第20話
あれからリリとアンネローゼは、襲撃者の死体を魔王城へと運び込むために先に帰っていった。
魔王城の人員を借り、襲撃者の所属などを調べるつもりらしい。
そういった事情があり、帰り道はソーマと2人きりだった。
「…………」
痛いほどの沈黙。
肩が触れそうな距離で並び歩いているというのに、交わされる会話はない。
それは苦にならない沈黙なんてものではなく、普通に気まずい沈黙だった。
「さっきのことは気にしないで」
現在、私たちが歩いているのは魔王城へと続く庭園だ。
どうやら、この一言のために1時間ほど費やしてしまったらしい。
「あなたがいなかったら、私は死んでいたかもしれないんだから」
「ああ……ごめん」
ソーマの謝る声。
彼の横顔を盗み見ると、その表情はひどく気まずそうだった。
(震えてる……?)
そこでふと気づく。
彼の手が震えていたのだ。
「できれば、こんな情けないことを言いたくなかったんだけど」
ソーマが苦笑する。
「さっき相手を斬ったときの感触を思い出したら……ね」
彼はそう吐露した。
彼の視線は遠くを見ている。
あのときの戦いへと思いをはせているのだろうか。
「剣を振っていたときは楽しかったのに、実際に誰かを斬ったとき……怖かったんだ」
ソーマは自身の右手を見つめている。
震えが止まることはない。
「握った剣から伝わってきた感覚が忘れられない」
彼が目を伏せる。
かけるべき言葉は、思いつかない。
「剣を振るうことの本当の意味を、僕は理解していなかったんだ」
「…………」
(そんなこと……普通の高校生なら当然よね)
ソーマはこれまで日本ですごしてきたのだ。
記憶がなくとも、根底の価値観は私たちとそう違わない。
荒事に慣れていない彼が、殺し合いを経験したのだ。
ただ守られていただけの私とは違って。
(でも、そうやって慰めることはできない)
高校生なんだから仕方がない、なんて言えるわけがない。
(それは私が知っているはずの情報じゃないから)
エレナ=イヴリスがソーマのルーツを知っているわけがない。
不自然なんてレベルの話ではない。
もしそんな言葉を口にしてしまえば、私は私の正体を告げなければならない。
なにより――
(もしそれが原因で、ソーマが勇者として目覚めてしまったら)
私の言葉がソーマの封じられた記憶を刺激してしまったら。
彼が勇者として覚醒してしまうかもしれない。
そうなれば、ソーマかリュート。
どちらかが死ぬまでの戦いの始まりだ。
(安易に慰めの言葉をかけることもできない)
ソーマの記憶を刺激しないように安っぽい慰めを口にするのか。
リスクを度外視して、思うがままに言葉を紡ぐのか。
(……どうすればいいのかしら)
その答えは……出ない。
☆
リリに聞いたところ、襲撃者の正体はわからなかったらしい。
今後も調査は続けるが、彼の所属をつきとめられるかは微妙とのことだ。
どうやら釈然としないまま日々をすごす必要がありそうだ。
「ふぅ……」
そんな風に、どうにも気持ちの悪い終わり方をしたせいだろうか。
夜になっても眠気が来ない。
眼が冴えているのではない。
頭は疲れきっているのに、ただ眠ることができないのだ。
「これからどうなるのかしら」
そんな言葉が漏れてしまう。
私は気持ちを切り替えようとバルコニーへと歩み出た。
涼しい夜風が髪をすり抜ける。
(私って、エレナ=イヴリスとして一生を過ごすことになるのかしら)
もう深夜だからだろう。
眼下に広がっているはずの庭園はよく見えない。
まばらに点いた照明が星のように散らばっているだけだ。
(これが物語だったら、元の世界に帰る方法を探したりするのかもしれないわね)
異世界に転生した主人公が、元の世界に戻るための手段を模索するストーリー。
ありがちな話だ。
問題があるとしたら、そもそも私自身に主人公たる器がありそうにないことだ。
まあ最近は、異世界に定住するパターンが多数派かもしれないが。
「ここでの生活に不満があるわけじゃないんだけど」
例の毒殺未遂の時に手助けをしたおかげか、メイドのセラも私のイメージ回復に腐心してくれている。
そのおかげで、嫌悪の視線を向けられることも減ってきている。
リリをはじめ友人と呼べる人物とも出会えた。
転生当初のような、すぐにでも元の世界に戻りたい環境ではない。
「そもそも……この姿のままなら元の世界に戻れても、元の生活には戻れないのよね」
当たり前の話だが、向こうの世界で生きているのは私――黒崎玲奈でしかないのだ。
もしエレナ=イヴリスの姿のまま帰ったとしても意味がない。
世界が戻ったとして、生活が戻らないのなら。
戸籍も身分証明書もないとなれば、あの世界はこちらよりも生きにくいのかもしれない。
「まあ、できるかも分からないことを悩んでも仕方がないんでしょうけど」
仮に心から帰りたいと願ったとして。
そんな方法が存在しているかは不明瞭なのだから。
考えるだけ無駄なのだろう。
「それに、さすがにシナリオの途中で離脱っていうのもね」
嘆息。
聖魔のオラトリオReverseは、どちらのルートに進んでも犠牲者が出る。
しかも一歩間違えてしまえば100人程度で終わらないほどの被害が。
だからといってシナリオを外れたら良いという話でもなく、場合によっては2つのルートを越える惨劇だって起こりえるのだ。
(そんなことを想像していたら、気になって眠れなくなりそうね)
なまじゲームの中の世界ではないと思ってしまったから。
これまで触れあってきた人たちに不幸がないのか。
自分がいれば事前に防げたはずの悲劇が訪れていないか。
元の世界に帰ったとしても、そんなことばかり考えてしまうのだろう。
「って……こんなことを考えてたら眠気なんてくるわけがないわね」
いつのまにか答えのない悩みに浸ってしまっていた。
気持ちをリセットしようと夜風に当たっていたのに、これでは泥沼だ。
「いつもだったら、ゲームでもしながら眠るはずだったんだけど」
朝起きて、会社に向かって。
疲れて帰宅したら、食事をして。
そのままベッドの中でゲームをしながら眠る。
そんな日々をすごしていたのに。
いつのまにか私は、プレイヤーから登場人物になっていた。
奇想天外なんてレベルの話じゃない。
(もう寝るのは諦めよう)
どうやら今日は眠れない日らしい。
いっそ完全に眠ることは諦めて、ただベッドの中で目を閉じていることにしよう。
こんなところで徹夜してしまうよりは体力も回復するだろう。
そう思って踵を返そうとしたとき――
「まだ起きていたのか」
声が聞こえた。
「え……」
振り返れば、そこにはリュートがいた。
白い月光に、血のような赤髪が照らされる。
自室から飛んできたのだろうか。
彼はふわりとバルコニーに降り立つ。
「――眠れないのか?」
静かな夜。
彼の声が鼓膜を揺らした。




