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第25話

 殺し。


 戦いの先に存在するであろうその事実を示したことがキッカケだろうか。


 勝負の天秤は黒装束に傾きつつあった。


「おらッ! どうした!?」


 挑発的に黒装束が叫ぶ。


 間断なく叩きつけられる斬撃。


 ソーマはそのすべてを弾いているが、余裕はすでに消えていた。


 打ち合いが繰り返されるたび、彼の表情は切羽詰まったものへと変わってゆく。


「くッ……」


 顔を歪めるソーマ。


「こっちはプロなんだよ」


 一方で黒装束の勢いは増してゆく。


 あきらかに黒装束優位に進んでゆく戦い。


 ――その原因はわかっていた。


「敵を殺す気もない奴が、ろくに動けない女を守りながら勝てるわけがないんだよ」


 ――私だ。


 黒装束は先程から、時折だが私を狙うそぶりを見せている。


 ゆえにソーマはそれにも対応させられ、振り回されている。


 そうやって翻弄され続けることで追い込まれ始めているのだ。


「…………」


 今や、ソーマの表情に余裕の色はない。


「お前。嘘か本当かは知らねぇが、記憶がないらしいな」


「それがどうしたんだ」


 わずかに苛立ちをにじませてソーマが問い返す。


 それがかえって、彼が追い込まれていることの証左のように思えて仕方がない。


「怒るなよ。俺はけっこうお前のことを評価してるんだぜ」


 一方、黒装束は余裕をみせつけるようにナイフを回す。


「間違いなくお前は天才だ。素人がここまで戦えるなんて異常だぜ」


 彼はそう評する。


 きっとそれは間違いないだろう。


 ソーマの設定を知っている私から見ても驚異的な才能なのだ。


 事情を知らないものから見れば、天才を越えて異端児としか思えないだろう。


 事実、彼は私という足手まといがいる状態で黒装束の攻勢を防いでいるのだから。


「それこそ、あと1月もあれば俺なんか手も足も出なくなるんだろうな」


 しみじみと黒装束はぼやく。


「だけど、今日のお前は俺に勝てねぇ」


「ッ……!」


 ソーマの剣が揺れた。


 動揺が手元に伝わるほど、すでに彼の中から余裕が失われているのだ。


(私……完全に足を引っ張ってる……)


 言い訳の余地なんてない。


 今の私は、完全に足手まといだ。


 もしソーマと黒装束の一騎打ちだったなら、もっと優位に戦えるはずなのだ。


 私がいるから、私を守るためにも思考のリソースを割かないといけないから、彼は追い込まれつつある。


 その事実が悔しくて仕方がない。


(私を見捨てるように言っても、きっとソーマはそうしない)


 むしろ彼の気を散らしてしまうだけだ。


 足手まといが、これ以上彼の邪魔をするわけにはいかない。


 なら、どうするべきか。


(私にできることは)


 私は全力で体を動かす。


 まだ手足の感覚は戻っておらず、立つことはできない。


 だから寝返りを打つように、うつぶせの体勢になる。


(あいつは、ここに人除けの術式を展開したと言っていた)


 私は這いずるように部屋の出口を目指す。


 虫のような緩慢さで。


 それでも必死に床を這う。


(もしそれを消せたなら……)


 いや、正確には消せる必要はない。


 ――私を止めなければならない。今すぐ手を打たなければならない。


 そう黒装束に思わせるだけでいい。


 ソーマの邪魔をすることが避けられないのなら、せめて黒装束の邪魔もしてみせる。


 そうやって対等な条件になれば、きっとソーマなら勝ってくれる。


 そう信じて。


「人除けの術式を解こうってか?」


 私の動きに気が付いたのだろう。


 黒装束がそう口にした。


「なら、手伝ってやるぜ?」


 そして彼が敵にしたのは――円筒型の物体だった。


(爆弾……!?)


 見た目としてはいわゆるダイナマイトに近い。


 作中でも、敵にダメージを与えるアイテムとして存在していた物だった。


 グレードによって威力は違うが、少なくとも室内で爆破していいものではない。


「術式ごと吹っ飛びな」


 そんな危険物を黒装束は放り投げた。







 僕――ソーマは天井を見上げていた。


 そこにあるのは、放物線を描くように飛んでいる円筒形の物体。


 その先端にある導火線には火がともっていた。


 失われた記憶の中に、あれに関する知識があったのだろうか。


 導火線が燃えきってしまえば、あれが爆発を起こすことが直感的に理解できた。


(――分かっている)


 あえて高く放り投げた爆弾。


(あの爆弾はブラフだ)


 確実に起爆させたいのなら、あんなふうに投げる必要はない。


 それこそ、床に叩きつけて起爆させてもいいのだ。


 それをしなかったのは、彼自身も本当に爆発されては困るからだ。


(人除けの術式というもののおかげで誰もこの戦いに気付いていないのなら、派手な爆発を起こすのは完全な悪手だ)


 正直、人除けの術式が何かは分からない。


 だがそれが、人をこの場から排除するものであることくらいは想像がつく。


 しかし爆発なんかを起こしてしまってなお誤魔化せるほどのものではないだろう。


(あれは、僕が爆発を防ぐことを前提とした攻撃でしかない)


 この場にいる誰もが爆発を起こされると困る。


 ――だがエレナさんは対応できない。


 ――黒装束の男は、あえて対応しないだろう。


 そうなると、僕が対応せざるを得なくなる。


 貴重な一手を、戦いではないことに割く必要が出てくる。


 それはあまりに致命的だ。


(爆発を防ごうとして隙を見せた僕を殺すための布石でしかない)


 あの男は強い。


 それは分かっている。


 爆弾に意識を向け、対応してしまえば。


 その隙に僕は殺されるだろう。


(分かっている。分かっているんだ)


 これは僕とあの男のチキンレース。


 どちらが先に、あの爆弾に対応してしまうのか。


 いや。


 あの男は最悪、巻き添えで自爆しても良いと思っているのだろうか。


 だけど僕は――


(でもそうじゃない可能性があるのなら。相打ちに持ち込んででも彼女を殺そうとしている可能性が少しでもあるのなら)


 僕はそういうわけにはいかない。


 爆弾は放物線を描き、エレナさんの背中を目指している。


 このまま放置してしまえば、爆弾が直撃した彼女がどうなるのかは容易に想像できる。


(僕は、ここで動かないわけにはいかないッ……!)


 なら、悪手と分かっていても動くしかない。


「はぁぁッ!」


 僕は渾身の力で、それでいて繊細な動きで剣を振るう。


(最速で、1ミリも剣筋をずらすな!)


 黒装束と戦っている時でさえ発揮しなかったほどの集中力。


 それは、僕に最高の一撃を放たせた。


 鋭く振るわれた一閃は、爆弾から伸びた導火線を正確に切り落とす。


「おうおう。器用な奴だぜ」


 ――声が聞こえた。


 その声は背後から。


 そして、近くから。


 一手遅れて振り返る。


 そこにはナイフを構えた黒装束がいた。


「生き方はずいぶんと不器用だったらしいがな」


 ――それとも死に方か?


 勝利を確信した笑み。


 きっと間違いではないだろうそれを浮かべ、彼はナイフを突き出した。


 狙いは首だろうか。


 刃が迫ってくる。


「ソーマ……!」


 エレナさんの声が聞こえた。


 必死で。


 僕の身を案じた叫びだ。


(ここで僕は死ぬのか)


 死が迫っているからだろうか。


 世界がゆっくりと動いてゆく。


 これでは、首筋にナイフがめりこむ感覚が嫌というほど分かってしまいそうだ。


 そんなことが思い浮かんでしまう


(死んだら、彼女はどうなるんだ)


 戦いへと舞い戻る思考。


 思うのは、僕の背後で倒れている少女のこと。


 きっと悲痛な表情で僕の心配をしているであろう少女のことだった。


(ダメだ……)


 ここで僕が死んだとして。


 それで終わりなら、それもいいだろう。


 だが違う。


 ここで僕が死ねば、彼女も死ぬ。


 いいのか?


 ここで諦めて。


 綺麗に死のうとして。


(死ねない……)


 もっと――生き汚くなるべきじゃないのか?


(ここで僕は死んではいけない)


 利口に運命を受け入れている場合じゃないだろう?


 そう奮起させる。


 彼女を死なせたくない。


 記憶がなく、不安な僕にやすらぎをくれていた彼女を死なせたくない。


(なら――殺すしかない)


 心に、暗い決意が灯った。


 襲撃を受けたあの日、怖かった。


 もう少しで相手を殺すところだったことが。


 それでいいのか。


 それは――彼女を死なせてまで迷うことか?


 選ばなければならない瞬間は、目の前にあった


「はあああああああああああああああッ!」


 僕は――たしかな殺意を持って剣を振るった。

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