黒き地底からの咆哮、山でのロケ緊急事態!
「それじゃあ、予備のバッテリーと追加のレフ板を取りに、自分たちは一度、麓の車まで戻って行きますので。向こうのテント組は、水分補給しながら日陰で待っててください」
撮影スタッフの男性が機材の入ったカートを引きながら、山道を下っていく。
ワイワイと賑やかだったスタッフの一団が去り、辺りには再び鳥のさえずりと、ワサワサと風に揺れる木々の葉音が戻ってきた。
少し離れた木陰では、美璃、律、陽葵の3人が、先ほどまでのテスト勉強の続きを広げている。
「うぅ……やっぱり『ぬ』と『つ』の識別、問題解くとやっぱり迷う……」
「ほら、さっき言った解説のノート、ちゃんと見返しなさい」
陽葵にピシャリと言う律の横で、美璃がふと顔を上げた。
「……ねえ。今、変な音しなかった?」
美璃の言葉に、律と陽葵もピタリと動きを止める。
風の音に混じって、地底から這いずるような、低く重たい唸り声――「ヴウウゥウゥ……」という響きが、足の裏から直接伝わってきた。
その頃、機材を取りに山道を下っていたスタッフたちも、突然足を止めていた。
「……な、なんだ?」
先頭を歩いていたスタッフの男が青い顔をして呟き、ピタッと耳を澄ます。動物の鳴き声にしては低すぎる、不気味な地鳴りのような唸り声。
振り返ったスタッフたちの背筋に、冷たいものが走った。
その瞬間――。
――ドゴォオオオッ……!!!
突如として、大地が激しく揺れ動いた。
「きゃあっ!?」
「な、何なの!?」
「うわっ、た、立っていられない……!?」
撮影中の木陰にいた陽葵がバランスを崩して尻餅をつき、律が近くの木の幹ルを咄嗟に掴む。美璃も地面に手をついて必死に身体を支えた。
ゴウさんたちがいるロケ現場でも、尋常ではない揺れに機材や三脚がガタガタと音を立てて倒れかける。
「きゃあぁ! 何これ、地震……!?」
「みんな、頭を隠して! 木から離れて、低い姿勢をとってちょうだい!」
スタッフや周囲が慌てふためき、パニックに陥りかける中、大柄な体躯のゴウさんは即座に派手なストールを払い除け、険しい表情で周囲を見回した。
プロとしての本能が、ゴウさんがこれがただの“地震”ではないことを直感で察した。
「お嬢ちゃんたち! 慌てないで、声を出し合って自分の無事を知らせるのよ! パニックになるのが一番危ないわ!」
ゴウさんのよく通る力強い声が、混乱しかけていた現場の空気を引き締める。
「美璃ちゃん、律ちゃん、陽葵ちゃん、離れないで固まって!」
揺れが少しだけ収まったかに見えた、その瞬間――。
ゴウさんたちのいる場所から少し離れた、緑豊かな斜面の中腹――木々が生い茂り、誰も立ち入らないはずの原生林の地表が、まるで紙のようにバリバリと音を立てて裂けた。
「――っ! なにあれ……!?」
陽葵が恐怖に震えながら、ガタガタと指を差す。
土煙と巻き上げられた大量の葉っぱの向こうから、地表を押し破るようにして、黒光りする巨大な何かが姿を現した。
「ガァアアア…! ギュオォォォォォン!!!」
硬質で鋭利なウロコに覆われ、額の中央に鮮やかな赤い一本角があり、目は不気味に赤く光っており、両手には長く鋭い巨大な鉤爪を思わせる鋭い爪。体色は深いグレーや黒で異様な威圧感を放っていた。
「あ、あれは…!」
「か、怪獣だー!」
スタッフの一団が恐怖に引きつった声をあげ、持っていた機材のカートを取り落とす。巻き上がる土煙の向こうで、黒光りする巨大な影が悠然とそびえ立っていた。
「あれは…! 最近、ニュースで話題にあげている、"次元獣"…!」
ゴウさんも、目の前に現れた非現実的な存在を目の当たりにして、さすがに息を呑み、驚愕の表情を浮かべる。しかし、恐怖に飲まれる暇はなかった。
だが、幸いなことに、その次元獣は撮影スタッフや、木陰に避難しているアイドルグループのメンバーたちにはまだ気付いていない。それどころか、人間の存在など眼中にもないかのように、ドスンッ! ドスンッ! と大地を揺らしながら、何処か別の方角へと歩を進めていく。
「……息を潜めて。みんな、動くんじゃないよ」
ゴウさんは低く、しかし全員にしっかりと届く声で指示を飛ばすと、すぐにポケットからスマートフォンを取り出した。
別の用件でロケ現場から少し離れた場所で別行動しているプロデューサーとマネージャーへ、一刻も早くこの異常事態を知らせ、避難を促さなければならない。
(頼む、電波は――……!)
別の用件で別行動しているプロデューサーとマネージャーに状況を知らせるため発信ボタンを押すが、画面のアンテナピクトは無情にも消え去っていた。
「くっ……やっぱりね。この山奥じゃ、圏外よね!」
強まる地鳴りと次元獣の足音が遠ざかっていく中、ゴウさんはパニック寸前のスタッフや美璃たちを見渡し、力強く叫んだ。
「いいかい、みんな! 次元獣が遠ざかっている今のうちに、下に待機している車まで、避難するよ! スマホは使えない、自分たちの足と絆が頼りよ!」
息を呑む静寂の後、美璃がしっかりと頷き、律と陽葵の手を強く握りしめた。




