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第22話

 あれから数日が経った。


 さらなる襲撃者が現れることも、襲撃者の正体が判明することもなく。


 リリの話では襲撃者はどこかに所属している者たちではなく、お金で雇われて活動する暗殺組織だったらしい。


 そうなれば雇い主が分かれば事態は解決するはずだが、彼らもプロだ。


 ああいう後ろ暗いことを生業とする組織は信用第一らしく、雇い主の情報を聞き出すことは難しいだろうとのことだ。


 ――実行犯を生け捕りにできなかったという事実が痛い。


 その点に関しては、なんの役にも立っていない私が言えることではないのだが。


(この前の襲撃……)


 私は思い返す。


 あまり気分のいい思い出ではない。


 しかし原因がわかっていない以上、現実逃避をしているわけにもいかない。


(あれは原作シナリオにはない展開だった)


 類似したイベントの記憶はない。


 設定集の内容を思い出しても、それらしい記載はなかったように思える。


(アンネローゼの話では最初、襲撃者は複数いたのよね)


 あのとき、私たちが出会った襲撃者は1人だけだった。


 しかし組織的な犯行だったらしく、アンネローゼがかなりの人数を削ってくれていたらしい。


 その中で彼女が討ち漏らした1人が、私たちの前に現れた男だったわけだ。


(普通に考えれば、狙われたのは私かソーマよね)


 リリやアンネローゼが標的だったのなら、残った1人が私たちの前に現れるのはおかしい。


 あくまで私たちのどちらかに襲撃をかける前にアンネローゼたちに見つかってしまった。


 そう考えるのが妥当だろう。


(シンプルに嫌われていそうなのは私だけど)


 ――自分で言っていて悲しい。


 とはいえ、私を殺したいほど嫌っている人間はいてもおかしくない。


 だからといって、ここまでするかという気持ちはある。


 あの襲撃者を用意するのには相応のリスクがあったはずなのに。


 そこまでして私を排除したかったのか。


 疑問がないとは言えない。


(得体が知れないという意味では、ソーマはなかなかなのよね)


 なにせこの世界の住人ではないのだ。


 魔族領はもちろん。


 人間たちの生活圏を探しても彼の正体に迫ることはできない。


 謎に包まれた人物といえる。


 これまでの足跡をたどることが容易という意味では、エレナ=イヴリスはソーマより脅威が少ない人物でもあるのだ。


 安易に巻き込まれただけと断じることもできない。


(現実的に考えると、ソーマが狙われるのも納得はいくのよね)


 懸念はある。


(だってソーマは人間だから。魔族としての身体的特徴を持っていない)


 角、尾、翼。


 そういった要素を魔族は必ず持っている。


 だが、ソーマにはそれがない。


(人間で。魔素に満ちた魔族領で生きられる存在は2種類しかいない)


 聖魔のオラトリオシリーズでは一貫して、そう描かれていた。


 そこには例外はない。


(聖女か。聖女の祝福を受けた人間だけ)


 私がここで生きていけるのは、リュートから血を受け取っているから。


 純粋な人間がここで生きていくためには、聖女であること、あるいは彼女の助力を受けている必要がある。


(ソーマが聖王国側のスパイだと思われている可能性は否定できない)


 記憶喪失というのは魔王城に入るための方便なのでは。


 あるいは最初は密偵として動いていたが、不慮の事態で記憶を失った可能性も疑える。


 そうなれば彼を排除したいという動きも納得できる。


(そもそも今回みたいなイベントは原作になかったわけだけど、原作ではたまたま襲撃されなかっただけという可能性もある)


 原作で彼がスパイと疑われる展開はなかった。


 だが原作でなかったことは起こりえない――だなんて妄信はできない。


「でも、一番怪しいのは私よね……」


(原作との一番の違いなんだし)


 私はため息を吐く。


 ソーマが狙われていた可能性もある。


 だが、ここにいる人物でもっともシナリオを崩壊させる可能性があるのは私なのだ。


 被害妄想というわけではないが、私のせいだと考えておいたほうがしっくりくる。


 一番のイレギュラーが私なのだから。


 自覚のない行動が、回り回って今回の件につながった可能性はある。


「…………」


 そんなことを延々と考えていたせいだろうか。


 不意にお腹が鳴った。


 時間としてはまだ昼食には早いタイミング。


 とはいえこのまま我慢するのもストレスな腹具合だ。


「せっかくだし、紅茶でも……」


 私は近くのテーブルに歩いてゆく。


 紅茶でも、お腹に入れておくだけで少しは気分もまぎれるだろう。


「リリにお願いしてティーパックを作ってもらっておいて良かったわ」


 私は水差しからコップへとお湯を注ぐ。


(ガラス製っぽいのに、お湯を入れても割れないし保温もできるなんてファンタジーよね)


 お湯を保存しておいても割れないガラス製の水差し。


 割れないことは耐熱ガラスということで納得するとして、半日経ってもお湯のままというのはわりとファンタジーである。


 赤い魔石のようなものがフタに埋め込まれているので、本当にファンタジーなのだろうけれど。


(優雅に紅茶を煎れるのも楽しそうだけどね)


 高い位置から紅茶をカップに注いでみたりだなんて。


 そんな想像をしてみるものの、私にそれができる自信がない。


 なので今回はお手軽さ重視。


 美味しい紅茶はリリにお願いすることにしよう。


 ティーパックをお湯で満ちたカップに落とす。


「……どれくらい待つのかしら」


 そこでふとした疑問が浮かぶ。


 ゆっくりお湯は色づいてゆくが、はたしてどれくらい浸すのが正解なのか。


 元の世界なら、パッケージの裏を見ればおおよその検討がついたはずだけれど。


「あんまり揺らすと渋くなるのかしら」


 そんな話を聞いたことがある。


 まあ、渋いお茶も嫌いではないけれど。


「まあ、こういうのって勢いよね」


(私って、別に舌が肥えてるわけでもないし)


 どうせ元の世界では安物のティーパックを何度も使いまわしていたのだ


 些細な味の違いくらいならスルーしてしまう自信がある。


 よほど不味く作らない限り、それなりには飲めるだろう。


「誰かに振る舞うわけでもないし、適当よね」


 そもそも空腹を誤魔化すために紅茶を煎れているのだ。


 のんびり待てるのなら、最初から紅茶を煎れようとしていない。


 私はその場に座り、カップを口に運ぶ。


 温かい紅茶が喉を通ってゆく。


「…………ん?」


 そこでふと手を止めた。


 少し違和感があったのだ


(なんか……)


 カップへと目を落とす。


 色は赤みがかった茶色。いつもと変わらないはず。


 鼻孔をくすぐる芳醇な香り。いつもと違わない……はずだ。


 だが、


「……変な味ね」


 なんとなく味が違う気がする。


 濃いだとか薄いだとかいう話ではない。


 なにか雑味が混じっているような気がするのだ。


(いつのまにか、リリが煎れてくれる紅茶に慣れていたったわけかしら)


 ここ最近、リリがきちんとした手順で入れてくれた紅茶ばかり飲んでいた。


 食事だって元の世界とはレベルが違うものだった。


 そのせいで舌が敏感になってしまったのだろうか。


 そんな風に納得しようとしてみる。


「いや……さすがにこれ……は……」


 だが、やはり違う。


 これはこの紅茶自体の味ではないように思えた。


 元の世界ほど保存料が浸透しているとも思えないし、茶葉が痛んでいたのだろうか。


 そう思っていた時、異変が起きた。


「あ……れ?」


 ――カップが重い。


 口元のカップがひどく重く感じられるのだ。


 右手だけでは支えきれず、両手でカップを握る。


「な……」


 私の両手が不自然なほど震えていた。


 紅茶の水面が振動し、カップからこぼれる。


 ――なのに、手は紅茶の熱を感じない。


(うそ……)


 ついに手から完全に力が抜け、カップが床に落ちた。


 散乱する破片。


 しかし、それどころではなかった。


(……体が動かない)


 私はそのまま椅子から転がり落ちた。

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