紫の咆哮と夜空を翔ける三つの機体
リゾートアイランド〘ティル・ナ・ノーグ〙の北側に位置する最高級ホテル《ムーンライト・パレス》。タケルたちが宿泊しているカジュアルなホテルとは対照的に、ここは静寂と気品が支配する空間だった。
最上階のスイートルームでは、アイドルグループ〘"カオス・レゾナンス"〙の三人が、撮影の疲れも見せず、プロデューサーとマネージャーを含め、円卓を囲んでいた。
「……というわけで、明日の朝のフェリーで島を出た後は、そのまま都内のスタジオで新曲のレコーディングに入る。いいですか、斑鳩さん、涼風さん、瀬戸さん?」
マネージャーがタブレット画面を確認しながら、厳しい口調で三人それぞれ、明日のスケジュールを告げる。
「はーい……。でもプロデューサー、せめて明日の朝ぐらいはパンケーキぐらい食べちゃダメですか?」
センターを務める美璃が、少しだけ唇を尖らせて甘えるように言う。
ライブではクールなパフォーマンスで知られる彼女だが、オフの時は年相応の少女らしい一面を見せる。
「ダメです。明日の朝、5時起き。斑鳩さん今回の撮影でちょっと顔が浮腫んでましたね」
「う"っ……それは、今日の夜食のシーフードが美味しすぎたせいで……」
「あはは、美璃ちゃんらしいね。でも、私もアイスもう一回、食べたかったかも」
おっとりとした口調で陽葵は窓の外に広がる、月明かりに照らされた穏やかな海を眺めていた。
「二人とも、仕事とプライベートの区別はしっかりね。……でも、確かにこの島での撮影に取材で色々と回れたけれど案外、楽しかった」
律がストイックにストレッチをしながら島で過ごした時間をふり返り呟く。
「よし、スケジュールについては以上だ。あとはゆっくり休んで……」
プロデューサーの佐伯が言葉を締めようとした――その時だった。
――バタンッ!!
部屋の重厚なドアが、荒々しく蹴破られるようにして開いた。
「た、大変です! 」
飛び込んできたのは、若手スタッフの青年だった。顔は青ざめ、額からは尋常ではない量の汗が流れている。
「一体どうしたんです、そんなに慌て?、ここは他に宿泊客もいるからお静かに」
ドアの近くで立っていた、マネージャーが咎めるように立ち上がるが、スタッフの次の言葉に、その場の全員が凍りついた。
「そ、そんな事を言っている場合じゃないんです……! 南側のもう一つのホテル、〘サンセット・ビーチ・ホテル〙のすぐそばに……巨大な、か、怪物が!!」
「……怪物?」
マネージャーがポカンと口を開ける。
「何言ってるんです?何かの映画のプロモーションとかの見間違いじゃなくて」
マネージャーが冷静に返すが、スタッフは首を激しく横に振った。
「違います! 本当に、ビルよりもデカい化け物が現れて、今、あっちのホテルを破壊しようとしてるんです! 島の通信網も混乱してて、緊急避難指示が出てます!!」
その言葉を裏付けるように、遠くから地響きが伝わってきた。
―ズゥゥゥゥン……!!
窓ガラスが微かに震える。それは地震とは違う、生物が大地を踏みしめるような“意志”を持った振動だった。
「…えッ……嘘でしょ…」
陽葵が窓に駆け寄る。
島の南側。そこには、夜空を紫色の禍々しい燐光で染め上げる、巨大なシルエットが浮かび上がっていた。
「全員、ロビーへ! 荷物は後回し! 急いで!」
即座にプロデューサーの鋭い指示が飛ぶ。〘カオス・レゾナンス〙の三人は、パニックになりそうな心をプロの意識で抑え込み、プロデューサーの指示に従って走り出した。
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エレベーターは既に停止していた。非常階段を駆け下り、一階のロビーに辿り着くと、そこは阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
「何が起きてるんだ!」
「 早く!」
「な、何だあれは!?」
宿泊客たちが怒鳴り合い、子供の泣き声までもが響き渡る。
美璃たちは、プロデューサーとマネージャー、そして遅れて来たスタッフ一団と共にホテルの正面エントランスから外へと出た。
外気に触れた瞬間、彼女たちは肌を刺すような違和感を覚えた。
空気が重い。まるで、巨大なプレッシャーが島全体を押し潰しているかのようだった。
「見て、あそこ……!」
陽葵が指差した先。
南の空で、三つの光が火花を散らしていた。
――ドドドドドドッ!
――バゴォォォォンッ!
「あれは……何? 戦闘機?」
律が目を細める。
夜の闇の中、空に飛び舞う三機の機体。
それは、彼女たちが知るどんな軍用兵器とも異なっていた。
「……戦ってる?あの怪物と」
美璃が祈るように手を胸の前で組む。
――三人は知らない。
あの機体の中に、一緒にBBQを食べ合った生意気な少年――タケル。
そしてケン、モンタたちが乗っていることを。




