夕闇に光る双眸と影から迫る牙
海の波の音と、撮影スタッフたちの活気ある声が、夕暮れの空に溶けていく。
スタッフが「カット! OK、最高だ!」という力強い声が響き渡り、本日のロケは幕を閉じた。
タケルが焼いた肉で英気を養ったアイドルグループ『"カオス・レゾナンス"』の三人は、カメラの前でこれまでにないほど自然で、かつ生命力に満ちた輝きを放っていた。
「タケル君、本当にありがとう! 最高のGW……あ、お仕事だけど、それ以上の思い出になったよ!」
陽葵が大きく手を振りながら、ロケバスへと乗り込んでいく。
律は少しだけ立ち止まり、タケルにだけ聞こえるような小さな声で「……じゃあ」とだけ告げて、美璃は満足げにお腹をさすりながら「お肉ご馳走になったよー!」と笑い、喧騒の中へと消えていった。
「ふぅ……。一気に静かになったな」
タケルは、愛先輩や翠さん、ケン、モンタと共に、残されたバーベキューセットの後片付けを終えた。
「まさか、あの、アイドルグループ『"カオス・レゾナンス"』と、一緒にBBQを楽しんだなんて、夢みたいだよ」
モンタがまだ夢心地な顔で呟く。
「さあ、私たちも戻りましょうか」
翠さんがそう言い、一同はホテルへと帰る。タケルもまた、心地よい疲労感を感じながら、赤く染まった砂浜を背に歩き出した。
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太陽が水平線に沈みかけ、島全体が黄金色から深い紫へと塗り替えられていく時間――。
観光客の嬌声が届かない、島の中央部に広がる原生林。そこには、南国のリゾート地にはおよそ不釣り合いな“気配”が淀んでいた。
森の奥深く、日差しが木々の隙間から槍のように地面を突き刺している一角。
そこで、“それ”は息を潜めていた。
人型に近い形状をしていながら、その輪郭は有機的かつ機械的な流線型を描いている。
黒色の皮膚は、光を吸い込むような不気味な質感を持ち、その下では鋼のような筋肉のうねりが、波打つように動いていた。
そして何より異質なのは、その全身に走る細い脈動。怪しく燐光を放つ紫色のラインが、心臓の鼓動に合わせて明滅している。
先の戦いで負ったものか、その脇腹付近には痛々しい亀裂が走っており、そこから血のような液体が漏れ出していた。
"次元獣"は、じっと耐えていた。
傷が完全に癒すために"時"を待っていた。
――だが…。
そんな静寂の中、小枝を踏み抜く音で破られた。
「……ったく、こんな奥まで見回らなきゃいけないのかよ…」
「文句言うな。客人が、怪しげな"人影"が立ち入り禁止区域の近くまで入ったって、言う目撃情報の報告があったんだ」
島の警備を担当する三人の男性警備員が、強力なフラッシュライトで藪を照らしながら近づいてくる。
リゾートの平和を守るため、ごく日常的な巡回。
だが、そんな次元獣にとって、それは侵入であり、同時に栄養の到来を意味した。
――ピクッ。
"次元獣"の側頭部にある、耳に相当する器官がかすかに震える。
紫色の巨大な双眸が、音のする方向へとゆっくりと向けられた。
その瞳には、知性とは異なる、純粋な捕食者の狡猾さが宿っている。
次元獣は音もなく、巨体を沈めた。
黒い皮膚が森の影に同化し、怪しい燐光もまた、最小限の出力に抑えられる。
それは、獲物が射程圏内に入るのを待つ、完璧な伏兵の姿だった。
「おい、今、なんかいなかったか……?」
先頭を歩いていた警備員が、指を差しながら足を止めた。
「気のせいだろ。さっさと早く見つけて、事務所に戻って熱いコーヒーでも飲もうぜ」
二番目の男が笑いながら彼の背中を叩く。
三人が、次元獣が潜む巨大なシダの葉の茂みへと、あと数歩の距離まで近づく。
森の隙間を照らしていた夕焼けの光が、ついに消えた。
完全なる闇が訪れる直前、次元獣の双眸が、獲物を定めてギラリと輝いた。
「フシュ〜…!」
――傷を完全に癒すため、彼らはその食事の対象であり、最初の一般人の犠牲者になろうとも知らずに…。




