理科室の白衣と不在の三人。
――陽光がそそぎ込む羽山小学校。
4時間目の移動教室――理科室。
窓から吹き抜ける風が、まだ実験前のきれいに整えられた長机の上をかすめていく。
各班に割り当てられた実験台の上には、ガラスのビーカーやメスシリンダー、そして水溶液の性質を調べるためのリトマス試験紙が収められた小箱などが、これから始まる授業の静けさを纏ったまま並んでいた。
もっとも、まだ授業が本格的に始まる前とあって、理科室の中は生徒たちの賑やかな私語で満ちあちこちがざわめいていた。
「ねえ、今日の実験ってさ、赤と青の試験紙の色が変わるやつだよね?」
「うん、確か酸性とアルカリ性を調べるんだっけ。班ごとにちゃんと協力しないと、先生に怒られそう」
「ねえ、タケルたちの班、まだ戻ってきてなくない?」
窓際の席に座っていた女子グループの一人が、ふと周囲を見回しながら首をかしげた。
その言葉に、近くにいた別の女子――先ほどタケルから、伝言を頼まれた彼女が、少しだけ眉をひそめる。
(あれ……?おかしいな。タケルくんたち、もう教室からは戻ってくる頃合いのはずなのに……)
彼女の脳裏に、数分前の廊下でのやり取りがよみがえる。
――わりぃ、俺ちょっと、教室に忘れ物したから、一回戻るわ! 後で先生に言ってくれねぇか――。
そう言って笑ってみせたタケルの顔。授業が始まるまでには余裕で間に合うと思っていたのだろうが、チャイムが鳴り響きそうな現在の時刻になっても、タケル、ケン、モンタの姿は理科室のどこにも見当たらなかった。
「みんな、席についてくださーい。そろそろ4時間目の授業を始めますよー」
その時、理科室の入り口である重厚な引き戸が、スルスルと静かに開け放たれた。
そこに現れたのは、この学校の理科担当である教師――水越 毬先生だった。
彼女はどこかおっとりとした雰囲気を纏いながらも、理科の白衣を優雅に羽織り、手に持った出席簿を軽く小脇に抱えて入室してくる。
その容姿は、見る者誰もが目を留めるほど整っていた。
艶やかで柔らかな印象を与える明るいブラウンのロングヘアは、毛先がふんわりと内側にカールしており、歩くたびに上品に揺れる。顔立ちはすっきりと整った端正な美人タイプだが、彼女の最大の特徴は、その優しげなタレ目にある。大きな瞳は涼やかな琥珀色をしており、困ったような、あるいはすべてを包み込むような母性的な柔らかさを帯びている。ただ、少しだけ目尻のラインがキュッと上がっているいわゆる“少しだけつり目気味の要素”も混ざっており、その絶妙なバランスが、おっとりした雰囲気の中に凛とした知性を感じさせる教師だった。
「はーい。皆、各自自分の席に座ってねー。今日は水溶液の性質についての面白い実験をするんだから、立ち歩かないの」
毬先生はふんわりとした柔らかい声でそう言いながら、教卓の前に歩み寄り、くるりとクラス全体を見渡す。
生徒たちは一斉に「はーい」と返事をし、それぞれの椅子にパタパタと腰を下ろしていく。
だが、教卓から見渡した毬先生の琥珀色の瞳が、ふと一瞬だけ小さく見開かれた。
(あら……?)
彼女は出席簿を開き、教卓の前に置かれた班ごとの座席表に視線を落とす。
クラス全体の人数と、目の前に座っている生徒の数を無意識に数えた瞬間、違和感が脳裏をよぎった。
「へんね…なんだか少し人数が少なくないかしら。出席番号の……うん、竹澤君と、石谷君、それから桃谷君の3人が見当たらないみたいだけど……。誰か、知っている人はいる?」
毬先生は首をかしげ、ふんわりとしたタレ目をさらにトロンとさせてクラスの生徒たちを見回した。
その声に、教室内が「えっ?」とざわめき始める。
「あ、はいっ!」
その時、先ほどからタケルたちの遅れを気にしていた女子生徒が、すっと勢いよく手を挙げた。
「先生、えっと……タケルくんたちなら、授業が始まる直前まで一緒に廊下を歩いてたんですけど……」
「あら、そうなの?」
「はい。その時、タケルくんが教室に忘れ物を取りに戻るって言って、"後で先生に伝えてくれ"って、頼まれたので、きっともうすぐ戻ってくると思うんですけど……」
女子生徒が少し気まずそうに説明すると、毬先生は「ふふっ」と優しく微笑みながら、胸元に手を当てた。
「そうなの。忘れ物なんて、あの子らしいわねえ。でも、もうすぐチャイムが鳴る時間だし、少し遅いかしら……」
毬先生はそう呟くと、琥珀色の瞳を少しだけ遠くの廊下の方向へと向けた。
おっとりとした彼女の性格上、生徒を厳しく叱るようなことはしないが、それでも授業が始まっても戻ってこないという状況には、少しだけ心配そうな色が混ざる。
「うーん……。ちょっと心配ね。竹澤君はともかく、石谷君と桃谷君、三人で、教室で探し物で少し手こずっているのかしら?」
毬先生は白衣のポケットからスマホを取り出し、軽く画面に目をやりつつ、首を傾げた。
「ねえ、誰かちょっと様子を見てきてくれないかしら? 実験の準備をするにも、まだ道具や器具を班ごとに配っていないところだし、みんなが揃ってから始めたいのよね」
毬先生のその言葉に、クラスの生徒たちが「じゃあ僕が見てこようか?」「私、ちょっと行ってみようか」とざわめき始める。
だが、この時――。
教室の誰も、そして心配して様子を見に行こうとしている毬先生でさえも知る由がなかった――。
タケル、ケン、モンタの3人は、すでに学校から遠く離れた、三人の秘密の場所である、秘密基地こと、《ゾーンハイド・ベース》で櫻魅耶市の東北東から着実に街へと迫りつつある、硬質な黒いウロコに包まれた巨大な次元獣を迎え撃つため、ゾーンマシーンに乗り、出撃の準備をしている事を――。




