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第107話

「誰ですか? 貴女は」




 ユリウスは問いかける。


 いや、問い詰めるといったほうが性格なのだろうか。


 語気を荒げているわけではない。


 それでもたしかに、有無を言わさぬ雰囲気がこもっていた。


「どういう意味でしょうか?」


 首をかしげるノア。


 意味が分からない。


 そんな風に。


「難しいことは言っていませんよ」


 目を細めるユリウス。


 その視線は、親愛なる友へと向けるもののようには思えなかった。


「ノアのフリをしている貴女は誰なのか聞いているんですよ」


 私の解釈がおかしかったのか。


 そんな言い訳が通じないほどに明白な言葉をユリウスが吐く。


「え……?」


 思わず頓狂な声が漏れた。


(ノアじゃない……?)


 私がこの世界に来てすぐのこと。


 すでにノアとは対面している。


 私の目から見て、彼女は正真正銘のノアだ。


 見る目に自信があるわけではないけれど。


 とはいえ、彼女が偽物のようには見えないことは間違いないわけで。


(どういうこと……?)


 脳裏でとりとめない思考が乱れ飛ぶ。


 パニックで脳がショート寸前だ。


 急展開に思考が追いつけない。


「先日、魔王リュートから連絡をもらいまして」


 そんな私をよそにユリウスが語る。


 糾弾するような険しい声色で。


「半信半疑でしたが、見過ごすこともできず確認にうかがいました」


「…………」


 わずかに目を細めるノア。


 なぜだろうか。


 初めて、私の中にあるノアの印象と違う表情を見た。


 瞳の奥に――冷たさを見た。


「そして、貴女の魂を観察して確信しました」


 ユリウスは魂を知覚できる。


 私がエレナでないことを察知したように。


 彼は見抜いたのだろうか。


 ここにいるノアが、私たちの知るノアではないことを。


 だが、そんなことなんて些事だった。


 ノアがノアではない。


 そんな事実さえ、まだ最悪の展開の全貌ではなかったのだ。


「そこにいたんですね」




「――エレナ=イヴリス」




 目の前にいるノアの正体。


 それをユリウスはそう言った。


 彼女こそがエレナ=イヴリスなのだと。


「え……?」


(エレナ……?)


 名前はともかく、家名が他人とかぶるなんてことが貴族社会でそうそう起こるとは思えない。


 だとすると、ユリウスが語るエレナは『あのエレナ』を指しているはず。


 だが、ありえるのか。


 目の前にいる本物としか思えないノア。


 それがエレナであるなんて。


「魔王リュートは考えていた」


 ユリウスは続ける。


「彼女の魂がエレナの体に入ったとき、エレナの魂は肉体から弾き出された」


 それは聖域でエレナ自身から私が聞いた話だ。


 彼女の魂を押しのけるようにして、私はエレナの肉体を奪ったのだと。


「なら、エレナ=イヴリスの魂はどこにいったのか」


 そこから一歩。


 リュートはより先を見据えていたらしい。


 私がエレナの体に入るという異常事態。


 そこで終わることなく、弾き出されたエレナの魂の所在にまで想いをはせた。


「そのとき、一番近くにいたのは誰なのか」


「あ……」


 そうやって考えた結果なのだろう。


 地下牢で。


 肉体から魂が弾き出されたとき。


 その魂はどうなった可能性が高かったのか。


 ――誰の肉体に入った可能性が高かったのか。


「彼女がエレナ嬢の肉体に入ったとき、本当のエレナ=イヴリスは……ノアの体に入った」


 たまたま近くにいたのがノアだったから。


 それだけのこと。


 そんな理由で、エレナの魂はノアの肉体に憑依した。


「以前、貴女は魔王と会談を行ったそうですね」


 彼が語るのは、リュートが聖魔会談と名付けた話し合いについて。


 そこでリュートはノアと対面していた。


 ――今のユリウスの話を鵜呑みにするのなら、このときリュートはすでにエレナに肉体を奪われているノアと対面した。


「そのとき魔王は彼女を連れ、貴女と魂を見比べた。そして、彼女の体に残されたエレナ=イヴリスの魂の残滓と、ノアの中にある魂が同一だと判断した」


 ――そこでようやく理解した。


 強大な魔術なんて使えなくて。


 政治手腕があるわけでもない。


 そんな私が、聖魔会談へと連れていくメンバーに選ばれたのは。


 私はサンプルだったのだ。


 ノアの中にエレナの魂が入っているのか否かをたしかめるための。


「実際に見るまでは、違って欲しいと願っていた」


 ユリウスとしても魔王が言うことを無条件に信じる気などなかっただろう。


 だから彼は城を目指した。


 夜中という人のいないタイミングでノアと会いたかった。


 あんなに焦っていた。


「ですが、私の眼が言っている」


 諦めたような。


 悲痛な表情をユリウスは浮かべていた。


「たとえ肉体がノアであっても、その主導権を握っている魂はエレナ=イヴリスのものであると」


 彼がかつて私をエレナではないと判定したように。


 彼は、ノアの中にエレナがいると断定した。


「嘘……でしょ?」


(考えてもみなかった。エレナの魂の在処なんて)


 生きるのに必死だったから。


 思慮が浅かったから。


 思えば当然の疑問を抱かないままここまで来てしまった。


「心の底から憎んでいるからこそ、でしょうか。貴女はある意味で、ノアの最大の理解者だった。たとえ共感を微塵も抱いていないとしても」


 それはシナリオ内でも語られていた。


 エレナはノアを憎んでいる。


 だからこそ彼女はノアの思考をよく理解している。


 どういう状況で彼女がどう動くのか。


 それをほぼ理解しているのだ。


「ノアという女性を根底まで理解しているからこそ、彼女らしい行動をなぞることもできるというわけなのでしょう」


 その演技に誰も気が付かなかった。


 城で働く人も。


 ゲームシナリオとしてずっと見ていたはずの私を。


 騙しきったのだ。


「違うというのなら、弁明してみてください」


 できるわけがないでしょうけれど。


 そう言いたげにユリウスは言い放った。


 対するノア――エレナは、


「ふぅ」


 エレナが溜息を吐いた。


 しかしその吐息に暗澹たる感情は見えない。


「今さら取り繕っても意味がないわね」


 観念したように彼女は微笑んだ。


 聞きたくない。


 聞きたくないが、




「ええ、そうよ。私はエレナ=イヴリスよ」




 それが真実だった。


 ノア――エレナが語る不都合な現実こそが真実だった。


「そんな……」


 あしもとがガラリと崩れるような感覚。


 眩暈がして、思わず一歩下がった。


「言ったでしょう?」


 一方でエレナは微笑む。


 ノアの凛とした顔立ちを妖艶にゆがませて。




「次に私たちが会うのは、あなたの人生がめちゃくちゃになる時だって」




 私が聖域を訪れたあの日。


 意識が朦朧としてよく聞き取れなかったけれど、試練として私の前に現れたエレナはなにかを言っていた。


 それがどんな言葉だったのか。


 私はそれを最悪のタイミングで知ることとなった。

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