対次元獣防衛チーム、結成。
櫻魅耶の近海の切り立った崖の上に立つ通信施設。かつては海洋観測に使用されていたこの無骨なコンクリートの建物は、今や政府と軍が密かに編成を進められている極秘プロジェクト《対次元獣防衛チーム》の拠点として選定されていた。
海風が施設の金属製のアンテナを叩き、ヒュルヒュルと悲鳴のような音を立てている。
崖下では、荒れ狂う波が岩場に砕け散っていた。その光景を背に、一人の男が深く帽子を被り直した。
施設のメインフロア。そこには、軍の選抜を経て招集された五人のプロフェッショナルがいた。彼ら彼女らはまだ、自分たちが何故、呼ばれてここにいるのか、詳細を誰一人聞かされていない。
最初の一人は"ティル・ナ・ノーグ"で人型次元獣と戦闘を経験した事がある、“青い死神”と呼ばれている傭兵――氷助匠30歳、国籍は日本。
短めに刈り上げられたアッシュブルーの短髪で戦場では手入れが不要な長さ。所々に白髪が混じり、若くして苦労を重ねた様子を伺わせる。
顔立ちはほっそりとした顔つきで、頬がこけている。眼窩が深く、瞳は凍てつくようなアイスブルー。常に半眼気味で、感情を削ぎ落とした表情。
容姿は首元には古い戦傷の深い痕が残っており、それを隠すように常にハイネックのタクティカルシャツを着用。筋肉は筋骨隆々ではなく、無駄が削ぎ落とされた"針金のような引き締まり"を見せる、そんな氷助は眼光を放ちつつも壁際に腕を組みながら静かに佇んでいる。
二人目は分析官でコンソールを指先でなぞりながら、即座に施設内の脆弱性を洗い出している、冷静沈着な男、ジョージ・マルティス32歳、国籍はドイツ。
整いすぎた薄い顔立ちに感情の起伏を一切見せない無機質な瞳をしており、常にスクリーンの青白い光を反射している。薄い唇は一文字に結ばれ、神経質そうな印象を与える。
髪型と色はプラチナブロンドに近い白銀の髪にサイドを極限まで短く刈り上げたツーブロックで、トップは完璧に整えられている。一筋の乱れもない整髪が、彼の論理的思考を物語る。
三人目は腕を組みながら視線だけを彷徨わせ、施設の重厚な扉や構造を重点的にチェックしている褐色肌の大男、トニー・ヴァンズ36歳、国籍アメリカ。
彫刻のように深い彫りの大男。笑うと白い歯が覗くが、基本は厳格な軍人のような真剣な表情を崩さない。左目には機械的な修理作業を補佐するためのモノクル(多機能拡大レンズ)が装着されている。
髪はごく短くカットされたスキンフェード。肌は艶のある深いチョコレート色。太い首と隆々とした筋肉は、ただの技術者ではなく、自ら前線で重火器を扱う戦闘員であることを示唆する彼の手にかかれば、それを上回るアイデアを浮かび、直ぐに開発に取り掛かるだろう。
四人目は霧島 聖28歳、国籍は日本。
凛とした強さを感じさせる顔立ちをしており、常に状況全体を把握しようとする、冷静な青い瞳。
艶やかな黒髪のロングヘア。それを、戦闘や作業の邪魔にならないよう、高い位置で完璧なポニーテールにまとめている。
格好は動きやすさと機能性を重視した、黒色のタイトなタクティカルスーツとその上から、防弾ベストではなく、多機能なポーチが付いたハーネスを装着している。
氷助の近くでも、ジョージの近くでもなく、フロアの中央に立ち、全員の様子を観察している。
そして最後の五人目は.南方 宗二29歳、国籍は日本。
どこか飄々とした、掴みどころのない顔立ちをしている。
わずかにウェーブがかった、アッシュブラウンの灰褐色の髪。少し長めで、無造作にセットされている。
服装は白衣ではなく、古着のような、ヨレヨレのフィールドジャケットを着ている。ポケットには、メモ帳や試験管、正体不明の有機物が詰め込まれている。
部屋の隅にある、かつての観測機器の水槽のようなものを覗き込み、何かを独り言で呟いている。宗二は、まだ見ぬ"次元獣"という生物に対し、強い好奇心を抱いている。
生物知識、異生物分析が得意とする生物学者。既存の生物学の枠に収まらない、未知の生命体に対する深い知識を持つ。
――しばらくして。
重厚な鉄扉が、まるで怪物の顎が開くかのように重々しい金属音を立てて滑り出した。
フロアに居る五人の緊張が一気に凍りつく。そして現れたのは、軍の制服を完璧に着こなし、背筋を一本の鋼のように伸ばした男、灰坂大佐であった。
その場にいた全員の視線が集中する。氷助は、壁に預けていた背中をゆっくりと離した。かつて地獄のような演習で、泥水と血を飲ませてくれた「"鬼"」の姿。氷助の眼差しには、警戒と、微かな敬意が混ざっていた。
「……随分と物騒な場所だな、氷助」
灰坂の声は、冬の夜空のように低く、冷たかった。
「灰坂大佐、俺を呼ぶには少々贅沢な場所じゃないか?」
氷助の皮肉に対し、灰坂は感情を一切見せず、ただ氷助の首元の古い傷跡を一瞥しただけで、フロアの中央に歩みを進めた。
灰坂は無造作に持っていたタブレットを操作し、フロア全体にホログラムの投影を展開した。櫻魅耶の地図の上に、無数の赤いドットが明滅し、それらが複雑な幾何学模様を描いて変形していく様子が映し出される。
「君達がここに集められた理由はただ一つだ」
灰坂は冷徹な眼差しで、選抜された五人を見渡した。
「今、世間が騒いでいる、巨大生物、次元獣に対して我々軍と政府が対次元獣防衛チームの編成企画を実行する事となった。そして、そのチーム編成のメンバーに選ばれたのが君達五人だ」
「…次元獣、か」
氷助が呟くよりも早く、ジョージが手元のコンソールを激しく叩き、櫻魅耶近海の海域データを全方位投影へと切り替えた。空間が歪み、ノイズが走る。まるで現実の皮が一枚剥がれかけ、その下から何かが這い出そうとするかのような、不気味な映像だ。
灰坂大佐は一切の動揺を見せず、硬質な声で説明を続けた。
「さて、これから諸君らが相手にする"次元獣"のこれまでの記録だ」
投影されたのは、蔦を絡ませた異形の巨体の最初の次元獣の姿だった。
「最初に出現した次元獣第1号。人の形をした植物と生物の境界を曖昧にするその細胞構造は、従来の焼夷兵器を無効化するどころか、栄養源として吸収していた。全長は約52メートル。街を破壊し、軍の部隊までも全滅した」
ジョージが即座にドニューノの断面図を呼び出し、数値をオーバーレイさせる。
「構造解析の結果、あれは周囲の環境を自らのテリトリーへ強制的に書き換える『汚染源』だ。物理的な破壊よりも、生態系の置換が恐ろしい」
冷徹な分析に続いて、トニーが鼻で笑った。
「植物? 笑わせるな。俺の見たログじゃ、蔓の一撃で装甲車を粉砕してたぜ。強度は鋼鉄以上。ただの植物じゃ、そうはならねぇ…」
宗二は、水槽のような装置を覗き込みながら、楽しげに呟いた。
「それが面白いんだよ、トニー。あれは細胞分裂の速度が、僕たちの常識の域を遥かに超えている。成長するんじゃなくて、周囲を食らい、ある意味究極の生命体だ…!」
聖は、ホログラムの中のドニューノを無言で凝視していた。
「…効率的、ね」
灰坂大佐がホログラムの映像を切り替えると、そこに映し出されたのは巨大次元獣第2号の姿だった。
「この次元獣第2号の能力、電磁シールドは、事実上、我々の既存戦力を完全に無効化させた。だが――」
大佐がボタンを押すと、記録映像が再生された。激しい閃光と轟音。その煙の向こうから現れたのは、櫻魅耶の空を切り裂くようにして姿を現した、圧倒的な鋼鉄のロボット――ゾーンGロボだった。
映像の中で、ゾーンGロボは放電を自ら浴びながらも一歩も退かない。そして、第2号が再び6枚のヒレを閉じようとした、その瞬間――。
「バカな、あり得ない…!」
これまで冷静沈着を貫いていた分析官のジョージが、思わず声を漏らした。
画面の中のゾーンGロボは、自ら前へと足を踏み込んだのだ。そして鋼鉄の腕を深々と次元獣第2号の顔面目掛けて突き入れ、ヒレが完全に閉じる前にゾーンGロボの右拳が中心部へと貫き、そして中で閃光と同時に炸裂し、次元獣が内側から爆ぜる凄惨な映像。
「直接、頭部から破壊させたのか……。めちゃくちゃな力業だが、これ以上ないほどいい考えではあるな。誰だ、このロボットを操縦しているのは?」
トニーがモノクルをさらに強め、ゾーンGロボを食い入るように凝視した。
「出力、反応速度、関節の可動域……どれをとっても軍の最新鋭機を軽く凌駕してるぜ。一体、誰が作ったんだ? こんな巨大ロボを?」
氷助は、ホログラムの中の巨大ロボットを見つめながら、かつて自分が戦場で体験し、感じた死の気配とは違う、どこか不気味なほどに"意志"を感じていた。
「……我々の知らないところで、しかもどの軍の記録には存在しないロボット、か」
宗二は、ホログラムの爆発シーンで止まった画像を指でなぞり、頬を紅潮させた。
「見てよ、このエネルギーの散り方。次元獣の細胞が消失する直前の波動……。このロボット…ただの金属じゃないわねぇ。それに私たちでも知らない、未知のエネルギーを動力源として可動している可能性がありそうねね…」
聖は、腕組みをしたまま静かに灰坂大佐に目を向けた。
「大佐。これが我々の任務に関係があるの? 私たちは"対次元獣防衛チーム"として招集されたはず。もし、このロボットと我々の任務が衝突するなら、それも想定しておかなければならないわ」
灰坂大佐は、聖の問いには答えず、ホログラムを再び切り替えた。今度は、リゾートアイランド〘"ティル・ナ・ノーグ"〙を蹂躙した、あの優雅で冷酷な人型次元獣――氷助の脳に浮かび上がった。
「これが諸君らが直面するであろう、新たなの脅威だ。こいつはゾーンGロボをも深く傷つけた。我々の任務は、ゾーンGロボのような"未知の個人"に頼ることなく、軍として強いては君達対次元獣防衛チームだけで、次元獣を完全に排除することだ」
灰坂は冷徹に言い放つ。
「諸君らに与えるのは、次元の干渉を防ぐ対消滅兵器と、高エネルギー解析用スーツ。……ゾーンGロボのパイロットが誰であろうと、目的が一致するまでは干渉するな。だが、もし――万が一あの、ゾーンGロボが人類に害を及ぼす者と判断した場合は――」
灰坂の言葉はそこで途切れたが、氷助はその冷徹な眼差しに込められた「排除」の意図を正確に読み取っていた。
「……了解した」
氷助が短く答えると、他の四人もそれぞれの持ち場で覚悟を決めたような表情を浮かべる。櫻魅耶の崖の上、通信施設という名の〈監視塔〉で、少年たちの知らぬ間に、彼らを追い詰めるための網がゆっくりと、しかし確実に張り巡らされようとしていた…。




