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第17話

 あれから30分ほど歩いてから。


 私たちは城下町にたどり着いていた。


 もっとも、歩いていた時間の半分以上は魔王城の庭園を抜け出すために費やされた気がするけれど。


 おかげさまで、平静を装っているものの私の足はすでに疲れ始めている。


 人間であり貴族令嬢として労働をしてこなかったエレナの肉体は、勇者であるソーマや魔族であるアンネローゼと比べて非力なのだ。


 ……設定的にはリリも疲れているはずなのだが、こればかりは日頃から肉体労働をしているがゆえの体力差ということなのだろうか。


 なんだか、自分だけが飛びぬけて軟弱だという事実が情けない。


(これが魔王領……)


 城下町のメインストリートを前に、私はきょろきょろと周囲を見回していた。


 私のせいで、この一行が都会慣れしていない田舎者だと思われていたら申し訳ない。


 心の中で謝罪しつつも、画面越しにしか見てこなかった世界を胸に刻んでゆく。


(聖魔のオラトリオでも言われていたけど、聖王国に比べるとちょっとフランクというか……雑多な感じね)


 聖魔のオラトリオの世界観に漏れることなく、こちらも聖王国と同じ西洋風の建築様式が並んでいる。


 しかしここは人間と魔族の違いというか。


 店先の店主や客の振る舞いは、聖王国よりも豪快に思える。


 もっとも、こればかりは私――というよりエレナを取り巻いていた環境というか、聖王国ではエレナの顔が有名すぎた可能性もある。


(……私の顔を見て舌打ちする魔族もチラホラいるわね)


 エレナの名前は知られていても、顔を知っている魔族は少ないのだろう。


 聖王国に比べれば私に対する風当たりは随分マイルドだ。


 だが嫌悪を向けてくる魔族がいないわけではない。


 きっと彼らは、エレナの顔をどこかで見たことがあったのだろう。


 とはいえ、アンネローゼに一瞥されたらそそくさと消えていくのだが。


 やはり私にはボディガードが必須らしい。


「ということでっ」


私たちが歩いていると、リリが笑顔で手を叩いた。


 彼女に従うように私たちは足を止める。


 それなりに歩いてきたからか。


 このあたりは最初に感じていた豪快さは身をひそめ、静粛な空気が漂っている。


 恥を承知で言わせてもらうと、私のような人間には場違いなのではという印象が否めない。


 きっとこのあたりの店に入って、一目でも値札を見てしまえば白目を剥く羽目になるのだろう。


「私とアンネローゼ様は買い出しに行ってまいりますので、あのお店で待っていてくださいっ」


 リリが手で示す先。


 そこは上流階級の雰囲気をかもす店たちの中でもさらに格式を感じさせる場所だった。


 おそらくここはカフェ……なのだろう。


 広さそのものは、個人経営の喫茶店とそう変わらないほどのこじんまりとしたもの。


 だが店先から伝わってくる本物感とでもいうのか……放っている空気が違う。


 下品に高価なものを並べたてているのではない。


 緻密に施された意匠や、外観全体を計算して作られた淑やかな雰囲気に圧倒されてしまう。


 細部にこそ神は宿る、なんて言葉が浮かんでくる。


 足音を立ててしまうことさえ申し訳なくなってくるというか。


 入ったら最後、出るころには万単位でお金が消えていそうというか。


 そもそも、入り口の扉にたどりつく前に平伏してしまいそうだ。


「2階は一部の会員しか利用できない完全予約制のカフェになって……るんでしたっけ?」


「ええ」


 リリのあいまいな言葉にアンネローゼが首肯する。


「わたくしから話は通してあるから、わずらわしいことはないはずよ」


 そう彼女は言った。


 彼女が訪れるような店となれば、当然ながら世情にも詳しいはず。


 私の顔だって、把握しているとしかるべきだ。


(私の場合、門前払いされちゃいそうだものね……)


 それくらいには、エレナ=イヴリスという悪名は世にとどろいているのである。


 しかし、アンネローゼの口添えがあるのならその心配もないはずだ。


「ということで、お2人で楽しんじゃってくださいっ」


 私はリリに背中を押されて店へと歩いてゆく。


「私もアンネローゼ様も、全然まったくこれっぽっちも近くにいないので安心してくださいっ」


 リリはあきらかに挙動不審な様子を見せながら私たちから距離を取ってゆく。


 私はただ、彼女が手を振りながら狭い路地に消えていくのを見送ることしかできなかった。


「露骨すぎますわ……」


 アンネローゼはため息を吐くと、追従するようにリリが消えた路地へと入ってゆく。


 どうやら本当に私たち2人で待たされるらしい。


「…………」


 沈黙。


 そして、思い至る可能性。


(もしかして……)


 リリの奇妙な気の利かせ方。


 そこにある仮説が浮かんだのだ。


(私……ソーマが好きだと思われてるの!?)


 リリが見せた一連の奇行。


 それが、私とソーマを恋仲にしようと画策したものだったとしたら。


 その理由は、私がソーマに恋していると誤解したからという線が濃厚だ。


「まあ……個別ルートのフラグが折れたと思えば悪くないのかしら……?」


 そう納得してみる。


 リリが応援モードでいる限り、彼女は過度にソーマに干渉はしないだろう。


 そうなればソーマルートに向かう可能性も減るわけで、私としては都合が良いはずだ。


 なんだかソーマをもてあそぶ悪女のようになってしまうのが心苦しいけれど。


「エレナさん?」


 私が立ち止まっていることが気にかかったのあろう。


 心配そうにソーマがこちらを見ていた。


「あー……独り言だから気にしないで」


 私はそう微笑み返す。


「せっかくの気遣いなわけだし、行ってみましょうか」


「そうですね」


(話を聞く限り、かなり良いお店みたいだし)


 ともあれ、アンネローゼが事前に話を通してくれているのだ。


 あまり待たせてしまうのも申し訳ない。


 私たちは緊張しつつも、店の扉へと手を伸ばした。


「…………?」


 そのとき、私の指が動きを止めた。


 そして周囲の様子を確認する。


(気のせいかしら)


 私は特別な訓練を受けた戦士なんかじゃない。


 だから、きっとこれは思い過ごしである可能性のほうが高いのだろう。


(誰かに見られていたような……)


 だけど……私は誰かからの視線を感じていた。







「ふふふ……」


 店同士の隙間にある狭い路地。


 そこからエレナちゃんの様子を覗き込み、私――リリ=コーラスはほくそ笑んでいました。


 すべてが順調。


 美味しいものを食べながらの、楽しい会話。


 それはきっと2人の仲を深めることでしょう。


 私の要領を得ない話を噛み砕き、最高の場所をセッティングしてくれたアンネローゼ様には頭が上がりません。


「楽しそうね貴女」


「はいっ」


 口から出てくる声も心なしか弾んでしまいます。


「エレナちゃんには幸せになって欲しいですからっ」


 いくら抜けていると言われる私でも、魔王様から任されたお客人となれば素性くらいは調べます。


 だから、エレナ=イヴリスという人物についてはある程度知っています。


 ……悪名も含めて。


 エレナちゃんにはそのことを言ってはいませんが。


 そして思うのです。


 悪評を知ったうえで。実際にお話をしたうえで。


 彼女には幸せになって欲しいのだと。


「アンネローゼ様は恋愛に興味ってないんですか?」


 そんなことを聞いてみました。


「あら。わたくしが誰の婚約者候補かお忘れかしら?」


 私の問いに、アンネローゼ様は優雅に微笑みます。


 貴族の婚約というものは、どうしても当人の感情よりも実利が優先される傾向にあります。


 だけどきっと彼女は違うのでしょう。


 その表情からは、魔王様へと向けられた敬愛が見えます。


「あの方のすばらしさを一晩中語り聞かせてさしあげましょうか?」


「聞きたいですっ!」


「……ちょっとは引いた反応をしてちょうだい」


 ……なぜかアンネローゼ様が呆れた表情になってしまいました。


 お友達と恋愛話で盛り上がりたいという感情は、それほどおかしくないと思うのですが。


「まあ、わたくしも色恋に興味がないと言えば嘘になってしまうのですが個人的には――」


 そう言って、彼女は目を細める。




「貴女たちと合流してから、誰かが尾行してきていることのほうが気になっていますわ」




 先程までのような優雅な表情ではなく、もっと冷たい感情を宿して。


「…………はい?」


 ……どういうことですか?

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