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第24話

 依然として私の体は動かない。


 圧倒的優位を誇示するかのように黒装束は笑みを浮かべた。


「どうせ死ぬんだから、生きている連中のことなんてどうでもいいだろ?」


 ナイフをもてあそぶ黒装束。


 彼の手中で回転しているあの刃物が振り下ろされたとき、私には致命的な損傷を与えられるのだろう。


 想像するだけで体の芯が震えあがる。


「五体満足であの世に行けることのほうが重要だと思うけどな」


 どうするべきなのか。


 仮に体が動くようになったとして、それで事態は変わるのか。


 ――無理だ。


 私に戦う力はない。


 今すぐに動けるようになったとしても、扉にたどりつくより早く捕まってしまうだろう。


 自分の力で太刀打ちできないことは以前の対峙でわかっている。


「まあアンタの場合、地獄に行くから関係ないのか?」


 必死に思考を巡らせている私をよそに、彼はそんな風におどけていた。


「…………」


「なんだ? 助けが来る可能性に賭けてだんまりか?」


 彼はそう問いかけてくる。


 それは間違いない。


 何をするにしても、体が動かない現状がまずいことには変わらない。


 できるだけ時間は稼いでおくべきだ。


(話の流れから考えて、こいつは私が反魔王派の情報をリュートに流している可能性を危惧している)


 そもそも反魔王派なんて設定、私は知らなかったのだけど。


 どこまで私が情報を持っているかなんて彼らが知るわけがない。


(私から何も聞かずに殺してしまって、何も分からないままになることは避けたいはず)


 おそらく、黒装束――厳密に言えば、彼の主はその反魔王派とやらの一員なのだろう。


 だから私がリュートとつながっていないか。


 そして、自分たちの情報がリュートに筒抜けになっていないのかをなんとしてでも確かめたいのだ。


(情報を知らないことがバレても死。だからといって、嘘を語って聞かせても殺される)


 情報を持っていないと分かれば、彼は安心して私を殺すだろう。


 出任せで命をつなごうとしても、話し終えれば殺される。


(殺されない可能性に賭けて、少しでも時間を稼ぐ。それしかない)


 そうなれば選ぶのは無言。


 情報を出し渋るそぶりを見せたほうが、結果的に一番長生きできるはずだ。


 乱暴な扱いを受ける可能性はあるが、生き残ることのできる確率はこれがもっとも高い。


 そう信じ、私は唇を噛んで沈黙する。


「ちっ……さすがにここで拷問なんてしてる暇はねぇな」


 眉をひそめる黒装束。


 やはり、彼としても時間を稼がれるのは面白くないのだろう。


「少しリスクはあるが、持って帰って吐かせるとするか」


 黒装束はため息を漏らす。


 彼は私を連れて場所を移動するつもりらしい。


 ――大丈夫だ。


 リュートも、自身の城の内部で誘拐沙汰なんかを許すタイプではない。


 時間を稼げば、彼は黒装束たちの拠点を見つけ出すはず。


 もしも私が無事で済まなかったとしても、彼らに一矢報いることができる。


 このまま殺されるよりはマシな選択のはずだ。


「――俺が担いでいくわけだし、足はいらないよな?」


 そんな気持ちは、彼の冷たい笑みでヒビ割れた。


 黒装束はナイフを掲げ、切っ先を私の足へと向けている。


「死ぬまで時間を稼ぐか、すぐに話して殺してもらうか。どっちがお利口かは移動中に考えておいてくれよ?」


 そう言って、躊躇いなく刃は振り下ろされた。


 死の淵にいるせいか。それとも、あえて彼が手加減しているのか。


 スローモーションに見える視界の中、刃が向かってくる。


 そして――


「はあぁッ!」


 ――部屋の扉が吹き飛んだ。


「ッ!?」


 突然の乱入者。


 黒装束はナイフを手にしていた手を止めた。


 彼はそのまま私を放置し、大きく飛び退く。


 理由は簡単だ。


 さっきまで彼がいた場所を、斬撃が横一線に駆け抜けたからだ。


「ソーマ……?」


 そこにいたのはソーマだった。


 彼は剣を振り抜いた姿勢のまま黒装束を睨んでいる。


 その表情には焦燥があふれていた。


「エレナさんっ」


 ソーマは私をかばうように位置取り、声をかけてきた。


 背中越しでも彼の緊張が伝わってくる声だった。


「大丈夫?」


「大丈夫……だと思うわ」


 戸惑いながらも私はそう答えた。


 ――安堵の吐息が聞こえた。


「逃げられるかい?」


「……ごめんなさい」


 最初に比べれば少しは痺れも取れてきた。


 とはいえ、せいぜい体勢を変えられるかどうかという程度。


 歩くどころか立ち上がることさえ難しそうだった。


「おいおい。なんで人除けの術式が効いてないんだよ」


 黒装束は肩をすくめる。


 乱入者にも特に気負った様子はない。


 殺せば問題ない。


 そう考えているのだろうか。


「魔力で魔王にバレないよう、薄くかけておいたのが裏目に出たか?」


 ――しくじった、しくじった。


 彼はそう笑う。


(だからリリが来なかったのね……)


 さすがに妙だと思ったのだ。


 普段ならこの時間に来るはずのリリが来ないのも。


 物音がしても誰も駆けつけてこないのも。


 それらの原因は、黒装束の仕掛けにあったらしい。


(そしてソーマには魔族の魔術は効かない)


 だが、彼だけは例外だった。


 彼は魔王を、そして魔族を滅ぼす宿命を持つ勇者だから。


 魔族が扱う魔術に高い耐性を有しているのだ。


 むしろ人除けの魔術に使用した魔力が、彼に違和感を覚えさせることとなってしまった。


 黒装束の言う通り、まさに私を孤立させるための仕掛けが裏目に出た形だ。


「まあいいか」


 黒装束から笑みが消える。


 彼の中で、ソーマを見て感じる部分があったのかもしれない。


 ――奴は油断できる相手ではない、と。


「お前もお前で、かなり怪しかったからな」


 ナイフを構える黒装束。


 ソーマから伝わる緊張感も増してゆく。


 部屋中に蔓延する戦いの気配。


 肌を刺すような感覚に息苦しくなってしまう。


「念のために殺しておく」


 そんな張り詰めた空気が弾けるのは一瞬だった。


 黒装束が一気に距離を詰めたのだ。


 そのままナイフがソーマを狙う。


「それなら、僕のほうから来てくれたらよかったのに」


 飛び散る火花。


 それは、ソーマがナイフを剣で防いだ衝撃で跳ねたものだ。


 私の目には映らない速度での攻防。


 だが彼は、難なくそれをなしとげていた。


「そうすれば彼女が酷い目に遭わずに済んだ」


 そう語るソーマの声には怒気が混じっていた。


「それはないな」


 一方で黒装束は笑みを浮かべる。


 さっきまで私に向けられていたような、一方的に暴力をちらつかせる嗜虐的な笑みではない。


 強い敵を前にして戦意を高めてゆく獰猛な笑みだ。


「お前が死んだあと、そいつが酷い目に遭うだけだ」


 そう言って、黒装束が消えた。


 ――部屋中で音が鳴る。


 壁から。天井から。


 時折、机に置いていたインテリアなどが壊れる。


 おそらくだが、黒装束は高速で部屋中を動いているのだ。


 縦横無尽に。


 ソーマを攪乱するために。


「…………」


 一方でソーマは動かない。


 だが、それは敵を捉えていないこととイコールではない。


 剣を構えた姿勢のまま、落ち着いた様子で視線を走らせている。


 どうやら彼には黒装束の動きが追えているようだ。


「見れば分かる」


 ヒットアンドアウェイとでも言うのだろうか。


 隙を見て、黒装束は四方八方からソーマに斬りかかっている。


 そのたび、ソーマは迫る斬撃を叩き落としていた。


 素人目には対等な戦いが成立しているように見えていた。


 だが――


「お前、敵を殺したことがないだろ」


 ほんの一瞬、ソーマの目元がひくついた。


 わずかな動作だったが、動揺を感じさせるには充分だった。


 そのせいだろうか、


「…………!」


 再びの剣劇。


 だが今度は、黒装束のナイフがソーマの肩を掠めた。


「才能は認めるが、今のお前は俺に勝てない」


 ソーマは間違いなく天性の才能を与えられた存在。


 だが、彼は同時に戦いと無縁な世界で生きてきた存在でもあるのだ。


 命の奪い合いの経験。


 その差を見せつけるように、黒装束は笑った。

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