第21話
「最近現れたという色男はどうだ?」
リュートが口にした言葉は唐突だった。
色男。
おそらくそれはソーマのことだろう。
「えっと……」
どう答えたものか。
彼の正体を思えば、へたなことは言えない。
私が言い淀んでいると、リュートは笑みを漏らす。
「安心しろ。俺に男色の趣味はないからな。横から盗られる心配はいらないぞ」
「そういうことじゃありませんっ……!」
思わず顔が熱くなる。
まさかと思うが、私がソーマに恋心を抱いているという与太話がリュートに伝わったのではないだろうか。
不安だ。
リリの口が固いことを祈る。
(この2人……一部のファンにはそういう目で見られてたのよね……)
少し遠い目になる。
リュートは男色の趣味はないと語っていたが、一部の界隈ではリュート×ソーマなるものが存在していたはずだ。
魔王と勇者。敵対する2人。
出会えば、どちらかが死なねばならない運命。
運命づけられた悲恋として、ファンの心を刺激したのだ。
私は原作にない設定を勝手に追加することに否定的なタイプのファンなので、そういうカップリングには賛成しかねるのだけど。
ただ、そういうファン層がいたことは把握している。
「レイナ」
そう彼がささやく。
2人きりだからか。
告げられたのはエレナの名前ではなかった。
隠すように言われた私の……本当の名前を口にした。
そうして彼は目を細め――
「お前は、ソーマのことを以前から知っていたのだろう?」
その言葉を前にして、私は動揺を隠すことができなかった。
想定さえしていなかった方向からの指摘に心臓が跳ねる。
「!?」
思わず息が漏れてしまった。
慌てて平静を装うが、手遅れであることは明白だった。
元から腹芸なんて専門じゃないのだ。
とっさに真実を隠すなんて器用なことはできない。
「やはりか」
ククと彼が笑う。
いたずらが成功した。
それくらいの雰囲気だった。
「お前の魂がエレナ=イヴリスのものでないと分かってからずっと考えていた」
リュートはそう続ける。
「お前はいったい誰なのか、と」
それは当然の疑問だろう。
あえて彼が告げなかっただけで。
魂に興味を示していた彼が、その出処に関心を持たないわけがない。
「これまでのお前の振る舞いに見え隠れした不自然さ。そもそも、エレナ=イヴリスの肉体を選ぶという不合理」
私はこの世界を表層しか知らない。
きっと、子供でも知っているようなことを知らないこともあっただろう。
そして、宿主としてエレナを選ぶのもおかしい。
この世界の――少なくとも彼女と接触できる場所にいる人間なら、破滅が確定している彼女の立場になんてなりたくないはずだから。
もっとマシな宿主なんていくらでもいるはずだから。
「もしやお前は、異世界から現れたのではないか?」
だったら、私はなんの事情も知らない異世界人だったのではないか。
この世界の常識も。
エレナという少女の状況も。
よく知らなかったのではないか。
真実とはズレがあるが、ゼロからの推測としては真に迫っている。
なにより――
(ソーマは異世界から現れた勇者。つまり聖魔のオラトリオには異世界という概念がある)
この世界には、明確に『異世界』という概念が存在しているのだ。
私が異世界人である可能性を疑う土壌は整っているのだ。
「……違います」
真実に迫りつつある言葉。
私はそれを否定した。
なんとか動揺を抑え込みながら。
「ふむ。それなりに悪くない仮説だと思ったのだがな」
返ってきたのは、あっさりとした言葉だった。
リュートは顎を撫で、そんなことを言っていた。
気楽ささえ感じさせる調子で。
「…………」
聖魔のオラトリオにおいて、リュートは聡明な人物として描かれていた。
だが、まさかここまでとは。
ノーヒントに等しい状況から、異世界という反則に近い真実へと至るなんて。
私が抱いている感情は戦慄に近かった。
だけど、
(言えるわけがない。この世界が創作として扱われている世界から来たなんて)
☆
別に詰問をしたかったわけでも、糾弾をしたかったわけでもない。
そこにあるのはただの好奇心。
ちょっとした答え合わせをしたかっただけだ。
だからオレ――リュートは彼女の言葉を追及しなかった。
そこに明らかな偽りがあったとしても。
彼女が答えたくないのなら、暴き立てるつもりはない。
「現れた状況から考えて、おそらくソーマは異世界の人間だ」
エレナ=イヴリスとなってしまった少女。
彼女が部屋に戻るのを見送ってから、1人でぼやく。
実のところ、オレはソーマという男が異世界人だと確信していた。
――そして彼が、オレを殺すために召喚された勇者だということも。
しかし、どうでもいい。
奴がオレに刃を向けるその日までは、奴は1人の人間でしかない。
敵であろうと、敵対しないのなら構わない。
それだけのことだ。
「レイナも異世界出身で、同じ境遇であるソーマを気にかけていた――と予想していたんだがな」
彼女がソーマを気にかけていたのは間違いない。
だが、リリの言うように恋心だとは思えなかった。
もっと同情や、共感に近い感情のように思えた。
そして――後ろめたさも見えた。
だから2人は同郷なのだと推測していたのだが。
「しかし、あの反応からするとソーマに関して多少は知っていたようだな」
これまでの考察で確信しつつある事象を並べてゆく。
おそらく、クロサキレイナという少女はこの世界の人間ではない。
ソーマが異世界人であることはほぼ確定している。
そして、レイナはソーマを知っている。
しかしソーマが彼女を知っているのかは未確定。
(いや――ソーマの記憶が刺激されている様子がないことから、彼は彼女を知らない可能性が高いのか?)
そう仮定する。
「だとすると、2人はそれぞれ違う異世界から……いや、それだとレイナがソーマを知っていることに説明がつかない」
なぜレイナが一方的にソーマを知っているのか。
偶然と片付けるのは簡単だ。
(だが、そんな2人がこの世界に流れ着いたことまで偶然で済ませてしまうのか?)
いくつもの偶然が重なったとき。
それらの偶然を必然へと変えた要素を見落としている可能性を疑うべきだ。
「聖王国の教えでは、女神の導きで異世界の者が召喚されるとのことだが……」
そこで新たな仮説を立てる。
クロサキレイナとソーマ。
2人は違う異世界から来た。
――しかし、その異世界同士に上下関係があったのなら。
上位に位置する異世界からのみ、下位の世界を観測する手段があったのならどうか。
……たとえば、神のように。
「レイナは意図的に女神のイタズラを行使し、異世界の来訪者を知っていた」
思い出すのは、先日の事件。
彼女は魔術で封じられた扉を、女神のイタズラを駆使してすり抜けた。
原理不明とされる現象を、狙って使用したのだ。
――この世界の人間でさえないというのに。
「……そもそも、異世界という概念は聖王国の……それこそ王族でもなければ知らないような秘匿事項だ」
そして、大きな事実。
彼女は『異世界』という言葉をすんなりと聞き流した。
この世界では、ほとんど知られていない概念だというのに。
当然のように受け入れて会話を続けていた。
「もし彼女がこの世界に住んでいた人間であるのなら、まず異世界という概念に疑問を持つべきだ」
彼女が適当に話を聞いていたのなら分かる。
しかし彼女は真剣に話をしながらも、異世界というワードに引っかかりを覚えなかった。
「異世界の存在を知っていたということはまさか……彼女が『女神』だとでもいうのか?」
それは、彼女が元より異世界という言葉を知っていたから。
それは、彼女が異世界という言葉を知っていることの不自然さを知らなかったから。
だから当然のように会話を続けてしまった。
「聖王国を追放された女に宿った魂が、他でもない聖王国が信仰する女神だったとしたら皮肉なものだな」
これはあの聖女――ノア=アリアさえ知らない事実だろう。
自分たちが信仰を捧げてきた女神が、よりにもよって追放した女の体に宿っていたなんて。
皮肉にしても痛烈すぎる。
――もっとも、この仮説が真実であればの話だが。




