ロケハンと三度目の遭遇。
海風に乗って運ばれる肉の焼ける匂いと、炭が爆ぜるパチパチという音。
タケルたちはBBQを満喫していた。
「おいケン、そのカルビもう焼けてるぞ!」
「わかった。ほら、モンタも肉ばかりじゃなくて、野菜も食べて」
「え〜〜」
そんな平和な光景に、変化が訪れたのはケンがふと顔を上げた時だった――。
(…ん?)
ケンが視線を向けた先にコテージの下、海岸線沿いの道路に数台の黒いワンボックスカーが停まり、中から機材を持った一団が降りてくる。その一団は迷うことなく、タケルたちが今、いるコテージ側の浜辺へと真っ直ぐに歩いてきた。
「……何だろ?キャンプ客にしちゃ、妙だな」
ケンの言葉に、タケルも網の上の肉を気にしたまま、ひょいと首を巡らせる。
その視線の先、スタッフに囲まれて歩く三人のお姉さんうちの一人の姿を捉えた瞬間――タケルの心臓がドクンと跳ねた。
「――げっ!?」
タケルの顔が、一瞬で世の中の終わりを見たような、露骨に嫌そうな表情に歪む。
「あ、あの女……なんでここにいんだよ!」
一方、ロケハンのスタッフと共に砂浜を踏みしめていた美璃は、プロデューサーの話に頷きながらも、どこか上の空だった。頭の隅にあるのは、先ほど団子屋で出会った、生意気な少年、タケルの事を思い出していた。
「はぁ~…」
美璃は溜め息を吐きながら顔を上げたその時、彼女の視界に、一人。トングを握りしめたまま固まっている少年――もとい、タケルの姿が飛び込んできた。
美璃は歩みを止め、目を見開く。だが、次の瞬間にはその表情は"獲物を見つけた猫"のような、不敵で、かつ最高に愉しげな笑みへと変わった。
「嘘……本当にいた」
「ん?斑鳩さん。 どうしました?」
プロデューサーが怪訝そうに尋ねるが、美璃はスタッフとプロデューサーを置き去りにして、美璃は迷いなくそのまま足を進める。
「ちょっと、 斑鳩さん! そっちはじゃないですよ……!?」
「斑鳩さん!?」
スタッフとプロデューサーの制止も聞かず、美璃は駆け走った。
そして二人は顔を合わせるや、タケルと美璃の視線が火花を散らす。
「あんた……ストーカーか何か?」
最初に開口一番にタケルが顔を引きつらせながら、美璃に対して毒づいたセリフを言った。
それを聞いた美璃は、あまりにも直球すぎる毒づきに、不敵な笑みが一瞬で崩れた。
「ンなッ……!? 失礼ね! また出会って早々、そんな言われ方される筋合いはないわよ!」
美璃は顔を真っ赤にしてツッコミを入れた。サンダルの踵でコテージの床を激しく叩き、詰め寄る。
「たまたま、次のロケ地がここで、私仕事で来ているのよ、仕・事・で! それなのに、あんたこそ何よ。そのトングと、その……なんか妙に質の良さそうなカルビは!」
「BBQに決まってんだろ! 俺は普通にGWをこの、リゾートアイランドで満喫してんの。邪魔すんな、この“疫病神”!」
「ンなッ!?誰が“疫病神”だゴラァ! せっかく、ロケでわざわざ商店街まで戻って――」
美璃が言いかけた時、背後から賑やかな足音が追いかけてきた。
「ちょっと美璃ちゃん! 急に走り出さないでよ、プロデューサーさんが困ってたよ!」
「み、美璃。あ…足、速すぎ…はぁ…はぁ…」
後から追いかけて来た、美璃と同じユニットのメンバー、両手を両膝に抑えながら、息を切らしている律と息切れせず美璃に平然と言う陽葵だった。
(誰だ…?)
タケルの視線の先にいる二人を見た。一人はクールな顔立ちにどこか落ち着いた雰囲気を纏うお姉さんと、小動物のような愛らしさと好奇心旺盛な瞳を輝かせているお姉さん。
そんな二人が憤慨している美璃と、その後ろにいる少年——タケルを見た。
「あれ……? 美璃ちゃん、この子って、さっき美璃が話してた?」
陽葵が少し意外そうに目を細める。
「そうよ陽葵! さっき話した団子屋で再会したあの、生意気なガキよ! でもまさか、こんなところで肉を焼いてるなんてねー」
「へぇ~! この子が美璃ちゃんを怒らせたっていう少年?」
陽葵がパッと表情を明るくし、タケルの顔を覗き込むように距離を詰めた。
「わぁ、本当にまだ小学生? でも、なんだか目力がすごいね。ねぇねぇ、君、お名前は?」
「……竹澤尊クラスや友達からは"タケル"って、あだ名で呼んでる。つーか、近けぇよアンタ…\\\」
タケルは少し顔を赤らめながら、一歩後ろに下がる。ヤンキーギャルな美璃一人でも手に余るというのに、さらにタイプの違う美人が二人も現れ、BBQ場は一気に異様な熱気に包まれ始めた。
「へぇ~タケル君かぁ、いい名前! 私は瀬戸陽葵。こっちは涼風律。私たちアイドルグループ『"カオス・レゾナンス"』って、アイドルグループなの。それにしても、美璃ちゃんがこんなに感情を露わにする相手なんて珍しいから、ちょっと興味あったんだよね~えへへ♪」
陽葵は屈託のない笑顔で笑い、律もまた、タケルを観察するようにじっと見つめる。
そんな海風がパチパチと爆ぜる炭の音をさらい、肉の焼ける香ばしい香りがテラスいっぱいに広がっているなかで、その平和な午後の空気は、突如として現れた三人の美少女――アイドルグループ『"カオス・レゾナンス"』の登場によって、一瞬にして沸騰した。
「……え、ええええええええっ!?」
最初に絶叫したのはケンだった。続いてモンタが、口に入れていたソーセージをそのまま床に転がす。
「カ、カオス・レゾナンス!? 本物!? あの、今週のチャートで1位を独走してる、超人気アイドルグループの!? え、なんで!?」
ケンの混乱を余所に、コテージの奥からちょうど片付けをしていた愛先輩と、その母親である翠も飛び出してきた。
「ねぇ、一体何の騒ぎ……って、ええっ!?」
愛先輩が目を丸くして固まる。彼女もまた、流行に疎いわけではない。テレビやネットで連日見かける、今をときめくトップアイドルの姿が、自分たちの貸し切りコテージの前に並んでいるのだ。
「あらあら……まあ、なんて可愛らしいお嬢さんたち。もしかして、ロケのお仕事かしら?」
翠だけは、大人の余裕(あるいは天然の肝の座り方)を見せながら、驚きつつも穏やかに微笑んだ。
だが、当の本人であるタケルは、一人だけ苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「アイドルだかなんだか知らねーけど……おい、疫病神。お前の友達か?この人たち」
「あ、あんたって、ガキは…!陽葵も律も、私の大事なユニットメンバーなの!」
美璃が眉を吊り上げてタケルに詰め寄る。その横で、陽葵とケンがその反応を見てクスクスと笑った。
「あはは! 本物ですよ~、瀬戸陽葵です! びっくりさせちゃってごめんね。でも、美璃ちゃんがこんなにムキになってる姿、ファンが見たら卒倒しちゃうかも」
陽葵は茶目っ気たっぷりにウインクを飛ばし、ケンとモンタを完全にノックアウトした。二人は顔を真っ赤にして、「う、うわああ……」と語彙力を喪失している。
一方、冷静な瞳でタケルを観察していた律が、一歩前に出た。
「……あなたが、タケル君。美璃から聞いた通り、確かに"可愛げ"という辞書をどこかに置き忘れてきたような目をしてるわね」
「おいコラ、そちらのお姉さんまで俺に喧嘩売ってんのか……?」
「違うわ。興味があるだけ。美璃はね、プライベートでは徹底して他人を寄せ付けないタイプなの。その彼女が、ロケの合間にわざわざ商店街まで戻って気になるガキがいるなんて、漏らすのは結成以来初めてのことだからね」
「ちょッ!?ちょっと、律! 何余計なこと言ってんのよ\\\!」
美璃が慌てて律の口を塞ごうとするが、律はひらりとかわし、タケルの手元にあるBBQセットをじっと見つめた。
「……いい匂い。ねぇ、タケル君。私たち、朝からロケ弁一つで立ちっぱなしなの。もしよければ、その"質の良そうなカルビ"、少し分けてくれないかしら? もちろん、お礼はするよー♪」
「はぁ!? なんで俺が……」
タケルが断ろうとした瞬間、背後からケンとモンタが猛烈な勢いで割り込んできた。
「どうぞどうぞ! 何なら牛一頭分焼きますよ!!」
「タケル、お前バカか! アイドルだぞ! 国宝だぞ! 徳を積めよ!!」
「お前ら、うるせええええ!」
タケルの怒号が響く中、翠が「まあまあ」と間に入った。
「これも何かの縁ですものね。斑鳩さん、瀬戸さん、涼風さん。もし、よかったら、撮影の合間の休憩でしたら、こちらで少し休んでいかれませんか? お肉も野菜も、まだたくさんありますから♪」
「えっ、いいんですか!? やったー! 美璃ちゃん、お肉だって! お肉!」
陽葵が子供のように飛び跳ね、美璃は気まずそうに顔を背けながらも、お腹の虫が鳴るのを堪えきれない様子だった。
「……ったく。愛先輩の母さんが言うなら仕方ねーよ」
タケルはぶつぶつと文句を言いながらも、予備の皿を取り出し、網の上で最高級のカルビを鮮やかな手つきでひっくり返した。
「ほらよ、疫病神。焦げる前に食え」
差し出された皿を受け取り、美璃は一瞬だけ、素直な瞳でタケルを見た。
「……あんたが焼いたの?」
「悪いかよ。俺は火加減にはうるせーんだ」
美璃は箸を割り、恐る恐る肉を口に運ぶ。
次の瞬間、彼女の表情がパッと輝いた。
「――おいしい……」
その言葉は、演技でも営業スマイルでもない、心からの感嘆だった。
青い海と白い砂浜。そして、予定外の来客たち。タケルたちの騒がしいゴールデンウィークは、トップアイドルとのBBQという、とんでもない方向へと転がり始めたのだった。




