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第16話

「あっ、あ~! こんなところで会うなんて偶然ですねー! ところでエレナちゃんっ。ソーマさんっ。気分転換なんてしたくありませんかっ!?」


 始まりはたしか、リリのそんな演技くさいセリフだった。


 今日も今日とてソーマが剣術の訓練をしていたとき。


 庭園を訪れた私服姿のリリがそんなことを言い出したのだ。


「…………はい?」


 すさまじいほどの棒読みに私は微妙な反応を返す。


 本人としては偶然見かけたという体裁で進めたいようだが、どう考えても私たちを探していたようにしか見えない。


「実はですね、今日は買い出しに行く日なんですっ」


「……こんな広い城で使うものを1人で買いに行くのかしら?」


「うっ」


 思わず漏れた言葉にリリが胸を押さえる。


 普通に考えて、買い出しを1人で任されるはずがない。


 そもそも魔王城ともなれば、業者のほうが荷物を運びこんでくるだろう。


 実際にそういう場面もここ数日で見たことがある。


 つまり、リリの言葉が偽りであることはあきらかだった。


「しかも、仕事なのに私服で?」


「ぅえ……」


 さらにいえば、リリはいつものメイド服を着ていない。


 それに関しては動きやすさなどの言い訳はできると思うのだが、どうやらリリはそこまで頭が回らなかったらしい。


「しかもアンネローゼさんまで?」


「ひぇ」


 そしてこれが決定打。


 ……いや、もう最初からどうしようもなく決定していたが、どう考えてもおかしい部分があった。


 それが、リリの後方でたたずんでいるアンネローゼの存在だ。


 どう考えても、彼女が買い出しに付き合わされているわけがない。


 そんなことをしようものなら、物理的に首が飛びそうな無礼だろう。


(……絶対になにか隠してるわね)


 いや……これは隠していると表現していいのか?


 隠そうとしている。隠す努力はした。そんなところだろう。


 ふと私はアンネローゼに目を向ける。


「………………」


(なんだが、すごく諦めている表情ね)


 リリの背後では、アンネローゼがため息をついて頭を押さえていた。


 どうやらリリの大根役者ぶりに呆れているらしい。


(とはいえ、最近は魔王城にも慣れてきちゃったし。外にも興味はあるのよね)


 最近は少しだがここにも馴染み始めた。


 今でも私を嫌う人は多いだろうが、表立って騒ぎを起こされることもない。


 これまでは周りに危険視されることを避けるため、おとなしくすごしていたが――


「そうね。せっかくだから、ご一緒しようかしら」


 同じく疎まれ者同士であるリリはともかく、立場のあるアンネローゼが監視役として近くにいるのなら無用な勘繰りを受ける心配もないかもしれない。


 なにせ彼女は親魔王派の筆頭なのだ、もし私の存在がリュートに悪影響なら彼女が率先して排除に動くはず。


 彼女に排除されていないことが、私が問題行動をしていない根拠になるのだ。


 聖魔のオラトリオ世界を楽しむ余裕ができ始めた私としては、渡りに船の提案だった。


「ソーマ君はどう?」


 とはいえ、すべて私の一存で決めてしまうわけにもいかないだろう。


 私はソーマに声をかける。


 身元不明ということもあり、彼もまた魔王城では警戒対象の1人といえる。


 自由に出歩けるチャンスはそう多くないはず。


「僕も一緒に行っていいんですか? こういう集まりに男の僕が混じっても迷惑なんじゃ……」


 ソーマは少しためらいがちに頭を掻く。


 たしかに女所帯に男1人というのは気が引けるのかもしれない。


(私はともかく、彼には息抜きも必要よね)


 私とソーマは、異世界から来たという意味では似ていてもその本質は大きく異なる。


 私はこの世界についてよく知っていたし、元の世界の記憶だってあった。


 半面、ソーマはこの世界のことも知らなければ、自分がこれまでどうやって生きてきたのかも知らない。


 精神にかかる負荷としては、彼のほうが大きいのではないかと思うのだ。


「私は一緒に行きたいわ」


 そう言って彼の手を握る。


(いや。このセリフはちょっと変よね?)


 そこでふと思う。


 多少強引に誘ったほうが、彼も同行しやすいかと思ったのだが。


 なんだか、ちょっと毛色の違うセリフになってしまった感じが否めない。


「あー……えっと、ボディガードみたいな……」


 目を逸らし、取ってつけたような言い訳を並べてしまう。


(実際は、アンネローゼがいるなら過剰戦力なんだけど)


 アンネローゼは、リュートの婚約者候補筆頭と目されるだけあって全ステータスが高水準となっている。


 それこそ、リュートと敵対することになるソーマルートでは準ラスボスとして立ちふさがってくるレベルで強い。


 そこらの魔族が束になったところで相手にはならないだろう。


 なので、ボディガードというのは完全に方便である。


「そういうことだったら、僕も一緒に行ってみたい……かな?」


 少し困った表情を浮かべながらもソーマはそう笑った。


「わ、わぁぁ……」


 そんな彼を見て、リリは感激したような反応を見せていた。


 あえて似たようなものを挙げるのなら、ゲームで名シーンを読み進めている時の私のような。


 いや。違うだろう。


 リリがそんなオタクみたいな反応をするはずがない。


「いきなりどうしましたの……?」


 ちなみにリリの反応はアンネローゼから見ても異質だったらしく、ちょっと引いているようだった。


(なんというか、今日のリリは変ね)


 普段からおかしいところもあるけれど。


 今日は筋金入りだ。


 もっとも、彼女がなにか悪だくみをしているとは微塵も思っていない。


 なにか思惑があったとして、それもどうせ他人を想ってのことなのだろう。


 ゲームのキャラ設定なんて関係なく、彼女がそういう人物であることはとうに理解している。


 ということで、彼女の異変は放っておくことにした。







 なんとかエレナちゃんとソーマさんを引っぱりだすことに成功した。


 その事実に、私――リリ=コーラスはひそかに安堵していました。


「で……どういうつもりなんですの?」


「へ?」


 城下町へと歩いていく私たち。


 エレナちゃんとソーマさんを2人きりにする都合上、自然と私の隣を歩くことになったアンネローゼ様がそう語りかけてきました。


「わたくし、ほとんど事情を聞かされていないのだけれど」


 ……なるほど。


 そこで私は思い出しました。


 ――エレナちゃんに協力してほしい。


 たったそれだけの一言でアンネローゼ様を巻き込んだことを。


「ぁ、忘れてました」


「うそでしょう……?」


 アンネローゼ様は愕然としていた。


 ……そこまで驚かなくても。


 たしかに、ちょっと空回りしてしまったことは否定できないのですが。


「驚かないでくださいね?」


「?」


 私は少し体を傾け、小声でアンネローゼ様に語りかけます。


 これから話すのはトップシークレット。


 エレナちゃんの名誉のためにも、他の人に聞かせるわけにはいかないのです。




「実はエレナちゃん……ソーマさんのことが好きみたいなんです」




「っ……!? それはたしかですの?」


 やはりアンネローゼ様もうら若き乙女ということでしょうか。


 彼女の反応があきらかに変わりました。


 真剣さ。そしてわずかながらも確かに存在する好奇心。


 そんなアンネローゼ様の目を見つめ返し、私は力強くうなずきます。


「はいっ。見ているだけではっきり伝わってきましたっ」


「…………急に不安になってきましたわ」


「!?」


 そんな!?


 アンネローゼ様の言葉に脳が揺さぶられてしまいました。


「悪いけれど、貴女の勘はアテになりませんわ」


 彼女の声には疲れの色がありました。


 彼女の中で私はどういう存在として見られているのでしょうか。


 少し不安になりました。


「……それで、どうするつもりでしたの?」


 嘆息しつつも、アンネローゼ様がそう語りかけてきました。


 まったく……どうやらアンネローゼ様はつれない対応をしつつも気になっていたわけですね。


 なるほどなるほど。アンネローゼ様も可愛らしいところがおありのようで……。


 ――なぜか睨まれました。


「それはもちろんっ……!」


 私は声を抑えつつもニヤリと笑います。


「途中で適当な理由をつけてエレナちゃんとソーマさんを2人きりにして、エレナちゃんの恋路を応援しちゃおう作戦ですっ」


「………………」


 返ってきたのは、無感情な視線だけでした。


「だめ……でしょうか?」


「まあ……他人の恋路ほど面白いものはないとも言いますし、付き合って差し上げますわ」


「ありがとうございますアンネローゼ様っ」


 私は感動を覚えながら、心強い協力者を抱きしめました。


 今日から私たちは、エレナちゃんを幸せにしたい戦線の盟友といえるでしょう。


「……どういたしましてと言っておきますわ」


 アンネローゼ様の声が疲れきっているのは気のせいです。


 私たちが頑張らなければならないのはこれからなのですから。


「それじゃあ、作戦開始ですねっ」

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