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第109話

 夜が明けて。


 私は地下牢に囚われていた。


 意外なことに、エレナがその場で私に手を下すことはなかった。


 もっともそれを幸運だというつもりはない。


 その場で手を下さないということは、相応の準備をした悪意がぶつけられると言うことだから。


「筋書きはこうよ」


 語るエレナ。


 この場には私と彼女しかいない。


 今のエレナはノア――王女だ。


 人払いなんて容易いことなのだろう。


「貴女は熱心な魔王の信奉者。貴女は魔王リュートの勝利のため、ユリウスとあの女を洗脳した」


 彼女が語るのは筋書き。


 これから私がたどるストーリーだ。


「そうして私の暗殺へと動いた」


 天井から伸びた鎖に腕を捕らわれ、動くことは叶わない。


 それが分かっているから、エレナはなぶるように悠々と未来を語る。


「魔族への離反。そして王族への暗殺未遂。死刑には充分ね。よかったわ。貴女を、その姿のまま殺してあげられる」


 くすくすと彼女は笑う。


 心底嬉しそうに。


 自分の死を肴にされているのでなければ、絵になる姿だと感じていたのかもしれない。


 だが現実には寒気がするばかりだ。


「私は慈悲深い救世の聖女ノア。暗殺のため現れた相手にも心を砕き、その真意を知りたいと1人尋問をするのよ」


 ここでは彼女と2人きり。


 何が起こるかは分からない。


 分かるのはよくないことが起こるということだけだ。


「聞いているの?」


「ぃぎッ……!?」


 エレナが伸ばした骨の腕。


 それが私の両足を握り――勢いよく下へと引っ張った。


 両肩からぐきりと音が鳴る。


 宙づりにされていた体を引っ張られ、両肩が脱臼したのだ。


 痛みに悲鳴を上げることもできない。


 私はうつむいてうめき声を漏らす。


「あら。もう壊れちゃった」


 人形遊びでもしているかのように彼女は笑う。


「安心してちょうだい。帰るときに治してあげるから」


 言葉通りに安心できるはずもない。


 むしろ不安と絶望が膨らんでゆく。


「だって私は聖女ノアなのだから。拷問なんてしないのよ?」


 本物のノアならそうだろう。


 しかし彼女の場合、証拠が残らないだけだ。


 いくら壊しても、聖女の力なら治せるのだから。


「はい、ドーン」


 私のへそあたりへとエレナが掌を押し当てる。


 もちろんそれだけで終わりなどということはない


「がッ!?」


 エレナの掌から骸骨の腕が伸びる。


 そのまま押し出されるようにして、私の体は壁に叩きつけられた。


 叩きつけて終わりではない。


 骨はすり潰すように、私の体を壁へとめり込ませ続ける。


「っ、ぁああ……んぐ!?」


「叫んだらダメよ」


 噴き出した悲鳴は、呪術で操られた札を口に張られて押し殺される。


 口だけではない。


 数枚の呪符が私の顔を埋め尽くしてゆく。


 顔面を札で覆われ、息ができない。


「悲鳴なんてあげたら、私がいじめているみたいじゃない」


 エレナのささやきが耳をくすぐる。


「もう声を出さない?」


「っ……!」


 このままでは窒息してしまう。


 私は必死に彼女の言葉にうなずいた。


「っ……! っ……!」


 顔面を埋め尽くしていた呪符が剥がれてゆく。


 ようやく再開される呼吸。


 私は喘ぐように酸素を吸い込んだ。


「これ以上は時間をかけすぎね」


 そんな私をエレナは一瞥さえしない。


 いくら人払いをしているとはいえ、いつまでも放置されるわけではない。


 いつまでもエレナが戻ってこなければ、誰かが心配して現れる。


 ゆえに彼女は状況を次の段階へと進める。


「貴女。どうせ私を説得するためにここに来たんでしょう?」


 小馬鹿にしたように彼女は語る。


 彼女にとっては喜劇だっただろう。


 絶対に実現しない未来のためここまでくる私の姿は。


「していいわよ? 私がノアを解放して、戦争をやめるような魔法の言葉。言ってみなさい」


 エレナはそう煽る。


「ふふ……あるわけないわよね」


 丁寧に丁寧に。


 私の努力を否定していけるように。


「ざんねーん。偽物ちゃんの冒険は終わってしまったぁ」


 エレナは両手を広げて嗤う。


 あえて大仰に。


 あえて幼稚に。


 全身で嘲笑を表しながら。


「そういえば結局、貴女の名前を知らないままだったわね。興味ないけれど」


 すんと彼女は笑みを消す。


 そこに浮かぶのは冷たい無表情。




「――これから私は、魔王を殺しに行くわ」




「え……?」


 思わず変な声が出てしまう。


 いや、分かってはいたのだ。


 彼女は私を生かした。


 それは絶望を与えるため。


 なら、彼女はどんな絶望を用意していたのだろうか?


 そう考えれば自然と答えが出る。


「どうして、まだ人間と魔族の間で大きな戦いが起きていないか分かる?」


 エレナの指が頬を撫でた。


「私も魔王も、貴女を待っていたからよ。魔王が貴女に私の説得を託したように、私も貴女がここに来るのを待っていた」


 リュートは私がノアを説得すると信じて、本格的な開戦を先延ばしにしていた。


 ならエレナは――


「待っていた理由? 特にないわよ」


 そこに明白な理由はない。


 なぜなら、彼女の判断は合理性にもとづくものじゃないから。


「強いて言うのなら、こうしたほうが貴女が傷つくと思ったから――かしら」


 それはただの当てつけ。


 戦略的な意味を考えて開戦なんてしない。


 すべては私を苦しめるために。


 私の行動に泥を塗るために。


 それを嘲笑うためなら、戦略なんて投げ捨てる。


 彼女はそういう少女なのだ。




「貴方が今日ここに来なければ、魔族にも明日があったのに。そう言ってあげたかったの」




 説得が間に合わず開戦――では面白くない。


 私の行いを否定して、なにもできなくなった私の前で魔族を滅ぼす。


 それが私の心を折るために有効だと判断したのだろう。


 そしてそれは、正しい。


「さようなら」


 エレナが背を向ける。




「全部が終わるまで、貴女は生かしておいてあげる」




 この物語をバッドエンドに導くために。

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