プロローグ―深淵の会議―
櫻魅耶市の平穏な外観からは想像もつかない地下、防衛省が極秘会議室では、重苦しい沈黙と高級な電子煙草の煙、そして冷たい電子音に包まれていた。
円卓の主座に座るのは、内閣府から派遣された硬骨漢、寺崎高官。その向かいには、白衣を纏う志村博士が、神経質そうにタブレットのデータを弾いている。
「……信じられん。まさか…新たな次元獣が、我々と同等の人型サイズで活動していたとは…」
寺崎が低い声で唸る。
彼の視線の先には、リゾートアイランド〘ティル・ナ・ノーグ〙で一人の傭兵が命がけで記録した戦闘データが映し出されていた。そこには、俊敏な動きで兵士を翻弄する、不気味な人型の異形が映っている。
「左様です。これまでの次元獣――出現から一貫して次元獣“第1号”、“第2号”とは根本的に性質が異なります」
政府科学考証チームの代表、志村博士が白衣の襟を正しながら、手元のタブレットを操作した。画面が切り替わり、今度は一般の観光客がスマートフォンで撮影したと思われる、激しく揺れる動画が再生される。動画投稿サイトにアップロードされ、瞬く間に世界中を震撼させた映像だ。
「この映像をご覧ください。人型であった個体が、膨張し、瞬時に全長約、51メートルへと巨大化しています。生物学的な成長というまさに、概念を無視した瞬間です」
会議室に集まった将官たちから、どよめきが上がった。
「そんな馬鹿な……」「何て事だ…!」その喧騒を遮るように、寺崎が次の議題を突きつけた。
「そして、もう一つの懸念だ。あの巨大ロボット……ゾーンGロボ。これについてはどうなっている?」
画面には、次元獣との死闘を繰り広げ、そして次元獣を圧倒するゾーンGロボの姿が映し出される。
「開発元は依然不明。米軍、ロシア、中国、あるいは国内の重工各社……全ルートを洗わせましたが、これほどのオーバーテクノロジーを保有している組織は存在しません。まさに『“出所不明の軍事力”』です」
「味方か、それとも敵か。今は次元獣を倒してはくれてはいるが…もし、矛先がこちらへ向けば櫻魅耶市は一日で灰になるぞ」
一人の将軍が放った言葉に、賛否両論の意見が飛び交う。「救世主として遇すべきだ!」という声と、「即刻、鹵獲し、解析すべきだ!」という強硬論。
その激論の渦中で、灰坂大佐だけは沈黙を守っていた。彼の脳裏を占めていたのは、国家の安保問題以上に切実な、家族の顔だった。
(翠が言っていた……愛とその、友達と一緒にティル・ナ・ノーグへ一緒に行くと。だが、まさか…島であんな惨劇が起きていたとは…!)
灰坂は、テーブルの下で拳を固く握りしめた。軍人としての責務が彼を椅子に縛り付けているが、心は今すぐにでも家族のもとへ飛んでいきたかった。
(この会議が終わり次第、すぐに妻に電話しよう。愛が無事かどうか、この目で確かめるまでは……!)
「あのロボットがいなければ、〘ティル・ナ・ノーグ〙いる観光客の生存者はゼロだったでしょう。あれには明確な『"意志"』のようなものが感じられたと」
「意志だと? 笑わせるな、大佐」
灰坂大佐の意見に寺崎は鼻で笑い、電子煙草を深く吸い込んだ。
「兵器に意志など不要だ。必要なのは『“管理”』だ。志村博士、このロボットのパイロット、あるいは遠隔操作の痕跡については?」
志村博士は眼鏡を指先で押し上げ、複雑なグラフを表示させた。
「残念ながら、機体周辺から発信されている電波信号は一切検知されませんでした。むしろ、一種の機体として機能しており、パイロットが中にいるのか、あるいは自律型AI知能なのか……現在の科学では未だ判定不能です」
「……解析不能、管理不能、か」
寺崎の眼光がいっそう鋭くなる。
「防衛省としては、ゾーンGロボを"次元獣"と同等の警戒対象に指定する。次に出現した際は、次元獣への攻撃を優先しつつも、隙を見て捕獲、あるいはサンプル回収のため、ヤツを機能停止させる方法を検討せよ」
灰坂大佐は椅子を蹴らんばかりの勢いで立ち上がりかけたが、辛うじて踏みとどまった。
(馬鹿な……。恩を仇で売るような真似をすれば、それこそ奴を敵に回すことになるぞ…!)
だが、私情を挟むことは許されない。彼はただ、テーブルの下で震える拳を隠し、冷徹な軍人の仮面を被り直した。
「……会議は以上だ。各員、櫻魅耶市の防衛ライン再構築を急げ。人型サイズ次元獣が確認された以上、防衛と見回り警備を強化する必要がある」
寺崎の解散宣言と共に、将官たちが重い足取りで退室していく。灰坂は誰よりも早く部屋を後にし、長い地下通路を早歩きで駆け抜けた――。




