緑陰のロケーションとオネエなゴウさんに人生相談に乗ってもらった件。
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鳥のさえずりが、どこかリズミカルに木々の間を抜けていく――。
新緑が眩しい山中のロケ地。五月下旬にしては心地よい風が、木漏れ日を揺らしながら吹き抜けていた。
「はーい、そこの木漏れ日いい感じよー! 美璃ちゃん、もう少しだけ顎を引いて。律ちゃんはカメラのレンズじゃなくて、少し遠くを見るような眼で! 陽葵ちゃん、そのひまわりみたいな満面の笑みはそのままキープ!」
甲高い、けれどどこか温かみのある声が山道に響く。
カメラを構えているのは、業界では“オネエ系敏腕カメラマン”として知られる郷田武蔵35歳、通称・ゴウさんだった。大柄な体躯に派手なストールを巻き、口紅を引いた唇からは的確かつ愛ある指示が飛ぶ。
「はーい! ゴウさん、このポーズで合ってる?」
太陽のような笑顔で跳ねるように言うのは、瀬戸陽葵。グループのムードメーカーであり、天真爛漫な太陽そのものだ。
「そうよ陽葵ちゃん! 最高よ! でも、あまり動きすぎるとブレちゃうから気をつけてちょうだいね。せっかくの自然光が逃げちゃうんだから」
「了解です、ゴウさん。……美璃、姿勢崩れてない?」
少しクールな佇まいで、制服風の衣装の裾を整えながら確認するのは、涼風律。彼女の冷静な声に、隣にいた斑鳩美璃が小さくうなずく。
「うん、律、綺麗に映ってるよ。……それにしても、空気美味しいね」
「でしょ? 下界のコンクリートジャングルとは大違いよ。だからアタシ、この山の仕事が大好きなのよね。空気が美味しいと、モデルの肌ツヤも一段とよくなるんだから」
ゴウさんはファインダーを覗き込みながら、クスクスと笑った。
ゴウさんは、ただの撮影スタッフではない。『"カオス・レゾナンス"(通称:カオレゾ)』の3人がまだ駆け出しで右も左も分からなかった頃から、仕事のイロハだけでなく、思春期の女の子特有の悩みや、学校とアイドルの両立について親身に相談に乗ってくれた、頼れる頼もしい存在だった。
「さて、午前中の山道での撮影はここまで! 一旦、木陰のテントに戻って休憩にするわよー! メイク直して、水分補給しっかりね!」
ゴウさんの合図とともに、張り詰めていた空気がふっと緩む。
「お疲れ様です!」と元気に声を合わせ、3人はスタッフが待つ木陰の休憩スペースへと歩き出した。
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簡易テントの下に用意されたパイプ椅子に腰掛け、美璃はふーっと小さく息を吐いた。
手元には、ペットボトルのスポーツドリンクと、学校から持ってきた分厚い問題集が置かれている。
「ふぅ……。山って、歩くだけでも結構体力使うわね…」
「ねー! でも、学校を早退して直行したから、教室の空気を離れて一息つけるのはちょっと得した気分かも♪」
陽葵がタオルで額の汗を拭きながら、ケラケラと笑う。
そう、今日のスケジュールはハードだった。午前中は普通に高校で授業を受け、午前の授業が終わるやいなや早退届を出し、マネージャーの迎えの車に飛び乗ってこの山へやってきたのだ。
「得した気分なんて言ってる場合じゃないでしょ、陽葵。来週から期末テストが始まるんだからね」
律が冷ややかな視線を向けつつ、自分のカバンからノートを取り出した。その表紙には、びっしりと赤ペンで重要なポイントが書き込まれている。
「うっ……! 律、その現実をつきつけるような眼、すごく刺さる……!」
「刺さるくらいでちょうどいいの。前回の数学、赤点ギリギリだったでしょ?」
「うぐっ……あれは、その、直前のライブの練習が夜遅くまであって……!」
言い訳をしながら、陽葵は慌てて自分のカバンから世界史のワークブックを引っ張り出した。
美璃はそんな二人を見て、小さく微笑みながらノートを開いた。
「私も、範囲表を確認しておかなきゃ。期間までに、どこまで予習と復習を終わらせるか……今のうちにスケジュール立てとこっか」
アイドル活動と学業の両立――それは『カオレゾ』の3人にとって、常に付きまとう大きな課題だった。華やかなステージに立ち、雑誌の撮影をこなし、ファンからの期待を背負う一方で、彼女たちはごく普通の高校生でもある。赤点を取れば補習になり、活動に制限がかかってしまう。だからこそ、こうした移動中の車内や、撮影の合間の小休憩は、彼女たちにとって貴重な"勉強時間"でもあった。
「ねえねえ、美璃。ここ、古文の助動詞の活用、どうやって覚えてる? 私、どうしても『"ぬ"』と『"つ"』の識別がごっちゃになっちゃうんだけど……」
陽葵が問題集を美璃の前に突き出し、泣きそうな顔で見上げてくる。
美璃は自分のペンを置き、陽葵のノートを覗き込んだ。
「あー、ここね。『"ぬ"』の下に推量の『"む"』が来たら完了で、完了の『"ぬ"』は下に体言が来ることが多いよ。ほら、こうやって……」
美璃はスラスラと分かりやすく図解しながら解説を始める。美璃はメンバーの中で一番落ち着いていて、教え方も丁寧だった。
「なるほど……! 美璃先生、天才! 私、これで次のテストは満点取れちゃうかも!」
「満点は無理でも、赤点は回避できるレベルにはなるでしょ。調子に乗らないの、陽葵」
いつの間にか隣にやってきていた律が、ツナ缶の入ったおにぎりを片手に呆れたように言った。
「もー、律はすぐそういうこと言うんだから! 律だって、英語の長文読解で苦戦してるってマネージャーさんに愚痴ってたの、私知ってるんだからねー!」
「なっ!? あれは、その、単語のチョイスが少し意地悪だっただけで……!」
図星を突かれたのか、いつもはクールな律の頬がわずかに朱色に染まる。その様子を見て、美璃と陽葵は思わずクスッと笑い声を漏らした。
「ふふ、律も人間なんだから、苦手な分野くらいあるよ」
「当たり前でしょ。私を何だと思っているのよ。ロボットじゃあるまいし…」
律は少し照れくさそうに目を逸らし、おにぎりを一口かじった。
周囲のスタッフたちは、そんな3人の様子を温かい目で見守っている。
「まったく、あの子たちは本当に偉いわよねぇ」
遠くで機材の片付けをしていたゴウさんが、お茶を飲みながら呟いた。
「学校とアイドル、どっちも手を抜かずに両立しようってんだから。アタシたちが若い頃なんて、あんなにしっかりしてなかったわよ」
休憩時間の後半、少し離れた木の下で台本をめくっていたゴウさんのもとに、美璃が一人で歩いてきた。
「ゴウさん、お疲れ様です。ちょっと、今いいですか?」
「あら、美璃ちゃん。どうしたの、台本の読み合わせ?」
「ううん、そうじゃなくて……少し、相談があって」
ゴウさんは手元の資料を閉じ、優しく微笑みながら隣の切り株をポンと叩いた。
「座りなさいよ。アタシでよかったら、いくらでも話聞くわよ。恋バナ? それともテストのヤマでも外した?」
「ふふ、テストは自力で頑張ります。そうじゃなくて……最近、ライブのパフォーマンスと、学校のテスト勉強のスケジュールがどうしても詰まっちゃって、どちらも中途半端になってる気がして……」
美璃の言葉に、ゴウさんはゆっくりとうなずいた。
「そうねぇ……美璃ちゃんは性格はともかく、真面目な子だからね〜」
「ちょ、ゴウさん!一言、余計です…!」
ゴウさんの余計な一言に思わずツッコミを入れる美璃だったが、ゴウさんは美璃の肩にそっと手を置き、遠くの山並みを見つめた。
「まぁまぁ、アイドルも勉強も、どっちも100点満点を取ろうとすると、自分がすり減っちゃうのよ。ねえ、美璃ちゃん。完璧じゃなくてもいいの。今この瞬間、目の前にあることに全力を尽くすこと。そして、苦しくなったら律ちゃんや陽葵ちゃん、それにアタシたち大人を頼ること。それができるのが、『カオレゾ』の強みでしょ?」
「……私たちが、強み?」
「そうよ。3人で支え合ってるからこそ、ここまでやってこられたんでしょ? 悩んだ時、一人で抱え込まずに、半分こ、いや、3等分しなさいよ」
ゴウさんの力強くも優しい言葉に、美璃の胸のつかえがスッと軽くなった気がした。
「……はい! ありがとうございます、ゴウさん。なんだか、肩の力が抜けました!」
「うふふ、その顔よ! じゃあ、そろそろ後半の撮影に行くわよー! 気合い入れていきなさいよー!」
ゴウさんの大きな掛け声が、再び山中に響き渡る。
テントから出てきた律と陽葵も、美璃の顔を見て何かを察したのか、ふっと笑みを浮かべた。
「美璃、なんだかすっきりした顔、してたね」
「うん。なんかね、ゴウさんにいいアドバイスもらったの。さ、後半の撮影も頑張って、そのあとはまたテスト勉強の続き、やろっか!」
「おーし! 負けないぞー!」
「赤点回避の勉強は、後半に持ち越しね」
緑豊かな山道を舞台に、アイドルとしての輝きと、学生としてのひたむきさを胸に抱きながら、『"カオス・レゾナンス"』の3人は再びカメラの前に立ち、まぶしい笑顔を咲かせたのだった。




