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第28話

 魔王リュートの研究室。


 そこで私は五体投地の姿勢で倒れていた。


 いや、厳密にいえば倒れているわけではない。


 部屋に描かれている魔法陣。


 その中央で、仰向けの姿勢のまま浮遊しているのだ。


 儀式の邪魔になるからなのか、部屋にはほとんど物が置かれていない。


 地下室ということもあり、窓もない。


 あるのは柔らかな光を放つ照明だけ。


 いるのは私と、部屋の主であるリュートだけだ。


「そういえば」


 私は口を開く。


 問いかけの相手は、私を観察しているらしいリュートだ。


「これって、何をしているんですか?」


 そんな疑問。


 たしかに彼は、私の魂について研究したいと言っていた。


 今回がその一環なのは分かる。


 だが、実際に何をしているのかさっぱりなのだ。


 時折リュートの目元に魔法陣が浮かんだり、私の体に魔法陣が浮かんだりしているので、きっと何かをしているのだとは思うのだけれど。


 魔法陣を見てその魔術を判断するなんてインテリなことはできないのだ。


「今のところは、とりあえず魂の状態を見ているだけだな」


「状態?」


 彼の言葉に首をかしげる。


「端的に言えば、本来のエレナ=イヴリスの魂がどうなっているのか、ということだ」


「!」


 エレナ=イヴリス。


 私の体の、本来の持ち主。


 私がこの体を手に入れたことで、彼女がどうなったのか。


 他の事態に対応するばかりで、考えてもみなかった。


「その肉体の中に残っているのか、お前の魂が入ってきた際に弾き出されるように外部に出ているのか、塗り潰されるように消えてしまったのか――それとも、入れ替わったのか」


 彼は仮説を並べる。


「ざっと羅列するだけでも候補はこれくらいだな」


 そしてそう笑った。


 とはいえ、当人としてはなかなか穏やかではない話題だった。


(っていうか、私の体がエレナのモノになっている可能性もあるのね……)


 エレナが黒崎玲奈として日本に転移した場合を想像してみる。


(もし日本に戻ったとき、あっちでも牢屋に入ってるとかないわよね……?)


 なんだかありそうで嫌だった。


 まさか日本でも異世界でも牢獄スタートなんてことになったら泣いてしまいそうだ。


「まあ、入れ替わっている可能性はないだろうがな」


「?」


 なぜそう言い切れるのか。


 疑問の目を向けると、彼は言葉を続ける。


「オレの推測が正しければ、こっちから向こう側へと人間を送るのは難しいという話だ。まあ……不可能とまでは言わないが」


 微妙な言い回しだった。


 最近の経験で分かる。


 きっとこれ以上踏み込んでも、詳しく教えてはくれないのだろう。


 しかも『こっち』だとか『向こう側』だとか。


 異世界から来た身としては、これ以上つつくと藪蛇になりそうだった。


「一番面倒がないのは、奴の魂が消えていることだな」


 そう笑うリュート。


 だが、素直に同意はできなかった。


 なんというか、自分がエレナを殺してしまったようでどうにも居心地が悪い。


「それは……」


「もし奴の魂が肉体に残っていたら、いつ主導権を奪い返されるか分からないぞ?」


「ぅ……」


(それは嫌だ……とは思うけど)


 リュートの言葉に押し黙る。


 ある日、目が覚めたらこの体が本物のエレナの物になっていたとしたら。


 これまでこの世界で話してきたことや、やってきたことがすべて私の手から離れてしまったら。


 想像するだけで気持ちが沈んでしまう。


(本当は、そうするべきなのよね……)


 とはいえ、この体が彼女の物であるのも事実。


 もし彼女自身から現状を糾弾されたとき、私にそれを否定する正当な理由があるのだろうか。


 そう思ってしまう。


「魂が弾き出されていた場合、今のお前のように、奴の魂を持った別人が誕生している可能性もあるがな。それはそれで面倒だ」


 どこかでエレナの魂を持った、エレナでない誰かがいる可能性。


 リュートはそれを示唆した。


 それもなかなか大事に発展してしまいそうな事態だ。


「もっとも、大なり小なり奴の魂は損傷しているだろう。まともな力は残っていないはずだ」


 私を安心させるためなのか。


 彼はそう締めくくった。


 だが、その言葉は私の中に新たな疑問を生みだした。


「…………」


「どうした?」


 私が黙ってしまっていたからだろう。


 リュートが声をかけてくる。


(これって聞いていいのかしら?)


 とはいえ浮かんだ疑問はわりとデリケートなものだ。


 それも、場合によってはマズイことになりそうなレベルの。


「えっと……魂が損傷すると、力にも影響が出るんですか?」


 リュートならいきなり口封じに殺されたりはしないだろう。


 最悪、ちょっと記憶を封印とかで対応してくれるはず。


 そう言い聞かせながら、私は口を開いた。


「クク。小指を失うだけで、剣をまともに振るうことは叶わなくなるのだ。魂を失って、十全の力を発揮できる道理もないだろう」


 前にプレイしたゲームで聞いたことはある。


 人は、小指を失うだけで握力がかなり削がれてしまうのだと。


 だからヤのつく自営業の方が小指をなんとやらするのは――というのは余談か。


 ともあれ、たしかにそう考えると納得がいく。


 魂なんてものを失って、無事で済むわけがないのだ。


「それならリュ……魔王様は大丈夫なんですか?」


 となると、気になるのがリュートのことだ。


(たしか、魂を切り分けていたから生き残れただとか言っていたような……)


 聞いた当時は、ゲームで語られていない裏設定くらいにしか思っていなかった。


 だが今回教えられた事実を加味すると、なかなかマズイことなのではないだろうか。


「さすがに気付くか」


 リュートが笑みを深めた。


 どうやら地雷を踏んでしまう事態は避けられたらしい。


「隠すほどのことでもない。今のオレは、本来の半分程度の力しか残っていない」


(……あれで?)


 ちょっと真顔になってしまった。


 私の記憶では、ソーマが苦戦していた黒装束を片手間に一蹴していた気がするのだが。


(さすがラスボス……)


 もしかして聖魔のオラトリオReverseにおけるリュートがラスボス時のステータスでないのも、そういった理由からなのだろうか。


 思わぬ裏設定だ。


「お前を通じて魂への理解を深めたかったのは、切り分けた魂を修復する術を探していたというのもあるわけだ」


「なるほど……」


 いくら今でも強いとはいっても、いつまでもそのままでいいとはならないだろう。


 事実、全盛期の力を打倒した聖女がいるのだから。


「言っておくが、他言無用だぞ? 一部の腹心しか知らない事実だからな」


「も、もちろんです……」


 ――なんで他のことは話さなかったりするのに、そういう大事なコトはあっさり言ってしまうのか。


 そう言いたい。


 おかげで変なプレッシャーを背負う羽目になったではないか。


 そんな恨み言を飲み込む。


「もういいぞ」


 リュートがそう告げると、浮遊していた私の体がゆっくりと床に下りる。


「――レイナ」


 私が身を起こすより早く、リュートが手を差し出してくる。


 2人きりの時は、彼は私を本来の名前で呼ぶ。


 それは、エレナとしての風評に傷つけられていた私への配慮なのかもしれない。


 実のところ、好きなキャラと秘密を共有している感覚が少し嬉しかったり。


 さすがに口に出しはしないけれど。


「ありがとうございます」


 彼に手を引かれ、私は立ち上がる。


「これから用事はあるか?」


 そう彼が尋ねてきた。


 普段であれば、このまま解散というのが既定路線なのだが――


「いえ、特には……」


 この世界に来てから、私は絶賛ニート中である。


 用事なんてあるほうが珍しいくらいには暇だ。


 そんな私の返答を受け、リュートが笑む。


「なに、これからメリッサ=ラルストンに会いに行こうと思っていてな」


 彼が告げたのは、今の私にとって最大の懸念ごとともいえる名前だった。


 反魔王派の1人と目されるラルストン家の令嬢。


 そして、私がここを訪れた初日に起きた事件の実行者だ。


「お前も同行するか?」


 その言葉に、私はうなずいた。

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