賑やかな桃谷家。
モンタが我が家の門の前に立ったのは、ちょうどケンが久しぶりの母親との時間を過ごしていた頃の時間帯だった。
「ただいま〜…」
モンタが力なく玄関の扉を開けると、そこはまるで「"静寂"」という言葉を知らない空気だった。
「おお! 帰ったか、門田!」
轟音のような声とともに、モンタの肩を力強く叩く大きな掌。それはかつてリングで数々の伝説を築き、今は次世代のプロレスラーを育てるコーチとして汗を流す、父親・桃谷大吾の歓迎の挨拶だった。
「お帰り、門田! もう、連絡くらい入れなさいよ。ニュースで見て、お母さん心配で心臓が口から飛び出るかと思ったんだから!」
続いて現れたのは、エプロン姿で手際よく皿を並べていた母親の桃谷美佐子だ。その姿は、どんな小さなトラブルも笑顔で食卓に並べる、家庭の太陽のような存在だった。
「あ、そうそう今、お父さんのプロレスの後輩さんたちからもらった差し入れの肉があるんだよ。今日は門田が無事に帰って来たお祝いだから、奮発しちゃったんだから〜♪」
その時、ドタドタという足音が二階から響き渡った。
「何だ、騒がしいと思ったら、門田じゃないか! 無事に帰って来たんだな!」
階段を駆け下りてきたのは、兄の桃谷大和だった。その容姿は切れ長の目に、どこか冷めた知性を宿しつつも、家族の前では隠しきれない情の深さが滲み出る。少し長めの髪をラフに流し、シャツの袖をまくった腕には、彼なりのトレーニングで鍛えられたしなやかな筋肉が宿っている。口元には常に皮肉交じりの笑みを浮かべているが、その目には末っ子の無事を喜ぶ温かい光が宿っていた。
「まったく、お前がいない間、親父の筋肉自慢に付き合わされてこっちは散々だったんだぞ」
「なんだと大和! それは英才教育だ!」
父の大吾が拳を突き上げると、大和は肩をすくめて苦笑する。そんな騒がしい男たちの背後から、ひときわ凛とした空気を纏った女性が現れた。
「なんだなんだ、家族揃って門田のお出迎え? ……お帰りなさい。門田」
階段を降りてきた姉の桃谷百代は、まさに戦いの女神を彷彿とさせる存在感だった。彼女の容姿は、武芸に生きる百代の面影を色濃く残している。長い黒髪をなびかせ、その瞳は意志の強さを物語るような力強い眼差しだ。動きやすいトレーニングウェア越しにも分かる、鍛え抜かれた引き締まった肉体。彼女が一歩踏み出すたびに、廊下の空気が清浄なものに変わるかのような、凛々しくも美しい立ち姿。だが、モンタの顔を見た瞬間にその表情は蕩けるように崩れ、大股で駆け寄ると、モンタの頭をぐしゃぐしゃと力任せに撫で回した。
「心配したんだから! でも、無事でよかった。もしあんたに何かあったら、私が島まで乗り込んで"次元獣"の一体や二体、素手で叩きのめしに行ってやるところだったわよ」
「姉ちゃん、それは流石に無理があるよ…」
モンタが苦笑すると、家族全員の笑い声がリビングに弾けた。
「さあさあ、いつまで玄関で立ち話してるの! ご飯が冷めちゃうでしょ!」
美佐子の号令で、全員がリビングへと押し寄せる。広い食卓には、これでもかと並べられた豪勢な肉料理。大吾がビールを煽り、大和がそれを冷やかし、百代が豪快に肉を頬張る。モンタは、その圧倒的な"家族の密度"の中に身を置いた。
家族の夜は長い。プロレスの技術論を戦わせる父と姉、それを軽くいなす兄、そんな彼らを笑顔で見守る母。次元獣との戦い――そして島に戻ったモンタにとって、この喧騒こそが何よりの安堵。モンタは心の中でタケルとケンに想いを馳せ、同時に、この温かすぎるいまある、家族の居場所を守るために、明日からまた一歩踏み出そうと決意していた。
窓の外には穏やかな月が浮かんでいる。いまの賑やかな家族の時間を大切に感じ、愉快に楽しみながら――。
「おおい、門田! 何ニヤニヤしてるんだ? 腹が減ってるならもっと食え!」
父・大吾の声に、百代が「ちょっと、お父さん。弟に押し付けすぎよ」と笑い、大和が「まあ、あいつは食っておかないと育たないからな」と呆れたように付け加える。
「ううん。何でもないよ」
モンタは再び賑やかな食卓の輪の中へと飛び込んだ。この騒がしさは、もう二度と失いたくないモンタにとって大切な宝物だ。
"次元獣"という未知の脅威を知ってからこそ、この平凡で、騒がしくて、愛おしい日常の尊さが、何よりも鮮明にモンタの心に刻まれている。
明日になれば、また新しい日々が始まる。けれど、今はただこの温かな空気の中に身を委ねていたい。モンタは満面の笑みを浮かべ、母親が継ぎ足してくれた料理に箸を伸ばした――。




