数分前の静寂と数秒後の混沌
夜空の静寂を切り裂き、重厚な金属音が響き渡る。
砂浜で待ち構えるタケルたちの視線の先、月のカーテンを割って三つの巨大な光が姿を現した。
――ゴォォォォォォォォンッ!
空を紅蓮に染め上げながら飛来する、タケルの1号機フレア・ストライカー。
――ズドドドドドッ!
重戦車のような重圧感を放ちつつ滑空する、モンタの2号機アイアン・グラップラー。
――キィィィィィィィィン!
そして、無数の電子の光を纏い、高機動で空間を駆けるケンの3号機ギガ・ランダー。
三機のマシーンは上空で美しい横一列の陣形を組み、まるで主の呼び声に応える騎士のように速度を落とした。
「来たぜ来たぜ、俺たちのマシーンが!」
「よし、転送シーケンス開始! 行くよタケル、モンタ!」
「おう!」
「うん!」
ケンがブレスで操作し、タケル、ケン、モンタの三人は体が再び光の粒子へと変換される。
そしてコンマ数秒後――砂浜から三人はそれぞれの愛機のコックピットへとダイレクトに着座する。
「フレア・ストライカー、全システム・オールグリーン! 行くぜ、"次元獣"!」
タケルの叫びと共に、1号機のブースターが夜の海を白く沸騰させる。
三機のマシーンは、巨大化しホテルへと迫る次元獣の側面に回り込んだ。
まだホテルの庭園やエントランス付近には、避難が間に合っていない観光客たちが大勢残っている。このままでは建物の崩落に巻き込まれるのは明白だった。
「アイツをホテルから引き剥がすよ。攻撃開始!」
「おうよ!」
「わ、わかった!」
ケンの合図で、三機が火を噴く。
――バゴォォォォォンッ!
「これでもくらいやがれ!フレアミサイル!!」
タケルの1号機フレア・ストライカーがフレアミサイルが夜闇を切り裂き次元獣の胸元目掛けて直撃した。
――ドドドドドドドッ!
「へへっ、直撃だ! ……って、なにッ!?」
爆煙が晴れた瞬間、タケルは目を見開いた。
次元獣の漆黒の皮膚は、猛烈な爆炎を浴びてもなお、傷一つ付いていない。それどころか、弾かれた火花が周囲の木々を焼き払うほど、その体表は絶望的に硬かった。
「タケル、落ち着いて! 正面からじゃ装甲は抜けない! モンタ、足首を狙って!」
「わかった! グラップル・ショット、射出!」
「僕も合わせるよ! 高周波誘導ミサイル、発射!」
モンタの2号機が地響きを立てて踏ん張り、ケンの3号機ギガ・ランダーが上空から急降下しながらミサイルを放つ。
――シュパパパパパンッ!
――ドガッ! ドガガガガッ!!
紫色の燐光を放つ次元獣の巨大な脚部――その関節の隙間を、ケンの誘導ミサイルが正確に射抜いた!
「グアァァァッ!?」
――ドズゥゥゥゥンッ!!
凄まじい衝撃音と共に、次元獣の巨体が大きくよろめく。
怪物はホテルへ伸ばしかけていた手を止め、怒りに燃える深紫の双眸を三機のマシーンへと向けた。
「よし、食いついた!」
ケンがモニター越しに、次元獣の目が自分たちに移ったことを確認する。
「作戦通りだ! 二人とも、このまま誘い出すよ!」
「ああ!」
「りょ、了解!」
次元獣の注意はこちらに向けられている――三人はそれを確認午後、このまま次元獣をホテルから距離を離す、行動を開始するのだった――。
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――その頃、ホテルの内部は混沌を極めていた。
非常警報のサイレンが鳴り響き、高級感あふれる大理石の廊下を、パジャマ姿の宿泊客たちが必死の形相で駆け抜けていく。
「お母さん、離さないで!」
「大丈夫よ、愛! しっかり私の手を握ってて!」
人混みに押されそうになりながら、必死に手を繋いで出口を目指す二人の母娘がいた。
タケルたちが守ろうとしている、灰坂愛とその母、灰坂翠だった。
(……タケル君、ケン君、モンタ君……どこにいるの?)
愛の呟きは、けたたましく鳴り響く非常ベルの音にかき消された。
ホテルの廊下は、もはや優雅なリゾートの面影など微塵もない。逃げ惑う人々の叫び声、転倒する荷物の音、そして建物のきしむ音が混ざり合い、逃げ場のない恐怖を煽っていた。
――事態が急転するわずか数分前。
ホテルの別室で愛と母親の翠は、柔らかな照明の下でティータイムを楽しんでいた。
「ふふ、愛。今回の旅行、本当に正解だったわね。タケル君たちあんなに喜んでくれて、お母さん嬉しいわ♪」
翠がティーカップを置き、穏やかな笑みを浮かべる。
「うふふ♪そうだね。最初はどうなるかと思ったけど…心配して損しちゃった♪」
愛はニコッとした表情をしながら、手元の観光パンフレットを広げようとした。
タケルくんたちとは部屋が別だけど「おやすみ」といったニュアンスの短いやり取りを終えたばかり。今はただ、家族水入らずの静かな夜を楽しんだ。
――だが、その平穏は"音"よりも先に“震動”によって打ち砕かれた。
――カタカタカタッ……!
「えっ……なに、地震?」
愛が顔を上げた瞬間、震動はやがて衝撃へと変わった。
――ズズズズズズンッ!!!
「きゃあ!?」
「愛!テーブルの下に!さあ、早く!」
直ぐにテーブルの下にしゃがむ愛と翠。
地震の影響でテーブルの上に置いてある、ティーカップが跳ね、高級な紅茶が真っ白なクロスに無残な染みを作る。
そして、少し経ってから、ようやく地震がおさまった。
「……おさまった、かな?」
愛が恐る恐るテーブルの下から顔を出す。部屋の中は、先ほどまでの優雅な空気が嘘のように荒れていた。視線を彷徨うと床には自分が広げようとしていた、観光パンフレットは床に散乱している故に地震のせいで紅茶が真っ白なクロスと一緒にパンフレットまでもが染み込んでしまっていた。
「愛、怪我はない!? 立てる?」
「うん、大丈夫。お母さんも……」
母親に手を引かれ、愛が立ち上がった――その時だった。
――ピカッ……!!
窓の外、夜の闇を裂くように、禍々しい紫色の光が部屋の中に差し込んだ。
「え……?」
愛が吸い寄せられるように窓際に歩み寄る。
――そして、愛は見た。
ホテルのその向こう側の森が巨大な"何か"によって文字通り踏み潰されている光景を。
「…なに、あれ…?」
月明かりの下に浮かび上がったのは、山のように巨大な漆黒の巨大生物――“次元獣”だった。
漆黒の体表には血管のような紫のラインが走り、脈打つたびに周囲の空気が重く震える。それは、人間が太刀打ちできるような存在ではなかった。
「グオ"ォ"オ"ォ"オ"ォ"ォ"オ"ォ"ォ"ッ!!!」
空気が爆ぜるほどの咆哮。その凄まじい風圧で、分厚いテラスの強化ガラスがビリビリと悲鳴を上げ、愛たちの耳を突き刺す。
「愛! 逃げるわよ! さあ、早く!!」
翠の叫び声に、愛の思考は無理やり現実に引き戻された。
二人は財布すら手に取る余裕もなく、パジャマの上から薄いカーディガンを羽織っただけの姿で、部屋を飛び出した。
人混みに紛れ、押されそうになりながらもお互い離さず手を繋いだ――これが事態が急転する数分後に至る、愛と母親の翠の出来事だ。




