもっともな話だ。


「特にエレナ様は、実際に部屋の飲み物に毒を仕込まれていたのですから」


「……今後は気を付けます」


 思わず目を逸らしてしまった。


 しばらくは、自室でも最低限の警戒はしておいたほうがいいかもしれない。


「やっぱり戦いになるんでしょうか」


「むしろそうなってもらわないと困りますわ。空振りとなれば、それこそ面倒なことになってしまいますから」


 アンネローゼはリリにそう答える。


 今回、彼女はラルストン家――いわば相手の本拠地に乗り込むわけだ。


 それでもなお、彼女は戦いになったほうがマシだと答えた。


「糾弾の口実になるし、本格的に反魔王派の動きが読めなくなるっていうことですね」


 私の言葉にアンネローゼがうなずく。


 抵抗されるのは面倒だが、打ち破ってしまえばそれで事件は解決。


 証拠なんていくらでも見つかるだろう。


 しかし逃げられてしまえばそうもいかない。


 証拠もなく不当に疑惑をかけられた――なんて被害者ムーブをかまされる可能性もあるのだ。


(原作シナリオにもない展開だから、私から助言することもできないのよね)


 もしこれが原作イベントであったのなら。


 無理のある論法を駆使してでも、うまく事態が解決するように導けるというのに。


 知識が使えない以上、私にできることはそう多くない。


 それが歯がゆい。


「ええ。魔王様の慈悲で目こぼしされているだけの派閥にとやかく言われる筋合いはありませんが、隙を見せないに越したことはありませんから」


 魔王の権力は絶大だ。


 リュートはしないと思うが、やろうと思えば証拠がなくともラルストン家を罪に問えるレベルで。


 だから仮にラルストン家が言いがかりをつけてきても無視すればいい。


 とはいえ面倒であることに変わりはない。


 アンネローゼとしては、もっとスマートに事態を解決に導きたいのだろう。


「というわけで、一応はわたくしたちだけで決着をつけるつもりですわ」


 彼女は腕を組んでそう宣言した。


「ですが、万が一ということもある」


 たとえば相手に逃げられてしまったり。


 たとえば拘束に失敗したり。


 たとえば別方向からリュートを狙う者が現れたり。


 そんな可能性も否定しきれない。


「もし城で何かが起こったとしても、自分の無事を最優先にしてください」


 だから、彼女は私たちに釘を刺した。


「魔王様のために命を捧げるのは、わたくしの役目ですので」


 自信に満ちた笑顔とともに。







 アンネローゼを見送ってから。


 誰もいなくなった城門を見つめ、私は決意を固めていた。


「そろそろ、私も行動を始めるべきね」


(これまで私は状況に対応するのが精一杯で、自分から身を守るために行動を起こせずにいた)


 場当たり的というべきか。


 今の私はすでに起きた出来事に対応するばかりで、今後に備えた行動はできていなかった。


 そして今、私は行動したくとも待つしかない状態にある。


 なら、やれることに手を伸ばすべきだろう。


(これまではリュートやソーマが助けてくれたから助かったけど、今後もそうとは限らない)


 別にチート主人公みたいなことをしようだなんて思っていない。


 そういうのは魔王や勇者、そして聖女の領分だ。


 だが、せめて脅威から逃げられるくらいの――足手まといにならないくらいの力は必要だ。


「リリ。ちょっと手伝ってもらえるかしら?」


 私は振り返り、リリに問いかけた。


「はい。大丈夫ですけど、何をするんですか?」


 きょとんとした様子のリリ。


 そんな彼女に微笑みかける。


「まあ……ちょっとした護身術を学びたいのよ」


(正直、魔術とかはちんぷんかんぷんだけど……)


 私はあくまでテキストでこの世界を知っているだけ。


 魔力なんてものを知覚したことも、学んだこともない。


 何度か魔法は見たものの、そのメカニズムはまったく掴めていない。


 いわゆるド素人というわけだ。


(だけど、私が何に適性があるのかは分かってる)


 しかし私の知識が役に立たないわけではない。


(聖魔のオラトリオでエレナ=イヴリスは、シナリオ終盤にボスとして立ちはだかる)


 私は私としてこの世界に来たわけではない。


 この体はエレナ=イヴリスのもの。


 つまり私は、この体がどういう方向に強くなれるのかを理解しているのだ。


(聖女ノア=アリアを筆頭とした、魔王リュートを討伐するために集まった4人を相手取ったほどの力)


 私は思い出す。


 聖魔のオラトリオの終盤。ボスとして立ちふさがった『エレナ=イヴリス』の力を。


 それは――


「護身術というと……もしやカラテですかっ!?」


「いいえ」


 どこか嬉しそうにはしゃぐリリ。


 ちなみに、なぜか聖魔のオラトリオの世界にはカラテがある。


 そのあたりはゲーム特有の、なんちゃって中世ファンタジー要素というべきか。


 ともあれ、リリの予想は間違いだ。


 災厄の黒魔女だなんて呼ばれた少女の力が、そんなさわやかなものであるわけがない。


 もっと暗くて、執念じみた――




「――呪術よ」

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