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第27話

 あれから1日。


 私は医務室のような場所に連れられ、ベッドに寝かされていた。


 毒を飲まされていたということもあり、容態が急変する可能性を危惧してのことらしい。


 ――自室は流血沙汰になってしまったので、あの部屋で寝なくてよかったのはありがたい。


「体に違和感はありませんか?」


 リリが心配そうに顔を覗きこんできた。


 時刻は朝。


 彼女は朝一番に私を訪ねてきた――わけではない。


 私がここに運ばれてから、彼女はずっとこの部屋にいたのだ。


 彼女が回復魔法を使えるということもあるのだろうが、それでもこの献身的ともいえる行動は彼女の気質によるところが大きいだろう。


「ええ、痺れも残っていないわ」


「よかったぁ……!」


 そうリリは手を合わせて喜色をあふれさせた。


 我が身のことのように喜んでいると評するべきか、むしろ私自身より喜んでいるようにさえ見えた。


「毒の出処を聞いて、もしかしたら後遺症があるタイプの毒なんじゃないかと不安で……」


 そう漏らすリリ。


 たしかに毒を盛ったのが、あの黒装束の男だと思うと不安しかないだろう。


 正直、私も多少のダメージが残る可能性は覚悟していたくらいだ。


「おおかた拷問を視野に入れて、痛覚が損なわれないように調整したのでしょうね」


 声がしたほうへと視線を向けると、部屋の入り口にはアンネローゼが立っていた。


 以前の襲撃者に関連しているであろう事件だったからだろうか。


 彼女までわざわざ来てくれるとは思わなかった。


「さらっと怖いことを……」


 とはいえ、出会い頭に恐ろしすぎる考察をぶつけるのはやめていただきたかった。


 思わず表情が苦々しくなってしまう。


「それくらいのピンチだったということですわ」


 嘆息するアンネローゼ。


 まったくもって言い訳の余地がない。


 フラグじみているのでそういうことは言いたくないが、もはや一生分のピンチを経験しているのではなかろうか。


 その一生が終わりかけていたのは笑いどころではないが。


「ソーマさんがいなかったらどうなっていたことか」


「そうね……」


 リリの言葉に同意する。


 たしかに勇者であるソーマに、魔族が用意した人除けの魔術は効かなかったことだろう。


 だが、そもそもソーマが私の部屋を訪れようとしなければ関係がないわけで。


 彼の気まぐれ次第で、私は人知れず拉致されていたのだ。それも高確率で。


「ともあれ、貴女が生き残ってくれたおかげで重要な情報が手に入りましたわ」


 アンネローゼは呆れ顔から少し真剣な表情になる。


 その気品ゆえか、思わず姿勢を正したくなってくる。


 立ち上がったら怒られそうなので、とりあえず上半身を起こすだけにとどめておいた。


「わたくしが毒殺されかけたあの事件は、これまでメリッサ=ラルストンの独断ということになっていましたわ」


 私が城を訪れてからすぐの事件。


 あの顛末は、リュートの婚約者候補であるメリッサが、その筆頭格であるアンネローゼを蹴落とすために起こしたもの――と処理されていた。


 実際、聖魔のオラトリオのシナリオでもそう言われていたはずだ。


「だけど今回の情報を踏まえると、あの事件はラルストン家――そして反魔王派が打ち出した一手であった可能性が高くなりますわ」


 だが、その前提が覆る可能性が見えたのが今回の事件だ。


(もし彼女の独断であったのなら、犯行が露見した経緯なんてそれほど気にかけるはずがないものね)


 少なくとも、新たな罪を重ねてまで確かめることではないはずだ。


 わざわざ彼女を死刑にするよう頼んでまで一区切りをつけたというのなら特に。


「つまり、彼女は命令されて事件を……」


「本人が乗り気であったかはわかりませんが、指示を受けた結果であったことはほぼ確定でしょうね」


 私の想像を、アンネローゼは肯定した。


「そう……か」


 思わず顔を伏せてしまう。


 思い出すのは、主犯であったメリッサに下された判決。


 リュートは彼女を死罪にしたと言っていた。


 つまり、彼女はすでに――


「だけど彼女はもう死刑に――」


「なっていませんわよ」


「え?」


 想定外の言葉に変な声が漏れてしまった。


 思わずアンネローゼに目を向けると、彼女はすました表情をしていた。


「まさか魔王様が、ラルストン家に言われるがまま刑を決めたとでも思っていましたの?」


 彼女はそう微笑む。


 その笑みには、どこか得意げな雰囲気がこもっていた。


「死刑囚を収容する監獄塔は関係者さえも立ち入り禁止。刑が執行されているか否かを外部の人間が確かめる術はない」


 彼女はそう語る。


「彼女はまだ、刑が執行されないまま拘束されていますわ」


(そういえばリュートも『事情が変わるかもしれない』って言っていたわね)


 思い起こされるのは、リュートに事の顛末を聞いた時のこと。


 たしかに彼は意味深なことを言っていた。


 彼は最初から、彼女だけを疑っていたわけではなかったらしい。


 しかし証拠があるわけでもないから、対応はしつつも言葉にはしなかったというわけだ。


「あの事件が彼女1人の暴走か、彼女の家全体の総意なのか。それを確かめるまで保留していたというわけですね」


 そう考えれば納得がいく。


 監獄塔に収容するというのは、ある意味でメリッサを保護するためだったのだ。


「ええ。そして今回の件で、メリッサ=ラルストンを切り捨てることで守ったはずの秘密が露見した」


 アンネローゼが笑う。


 それは喜びの笑みではない。


「これから少し――荒れそうですわね」


 討つべき敵をついに見つけたという、冷たい笑みだった。







 私もがほぼ本調子に戻ったということで、リリも仕事に戻ってからしばらく。


 私は一日ぶりに私室へと戻っていた。


 ――ちなみに、部屋の惨状は解決していた。


 ファンタジーな世界ゆえか、カーペットについていた血飛沫も完全に消えている。


 戦々恐々としながら小物類を持ち上げて見ても、そこに返り血が残っていた――なんてことはなかった。


 まあ綺麗になったとしても、かなり凄惨な事故物件である事実は変わらないのだけれど。


 ……せめてカーペットだけでも替えたい。


 模様替えとでも言い訳すればどうにかなるだろうか。


 あとでリリに頼んでみよう。


(反魔王派か……)


 最近になってよく聞くようになったワードを反芻する。


(原作ではそういう展開はなかったけど)


「気を引き締めないとね」


 シナリオにない展開だから危険がないというわけではない。


 むしろおおまかな予測もできないだけ、私にとってはもっと危険だともいえる。


 聖魔のオラトリオは乙ゲーだが、わりと人が死ぬタイプのゲームだ。


 世界観にはやく順応しなければ。


 そう胸に刻む


「……あれ?」


 そんな決意とともに見つめた外の景色。


 テラスの向こう側。


 そこに、1人の少年の姿が見えた。


「ソーマ?」


 私はテラスに出る。


 庭園を見下ろすと、そこにはソーマがいた。


 彼は集中しているのだろう。


 私の視線ん気付く様子もなく、ひたすら剣を振るっていた。


「ソーマ君!」


「ッ!?」


 私が声をかけると、ソーマの肩が跳ねる。


 ――驚きすぎではないだろうか。


 いや、それだけ集中していたというわけか。


 少し悪いことをしてしまったかもしれない。


「え、ぇ……エレナさんっ!?」


 あたふたとしているソーマ。


 それは、あの日に見た悲壮な彼の姿とは似ても似つかない。


 完全に吹っ切れたというわけではないだろう。


 だが、少しは落ち着いているようで安心した。


「あー……ごめんなさい。集中していたわよね」


「い、いやっ……! そんなことは……!」


 私が申し訳なさそうにしていると、さらに慌てた様子を見せるソーマ。


 たしかにソーマはリュートと対比し、等身大な人物として描かれていた。


 だがここまで挙動不審なタイプではなかったと思うのだが。


「し、失礼しますっ」


 そんなことを思っていると、ソーマが一礼をしてから――跳んだ。


 軽いジャンプにしか見えなかったそれは、彼の体を一気にテラスまで運んでゆく。


「……おー」


 思わず拍手してしまった。


 気分としては、10点と書かれた札を出したいくらいだ。


 ここは2階だが、この城は天井が高いので結構な高さだ。


 元の世界の基準でいけば、4階相当の高度はあるはず。


 それをナチュラルに跳んでくるとは末恐ろしい話だ。


(さすが勇者……)


 当然、私がジャンプしてもこうはならない。


 この世界、非戦闘員と戦闘員の身体能力が違いすぎるのではなかろうか。


「エレナさん。体の調子は……」


「ええ。大丈夫よ」


 私が答えると、ソーマが安堵の息を吐く。


「ありがとうソーマ君。あなたが助けてくれなかったら、私はここにいなかったわ」


 今回の一件。


 彼がいなければ、私の命はなかった。


 それも、かなり凄惨な経緯をたどっての死を迎えるところだった。


 だからこそ、改めて例の言葉を告げた。


「そんなことは……」


「そんなことあるのよ」


 私は謙遜の言葉を遮る。


 これくらい断定しておかないと、彼は素直に受け取ってくれないだろうから。


「それにしても、さっそく剣術の特訓をしていたのね」


 私はふと気になっていたことを口にした。


(正直、戦うのが嫌になってもおかしくないと思っていたんだけど)


 カフェでの襲撃。


 そしてあの黒装束の男との戦い。


 その先に待っていた結末。


 記憶を失っていても、彼の倫理観は日本で生きていた時のまま。


 剣を見たくもない。


 そう思っても不思議はないと思っていたのだが。


「実を言うと、訓練を再会したのは今日からなんです」


「そうなの?」


 ソーマが口にしたのは意外な言葉だった。


 たしかにカフェでの一件以来、庭園で剣を振るう彼を見ることはなくなっていた。


 きっと別の場所で訓練をしているのだろう。


 それくらいに思っていたから。


「剣を振ることの意味を理解してから……どうにも気が進まなくなってしまって」


「そうだったのね……」


 それは納得のいく話だ。


 きっと私も、同じ経験をしたらそうなるはずだから。


「それなら、どうして急に?」


 なら、なぜまた訓練を始めたのか。


 そんな疑問が湧いてくる。


「それは……」


「?」


 頭を掻くソーマ。


 目を逸らす彼に、思わず疑問符を浮かべてしまう。


 だから、




「――剣を振るう理由が見つかったから」




 不意打ち気味に告げられた言葉に激しく動揺した。


「っ~~!?」


 声にならない声が出てしまう。


 ゲームはいくつもしてきたが、現実でこういう経験をしたことはないのだ。


(いやっ……! さすがに自意識過剰よね……!?)


 顔が熱い。


 動揺のせいか体が硬直し、私は笑顔とも真顔ともいえない表情のまま凍りついていた。


「あっ……!? いやっ!? 日頃から鍛えておかないと、いざというときに力不足を後悔することになってもどうにもならないからというか! あの……! 特に変な意味はなくて……!」


 そんな私の様子に察したのだろう。


 ソーマが狼狽し始めた。


 彼は意味の分からない身振りをまじえつつ言葉を並べている。


「え、ええ……! そうよね……! ふ、普段から頑張るのって大事よね……!」


 声を裏返らせつつ私は彼の言葉に追従した。


 ちょっと不自然なくらい大きな声で。


 そうでもしなければ顔から火が出そうだった。


「そ、そういうことなんです……!」


 きっとそれはソーマにとっても都合が良かったのだろう。


 私たちは示し合わせたように笑い合い、さっきまでの会話を流していった。


「あはは……」


 そうやって戻ってくる沈黙。


 気恥ずかしさは残っているものの、不思議と居心地は悪くない。




 ――こんな日々が続けばいい。


 そう思った。


 物語において、そんな気持ちは当然のように裏切られる。


 そんなことは知っていたはずなのに。

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